京都のまちなかで、理想の住まいと店舗を掘り当てた“空き家ディガー”の鈴木直哉さん。前編(「京都でお得な掘り出し物件をどう探す?鴨川徒歩1分、家賃月7万円弱の空き家を店舗にした方法」)では、鴨川から歩いて1分という好立地の店舗物件に辿りついたお話を伺いました。
後編は、閑静な上賀茂神社の門前で見つけた、たった500万円のユーズドハウス(中古物件)が舞台。しかも、鈴木さんは「床下を掘って空間を広げる」という、想像の斜め上をいく住まいづくりに挑戦!
一見、突飛に思える話ですが、その裏には京都市内でお得な物件を見つけ、理想の暮らしを実現するための明快な視点がありました。空き家を掘り当て、実際に「自らも掘る!!」リアル・空き家ディガーの鈴木さんに「住まいの掘り方」を伝授してもらいます。
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リアル空き家ディガーが上賀茂で見つけた500万円の物件

——ユーズドハウス(中古物件)をご自宅用として購入されたとのことですが、価格は500万円だったんですよね。
はい。購入したのは2023年で、場所は北区の上賀茂・朝露ヶ原町にあります。京都の土地事情に詳しい人に「このエリアで500万円」と話すと、全員が「再建築不可物件(*)やろ?」と言うのですが、大通りに面していて建替えも可能な物件なんです。
*再建築不可物件とは、建築基準法上の接道義務(幅員4m以上である建築基準法上の道路に建物の敷地が2m以上接しなければならない)を満たしていないため、現在建てられている建物を解体すると、原則、再びその土地に建物を建てることができない物件を指します。
——比較的資産価値が安定しているといわれている再建築可能な物件で、500万円という価格は、かなりお得に感じますね。
僕も見つけた瞬間、「この物件は超アチい!」って興奮しました(笑)。建物自体は、築約40年の長屋で、1階が18.45平米、2階が16平米くらいです。
——しかも、場所は上賀茂神社の門前。どうやって見つけたんですか?
大手の不動産情報サイトです。
——意外というか、すぐに売れてしまいそうな気がします……。
ひとつテクニックがあるんですよ。不動産情報サイトって、物件の条件設定ができますよね? まず、条件設定のページで、自分の理想の条件を厳しめに入力し、さらに希望のエリアを指定しておくんです。その状態で、ページをお気に入り登録(ブックマーク)しておきます。そうしておくことで、不動産サイトを開くたびに同じ条件を入れる必要がなく、暇なときやメールチェックのついでにそのページを頻繁にリロードして確認できる。物件を探す手間を軽減して、日常のルーティンに組み込むことで、理想の物件に出会うための確率を上げるんです。
——「条件を厳しめに入力する」というのは、なにか理由が?
条件を厳しくしておくと、表示される件数が少ないのでチェックするのが楽になるんです。「こんな条件の物件あるわけないだろうな。でも京都中で探せば5件ぐらいあるかもな」みたいな感じにしておくと、出てきた瞬間にわかるんですよ。僕が見つけたこの物件は、「500万円くらいの物件、ないかな」と思って探してみたら、実際にあったんですよ。

——500万円で、「いいな」と思える物件に、そんな運良く巡り合うものですか?
探してみればわかると思うんですけど、京都って500万円以下の売り物件が、たまに出てくるんですよ。市内でも中心地から少し離れていて、お風呂やキッチンなどのリフォームが前提の物件なら、400万円ぐらいで見つかったこともあります。
でも、僕が見つけた物件は、ネット上で写真を見るかぎり、お風呂もキッチンも問題なさそうだったんです。それですぐに不動産屋さんに電話しました。不動産屋さんには「リフォームしないと住めないです」と言われたのですが、リフォームが必要な理由を詳しく聞いてみると「かなり汚れているので掃除しなくちゃいけない」といったような話だったんです。浴槽もキッチンもあって、お湯も出る。掃除をすることは得意なので、僕にとっては全く問題ないと思い、「いまから見せてほしい」とお願いしました。
——店舗のときといい、動きが早い!
ただ、電話した時点ですでに夕方だったので、その日の内覧は断られてしまって、結局物件を見ることができたのは2日後でした。内覧の日は建築関係の仕事をしている知人に一緒に来てもらい、雨漏りなどの致命的な欠陥がないかどうかの確認をしてもらいました。それで大丈夫そうだということになったので、ならば購入しちゃおう、とその日の夕方には購入を決めました。
——安いからといって衝動買いするのではなく、ちゃんとプロに頼るところは頼っておられるんですね。
面積はそのままに、空間を広げるための工夫

