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日本人の暮らしに、もっとアートを。株式会社めいが探求する新しい「空き家」のデザイン

日々の暮らしにおいて、あなたが大切にしていることはなんですか?

価値観やライフスタイルに合わせ、設備をカスタマイズしたり、空間の活用方法を工夫したりすることができる、物件の「余地」や「余白」。「Kyoto Dig Home Project」では、これを物件がもつ「+α(プラスアルファ)」ととらえています。必要十分な居住環境……だけではない、暮らしの価値観に寄り添う「+α」を見出し、活かすユニークアイデアをご紹介していきます。
 
今回登場いただくのは、「人の才能」に着目した不動産プロダクトを生み出す「株式会社めいの代表・扇沢友樹さんです。
 
扇沢さんは、2011年、共同代表の日下部淑世さんとともに会社を創業。既存物件をリノベーションして活用し、プロ漫画家を目指す若者のアトリエ「京都版トキワ荘事業」、工房・シェアハウス・オフィス・ショップを併設した職住一体型のクリエイティブセンター「REDIY」などを手がけてきました。そして、2019年11月には京都市中央市場の西側で、築45年の元社員寮兼倉庫をリノベーションし、若手アーティストが住みながら創作活動ができる滞在型複合施設「KAGAN HOTEL -河岸ホテル-」を開業しました。
 
そして、「日本人の暮らしには、なぜアートが浸透しないのか」という自身の問いへの一つの解決策として至ったのが、空き家を改修した住宅の供給とアート作品のリースサービスを一体化した「現代文化住宅」です。
 
アートの展覧会や美術館に行くのは好きだけれど、自分の日常生活にとってアート作品は「遠くにあるもの」だと思い込んでいる方にとっては驚きの取組ではないでしょうか。アートという価値を導入することで空き家を流通させようという新しいアイデアです。
 
アートにまだ関心のない方にとっても、空き家とアートという切り口で不動産を見ている事業者さんがいること自体、驚きなのではないでしょうか。
 
なぜ株式会社めいはそのようなユニークな事業を展開しているのでしょうか?理念を持って取り組んでおられる京都の「プレイヤー」の一人である扇沢さんに、お話を伺いました。

INDEX

この方にお話を聞きました

扇沢友樹

株式会社めい 共同創業者/不動産脚本家

扇沢友樹

1988年京都市生まれ。大学在学中、不動産と企業のファイナンスを学ぶなかで人口減少社会の不動産業界に関心を抱き、20歳で宅地建物取引主任者(現、宅地建物取引士)の資格を取得。2011年の大学卒業と同時に株式会社めいを創業し、現在は不動産企画にデザイン思考とアート思考を取り入れ、21世紀型の価値づくりを研究中。2児の父親としても奮闘する日々を送っている。

扇沢さんのこれまで

まちや不動産は、もっと人の才能に貢献できる

——株式会社めいは、工房付きシェアハウス・REDIYや、ホテルを併設した若手アーティストの滞在型共同ファクトリー・KAGAN HOTELなど、これまで既存の建物をユニークにリノベーションされてきました。どのような意図で事業を展開していますか?

ぼくたちは、「まちや不動産は、もっと人の才能に貢献できる」と考えているんです。

10代のときに人口が減る社会がやってくることを知って、これまでのルールが大きく変わることに、逆にワクワクしちゃったんです。戦後およそ70年は、人口が増え続けていたし、土地も建物も足りなかったわけです。そうした社会だと不動産における資源の優先順位は、必然と「お金>土地>人」の順番になってしまう。それが人口減になると、土地も建物も余るわけですから、これからは「人>土地>お金」の順になっていくと思いました。価値が逆転する、大きなゲームチェンジが起ころうとしている。その転換点にいることに、ワクワクして起業したんです。

ちょうど会社を起業するころ、共同代表の日下部と出会っていました。彼女は、アーティストの制作環境や生活環境に興味をもっていて、どうすればアーティストが継続的に創作活動をできるのかを真剣に考えていました。

ぼく自身も、「人」の希少性が上がる時代がくると踏んでいたので、「土地」重視のディベロッパーや不動産屋、地主が主導ではなく、「人」つまり入居者や住まい手のことを最優先に考えた事業をおこなっていく必要があると思っていました。

