「空き家」を課題としてではなく、可能性として考えることはできないでしょうか?ウェブサイト「Kyoto Dig Home Project」のなかでも、プロジェクトメンバーの振り返りや空き家に直面する人たちへの取材など、「空き家問題」をアップデートしていくためのコーナーが「UPDATE AKIYA」です。
今回注目するのは、空き家を生み出す大きな要因のひとつ、「相続」です。登場いただくオーナーさんは、生まれも育ちも京都だという高橋さん(仮名)。
就職で東京に出て20代を過ごしますが、30歳のときに京都に戻り物件を譲り受けます。
前編では「どのような経緯で譲り受け、手続きしたのか?」「何に注意すべきだったか?」に、後編では「どのように譲り受けた空き家を改修したのか?」に焦点を当て、「空き家のままにしない」ためのヒントをお届けします。
INDEX
いま高橋さんが住んでいるのは、西院にある、高橋さんのひいおじいさんが建てた築120年以上の、おじいさんやお父さんが生まれ育った家です。この家には高橋さんのおじいさんとおばあさんが住んでいましたが、10年程前におばあさんが亡くなった後は空き家となっていました。
この家の隣には伯父さん(お父さんの兄)の住まいがあり、高橋さんが京都に戻ってくるまではこの家を管理していました。
ここでは、現在の高橋さんの住まいを「本宅」、伯父さんの住まいを「別宅」と呼ぶことにし、譲り受けた経緯を一つ一つうかがっていきます。

機転を利かせた母の提案
今から15年前の2010年頃、高橋さんファミリーは京都に戻ることを決めますが、そのタイミングでお父さんから、「京都に帰ってくるなら本宅に住んでほしい。兄(伯父)も了承している」とお願いがあったそうです。
高橋さん
その際、母から「本宅に住むのであれば、将来的にはあなたが本宅と別宅を相続することになるのだから、伯父さんに相談して、伯父さんがおじいちゃんから相続した土地と建物を、甥であるあなたに遺贈するという遺言を書いておいてもらいましょう」という提案をしてくれたんです。
当時伯父さんは60代、そして高橋さんのお父さんが50代後半という年齢。元気であるうちに次の世代に引き継ぐためのアクションを起こしておこうという機転を利かせた提案でした。
実はこうした提案の裏に、親族関係の懸念すべき事柄がありました。
それは、30年程前に、祖父母よりも前に若くして亡くなってしまったもう一人の伯父さんの家族との関係。伯父さんの家族は近所に住んでいましたが、後年、高橋家の方々と揉めるようなかたちで遠くへ引っ越されたそうです。
別宅で暮らす長男にあたる伯父さんには奥さんも子供もいなかったので、亡くなったときに、遺言がなければ先に亡くなった伯父さんの子供にも財産を相続(代襲相続)する権利が出てきます。今までの経緯を考えるとトラブルが起きてしまうのでは、と母は懸念していました。
「こういうことは早めにするべき」
高橋さん
むかしは本宅に親戚も同居し、十何人もの大所帯だったらしいのですが、祖父がアパート経営していたこともあって、どうやら相続の時にお金がらみで揉めて同居が解消されたという経緯があったみたいです。父には関係の良くない親族がいたらしく、親族間の揉め事を見ていた母はあらかじめトラブルが起こらないように、と配慮してくれました。
続けて、「伯父は僕のことを小さいころから可愛がってくれていて、大人になっても良好な関係でした」と高橋さん。
ゆえに、伯父さんから高橋さんへの遺贈は有効な一手であり、遺言が無ければ、この物件をめぐって親族間での新たなトラブルが起きていたかもしれません。
「親や所有者である伯父さんが元気なうちに、相続の話をしっかりできてよかったです。こういうことは早めにするべきだと思いましたね」と高橋さんは振り返ります。

信頼できる「士業」とのつきあい
そして高橋さんは伯父さんと公正証書遺言の準備をはじめます。最初のアクションとしては、ご両親と付き合いのあった信用金庫に相談し、伯父さんから「生前贈与」された本宅を家族で住むためにリフォームするためのローンの申込とあわせて、司法書士を紹介してもらうことでした。
当時、高橋さんは夫婦ともに正社員として勤めており、奥様の勤続年数も長かったので、比較的スムーズにリフォームローンを組むことができました。ここで偶然にも素晴らしい出会いがありました。ネットで探したリフォーム会社に紹介された建築士との出会いです。
高橋さん
親としては本宅のリノベーションは大手の業者でやってほしいと思っていたと思います。わたし自身も大手にお願いしようかなという思いがないこともなかったのですが、その建築士さんは母と同年代の女性で話がしやすく提案も好みに合っていたので、この方にお願いしたいと思いました。本宅はリフォーム会社を通じて依頼しましたが、その後の別宅の改修計画は、リフォーム会社を通さず直接依頼しました。
そして、司法書士に伯父さんの公正証書遺言の作成をお願いしました。
高橋さん
あとから知り合いに聞いてみると、京都で名の知れた司法書士だということがわかりました。ただ、すでにご高齢で、相談に乗ってもらうというよりは、粛々と仕事を進められる方だという印象で、正直なところ親身になってもらったとか、色々アドバイスをもらったということはなかったんですよね……

その時が来た
伯父さんに公正証書遺言を作成してもらってからおよそ10年が経過した2023年、その時点で3年ほど入院していた伯父さんの容態は日に日に悪化し、他界。
悲しんでいる間もなく、遺贈の手続きをする必要が出てきました。
公正証書遺言の執行と登記の変更については、公正証書遺言を作成した高齢の司法書士が既に亡くなられていたため、自身の事業でお世話になっている税理士に新たな司法書士を紹介いただき、依頼しました。蓋を開けてみると、その際、遺言執行の引き継ぎがなかなかうまくいかず、遺言作成時から現在の司法書士に依頼できていれば……と思われたそう。
当時は両親のつながりに頼るしかなかった、と高橋さんは振り返りますが、「当時は30代になりたてでさすがに難しかったですが、困った時に相談できる方、長く付き合える士業の方に相談した方がよかったかもしれません」と続けて語ってくれました。
こうした経緯で、高橋さんは物件を譲り受けます。
手続きに必要な財産の調査や評価などは、日ごろから懇意にしている税理士に依頼しました。「多少高くついた」そうですが、書類作成はもちろん、自身の事業に関わることも含めて全部おまかせすることができ、大変スムーズだったと高橋さんは語ります。
高橋さん
多少高くても、気心の知れた方にお願いした方がいいと思います。10万円20万円を削って、安かろう悪かろうかもしれない…とモヤモヤするよりは、支払うときに「えっ、ちょっと高いな」と思うところは正直あるものの、何かあった時の「心の保険」も含めた金額だと思っています。
後編では、譲り受けてから活用までのプロセスに焦点を当ててお話をうかがっていきます。