——自宅も店舗同様、リノベーションされたのですか?
いま家に住みながら進めている感じで、まだ全然終わっていないんですよ。住みはじめて「どうしようかな」と思っていたんですが、よくよく考えたら僕が大家なんですよね。ということは何をやっても怒られないんだって気がついて。せっかくだから賃貸なら普通怒られることからはじめようと考えて、床下を掘ってみることにしたんです。
——床下を、掘る、ですか? たしかに、一軒家を持つことのメリットは自分の好きなようにできることですが……思い切りましたね。
初期衝動としては「掘ってみたくなった」というシンプルな理由なんですが、そもそもそんなに広い物件ではないので、「容積を上げていく」ということをコンセプトにリノベーションしています。だから、構造上取り除いても問題のない床や壁、天井板を撤去して、空間として圧迫感のない「広い感じ」をつくるようにしています。つい最近は、2階の床を一部抜いて小さな吹き抜けをつくったんですよ。
——リノベーションは専門の方にお願いしているのですか? どれぐらいのコストを掛けていますか?
本当にプロにしかできないところだけお任せしています、ほかは自分でやってますね。バランスでいうと、プロが1割、自分が9割ぐらい。たとえば、床下を掘ったあと、穴の壁面を支える鉄骨とかはプロに頼んでます。プロに掛かった予算は、ガス管に6万円、床に15万円ぐらい。全て合わせると改修費用は現状25万円ほどですね。
※セルフリノベーションの注意点
専門的な知識や技術が必要な部分(建築物の構造や法規制等の専門知識が必要な改修や、水道・電気・ガス設備等の専門技術が必要な改修など)は、プロに頼るようにしましょう。
——床下の空間を広げるというアイデアはとてもユニークですが、どうやって掘ったんですか?
畳を上げることからはじまり、スコップを使ってひたすら穴を掘って……。「きょうは早起きしたから2袋分くらい掘ろう」とか「お風呂に入る前に掘っておくか」とか、日常のちょっとした空き時間を使ってます。おかげで、大変充実した毎日を過ごしています(笑)。最終的には約10トンの土が出て、1.2mほど掘ることができました。

——「Kyoto Dig Home Project」では、文字どおり、物件をディグるのが上手な方を取材してきたのですが、まさか本当のディガーがいたとは……。
ディガーのレベルが違うと言わせていただきたいですね(笑)。とはいえ、こうして今もDIYしながら住めているのは一人暮らしで、かつ荷物が少ないからだと思います。同居人の同意を得たり、家具を動かしたりする必要がないから、思い立った時にぱっと作業スペースを取ることができるんです。
——いい物件を見つけたらまず住んでみて、暮らしながらリノベーションしたいという方にとっては、たしかに重要なポイントになりそうですね。
理想の物件と出会うために必要なのは“人生の棚卸し”