京都市民の食生活を支える拠点・京都市中央市場。そのすぐそばに建つKAGAN HOTELは、もともと青果卸売の社員寮兼倉庫だった建物をリノベーションした【Photo by Atsushi Shiotani】

これまでも「人の才能」にフォーカスした不動産のプロダクトを提供する事業を展開してきましたが、その思いを体現したのがKAGAN HOTELでした。アーティストが持続的に創作活動できる場を、不動産で生み出しながらも、上階のフロアを宿泊施設にして、世界各国や日本各地から訪れるゲストに対して日常的にアートをプレゼンテーションできる空間にしようと思いました。

とくに若手の現代アーティストに向けて、場所や時間の制約を気にせず住まいながらアート作品の創作に打ち込める場が必要だという思いからスタートしたんです。

KAGAN HOTELは、地下1階から地上5階までの6フロア。上階は宿泊フロアのほか、現代アートの若手アーティストが暮らすシェアハウスがあり、入居者はお互いに切磋琢磨しつつ、24時間気の向くままに制作に取り組める【Photo by Misa Shinshi】
倉庫だったKAGAN HOTELの地下空間は、入居しているアーティストの倉庫兼制作場とギャラリーに。天井高は4mにおよび、アーティストは空間的な制約を気にせず、大型のアート作品にもトライできる【作品「narrative」川村摩那 2023】

KAGAN HOTELについて

都市型の、500平米以上の「空き家」に着目した

——扇沢さんや日下部さんがアートやアーティストに惹かれ、応援するのはなぜでしょう?背景にある思いを教えてください。

これは例え話なのですが、「出来るだけお金を貯めて高級なマンションや老人ホームで暮らすより、今日はあいつの店でご飯を食べよう、明日はあの人の作品を観に行こう」そんな豊かな関係性のある生活圏で今も未来も暮らし続けたいという根源的な欲求があります。同世代のアーティストと出会い、アート作品をコレクションさせてもらい、その活躍の経過を同時代に見続けられるところにアートの面白さがあるんです。

京都には芸術系の大学が多く若手アーティストも多いのですが、卒業すると、大きなアート作品を制作できるスペースを求めてアクセスの悪いところに行く方が多いんです。もちろん、都市部から離れることによってアート作品がより良くなる方もいると思いますが、一方で、市内の中心部に大きな空間を借りることが難しく、泣く泣く郊外に出る方も少なくない。

KAGAN HOTELは、京都駅からたった1駅。アーティスト側から外に展示しにいかなくても、作品を観に来てくれる環境があり、制作場は24時間解放しています。住み込んだり、長く滞在したりして、いつでも制作に集中してもらえます。

自力で場所を借りてアトリエを構えるアーティストもいますが、不動産のプロではない彼らにとっては場そのものを運営することが負担となり、3年とか5年で途絶えてしまうケースを数多く見てきました。それは見方を変えると、創作のパワーのたまった場所が消えてしまっているということです。京都というまちにとって大きなロスに思えてなりません。アーティストの創作意欲が蓄積した場を継続させて、そこにゲストが来るという状態にすれば、非常に有益な場所になると思っています。

KAGAN HOTELでは定額利用できる住居兼アトリエが10室ある。「開業後、4年間で140件もの問い合わせがありました」(扇沢さん)【Photo by Misa Shinshi】
KAGAN HOTELに宿泊するゲストは、ホテルにチェックインする際に、ストックされているアート作品の中からゲスト自らが気に入ったものを選ぶと、スタッフが客室に飾ってくれる

アーティストに向けたアプローチだけではなく、ホテルの受付時に客室に飾る絵をゲスト自身が選ぶという体験も用意しています。日本人の場合、多くの人は絵を選んだ経験がないんですね。いざ選ぶとなると、意外と難しかったりする。自分の感性と対話したり、グループで来られた人はどの絵にするか議論していたり。服を自分で選ぶ年頃になるとファッションに興味を持ち出すじゃないですか。アートもそうなんです。観るだけと、選ぶのとではぜんぜん違う。アートへの入口、その第一歩になればと思って、こういう体験を用意しています。

——KAGAN HOTELとなる物件との出会いはどのようなものでしたか?

KAGAN HOTELもある種の空き家活用だと言えると思っていて、はじめる前のことですが、どのように事業を発展させていくかを議論していた際に、京都の課題や未来予測をするなかで、空き家に着目し、カテゴリーや特色ごとに分類した上で、どういった空き家の問題解決をすると効果的か、思考の整理をしたんです。

そのなかで、自分たちは都市型の不動産に絞り、まずは「500平米以上の建物」を対象にしようと方向性を定めたんです。一般的には空き家とは認識されないような規模ですが、ある産業用途を目的として高度経済成長期に建てられたものの、その産業の構造変化とともに不必要なものになってしまい、結果的に誰も手をつけられない「空き家」になったわけです。

KAGAN HOTELとしてリノベーションする前の物件もそうですが、非常に大きな床面積をもっている空き家は、なかなか潰すこともできないし、オーナーさんも活用に苦心せざるを得ない。けれど、そのエリア、その地域において、非常に大きなインパクトをもった活用の可能性を秘めていると考えました。

KAGAN HOTELエントランスからロビーを見る

現代文化住宅とは?

路地奥物件の弱点を逆手にとった、住居とアートの新しい関係

——KAGAN HOTELに留まらず、新たに空き家を活用した「現代文化住宅」というサービスを公表されました。これは、そもそもどういうサービスなんでしょうか?

現代文化住宅は、住居とアートの新しい関係をつくりたいと考え、KAGAN HOTEL名義で住宅供給をおこなうというものです。

一言で言うと、アート作品を飾れる家の民主化でしょうか。日本ではアート作品を飾れる家は建築家に頼むようなオーダーメイドの高級な家のイメージがありませんか?それを既存のストックや、もっと言うと賃貸でも、アート作品を飾れる家が買える/借りられるようにする。そんな社会構造をつくることだと考えています。さらに、アート作品を買うというハードルもまだまた高すぎる。それならKAGAN HOTELでの宿泊のように、アート作品のある生活を試せる住宅を提供しようと考えたんです。

現代文化住宅として販売している家が、1軒売れるたびに、KAGAN HOTELがアート作品をコレクションしていきます。今は2点、京都に関係のあるアーティストのアート作品を保有していますが、5軒、10軒と増えていくたびに、アート作品も供給する現代文化住宅と同じ数だけストックしていきます。

そして、現代文化住宅を購入した住まい手の方には、そのコレクションからアート作品を借りられるというサービスなんです。アート作品のリース料は無償。つまり、一般的な家では保管できないような大型のアート作品も含めて、KAGAN HOTELをアート作品の擬似的なストレージのように利用でき、アート作品を搬入・搬出できるというイメージです。

現代文化住宅の事業モデル。家が購入されるたびに、KAGAN HOTELでアート作品をコレクションし、住宅の購入者や借主はそのアート作品をリースできる仕組み(搬入・搬出費と保険のみ、購入者の負担)

——家具や家電付きのハウジングサービスは最近よく見かけますが、アートのように文化的な資源をリースできるという発想なんですね。どのような家を購入や賃貸できるんでしょうか?

現代文化住宅では、路地奥にあるような空き家を含む中古住宅をリノベーションしています。そのような物件は法令が複雑でリノベーションをするのに専門知識やそれに付随する工事費用がかかることから、費用に見合う価値が出しにくく、流通しにくいという京都の都市課題にもなっていると見ています。

不動産が人の才能にどのように貢献できるかを考えていたときに、「なんで日本人とアートの暮らしは、こんなに馴染まないのか?」という問いが生まれ、住宅の問題にいきついたんです。商業施設やホテルなどでアートが必要不可欠なものになり、以前にもましてアート/アーティストの活動の場は広がっているのに、なぜか住居空間にはアートがないな、と。