——鈴木さんは自宅にしても店舗にしても、ご自身が考える理想的な物件と出会われていますよね。単に運命的に見つかったのではなく、いい物件と出会うためのコツがあるように思えます。
そうですね。物件探しで必要なことって、“人生の棚卸し”だと思うんです。
——人生の棚卸し?
自分は何を大事だと思っていて、何が大事ではないと考えているのか──そういう自分のなかの優先順位について、一度はっきりと見直すこと。それを僕は「人生の棚卸し」と呼んでいます。
とくに僕が重要だと思うのは、「諦められることは何か」を見定めることです。
新築と違って、中古物件は先に条件が決まっているわけですよね。間取りや部屋のサイズもそうだし、新しい家と違って、人によっては自分の生活に合わないと感じることもある。じゃあ、「自分は何を諦められるだろう?」 とあらかじめ知っておくことが大事なんですよ。
——鈴木さんの場合、どんなことを「諦められる」と考えたのでしょう?
バスや電車でのアクセスを重視される方って多いですよね。でも、僕は自転車での移動が多く、むしろバスでの移動が苦手で電車を使った遠出もあまりしない。だから、物件探しにおいてバスや電車の路線について考える必要がないと思ったんです。掃除やリノベーションの作業も苦ではないので、築年数が古くてもまったく問題ない。でも、鴨川(賀茂川)に近いのは、諦めたくなかった。
──諦められるものと諦められないものをしっかり認識することが大事なんですね。
はい。ほかの人には「お店から上賀茂は遠くない?」とか「家がちょっと手狭じゃない?」と言われるかもしれないけれど、僕にとっては問題ないんです。それは、店舗の物件が奥まった場所にあるけれど、通信販売にも力を入れているから問題ないのと同じ。物件側の条件を言い出すとキリがないから、自分の人生の価値基準を整理しておくことで、その物件が自分にとってマッチするかどうかを早く判断することができるんです。いい物件は待ってくれないので、自分側を整えておくということです。

さらにいうと、一般的には「諦めたくない条件」を決めて物件を探す方が多いと思うのですが、結果的に「これも欲しい、あれも欲しい」と欲張りになってしまう。ですから、僕は「諦められる条件」をたくさん出す方法を推奨しています。たとえば、僕の場合、店で過ごす時間が長く、食事も店で済ませてしまうんです。だから、家に調理器具や冷蔵庫をおく必要がないので、少々キッチンのスペースが狭くても気にならない。
こうして諦められる部分がはっきりすると、他の人にとっては手が伸びない物件でも、自分にとっては魅力的な物件になっていきますよね。
──「人生の棚卸し」は、自分らしい物件と出会うためのガイドラインになるんですね。
そうなんです。あと、不動産屋さんにはその「諦められる条件」をちゃんと伝えたほうがいいですよ。不動産屋さんには「こんな条件でいいんですか?」と言われるかもしれませんが、これでいいんです、とはっきり伝えておくのが重要です。
──一緒に物件を探してくれる方に、自分のことを深く理解してもらう必要があるということですね。どういう不動産屋さんが良いとかありますか?
不動産会社自体の良し悪というより、最後はやっぱり“人”ですよね。ビジネスライクな人が担当になると、その人にとって良いと思う物件を変に推されてしまったりすることがあるじゃないですか。そのとき「いや、僕はそう思いません」とはっきりNOを言えるかどうか。NOを言うためにも「人生の棚卸し」は必要なのだけれど、ちゃんと話を聞いてくれる人が担当だったら気苦労もないですし、むしろ提示した条件に対して嘘なく「なるほど、面白いですね」と言ってくれる担当者だったら話は早いですよね。だから、いろんな不動産屋さんに足を運んで、いろんな人と話をしてみることをお勧めします。
──ともかく、まずは「人生の棚卸し」をすることが重要だと。
これは物件を探すためだけに必要なことではなく、その後の暮らしにとっても大事なことだと思うんですよ。少し精神論になってしまうかもしれないですが、どんな家に住んでも、どんな仕事に就いても、どんなパートナーと出会っても、その後に発生する問題をゼロにすることはできませんよね。棚卸しをした時点で「こんな問題があったけど、この物件を選んでよかった」と思えるスタートラインに立てれば、そこにある問題はただクリアしていけばいいものになるんです。なんとなく嫌だけど仕方ないから諦める、みたいな形で条件設定をしていると「やっぱりやめておけばよかった」と後悔することになりかねませんよね。最初に条件を明確にして決着をつけておく。「人生の棚卸し」は物件探しの極意であると同時に、物件でのその後の暮らしをより良くしていくためにも必要だと思います。