そこで、日本の住宅がアートを飾るのに不向きなんじゃないかという一つの仮説に至ったんです。

戦後にベビーブームが起こり、国や不動産業界には、とにかく住宅を安く大量に供給する必要が生まれたわけです。「一世帯一住宅」を目指した住宅難を解消するためには世帯あたり40平米の狭い空間に4、5人が暮らす必要があった。そうなると、かつての日本家屋にあった床の間は「押し入れ」に代わり、美術品を鑑賞するより効率的な空間が望まれてきたわけです。

生活の質でいくと、当然、明るい家が好まれ、窓を増やして採光をとるほうが家の価値は高くなります。だから、アートを飾るために必要な「壁」という余白が、いまの日本の住宅にはないわけです。

この「壁」が、結構ポイントだと思ったんです。ただ、壁があるだけじゃなくて、アートを飾るのに適した壁があったら、日本人も暮らしのなかにアートを取り入れたくなるんじゃないかなと。

そこで、住宅の間取りを表す言葉として「LDK」という概念がよく使われますが、文字通り「床面積」でしか住宅を評価してこなかったわけですよ。ここに「+W(ウォール)」という視点を与えることで、これまでになかった住宅の価値を提案できるんじゃないかと思いました。

現代文化住宅のウェブサイト。物件紹介では床面積以上に、壁面積を強調することでコンセプトを伝えている

いま空き家になりがちな京都の路地奥の物件は、その多くが隣家と連棟であったり、あるいは近すぎたりして窓がつくれないケースが多く、まだ「壁」が残っているケースが多いんですよね。

——路地奥の物件が敬遠される要因のひとつは採光条件が悪く、薄暗いことですが、それを逆に強みにしようと。

そうです。いま、現代文化住宅として3軒の物件をリノベーションしたのですが、天井の一部をにスリットを入れ、自然光がたっぷり入るようなつくりにしています。風も通るし、光も入る。雲が少し陰っただけで、光が呼吸しているみたいに調光が変わるので、それによってアート作品の見え方も変わり、とても良いんですよ。

現代文化住宅で取り扱う住宅の改装前の状態。路地奥の物件ということもあり、採光条件が悪く、非常に薄暗い
改装後の物件写真。窓がない環境を逆手にとり、アート作品を飾るための印象的な壁を設け、天窓をつくることで明るい空間に

それにマンションだと、廊下の幅やエレベーターの大きさが限られているので、アート作品を運べない場合があります。たとえば、F200号というサイズ(およそ1.8m×3m)のアート作品を搬入しようとする場合、路地であっても、廊下より路面のほうが圧倒的に運びやすい。

あとは、既存の家の玄関や間口は、そのままだと運搬しにくいこともあるので、アート作品の搬入経路から家の構造を見直してリノベーションしました。 正直、不動産屋にとって路地は手をつけづらいところなんですよね。だからこそ、土地や建物でなく、「人」側の視点に立って付加価値をつくり、物件の魅力をテコ入れしてあげる必要がある。

若い人に届けたい

未来にアート作品を運ぶための、京都ならでは文化住宅

——今回の現代文化住宅は、どのような立地にあるのでしょうか?

これまで、3軒の現代文化住宅を手がけたのですが、場所は西院・岡崎・祇園四条と、アクセスの良い立地であることにはこだわりました(取材当時)。

というのも、人を招きやすい家にしたかったんですよ。郊外にいけば土地が広く、ギャラリー付き住居もつくれるけれど、人を気軽に招くには遠すぎる。家に飾ったアートを、より多くの知人や友人に鑑賞してもらいたいでしょうし、アーティストにとっても多くの人に観てもらう機会になる。そのため、交通機関や自転車で移動できるような、京都市内のなるべく中心部につくることが重要かなと考えました。

——場所が良いと、値が張るイメージがあります。

60平米ぐらいの2階建てとして、同じ床面積の一般住宅をこのエリアで買うとなると、相場でいえば5,000〜6,000万円を越えるケースも珍しくないと思います。今回の現代文化住宅は、販売価格3,000〜3,500万円ぐらいをベースに考えています。

——価格を抑えて販売したい、という思いはどこからくるのでしょう?

ひとつは、若い人に住んでもらいたいからです。ぼくたちはこれからを担う未来の世代のための事業に絞っているんです。人の価値観に本気でテコ入れしたら、10年後の価値観は変わると思っています。

現代のアート作品を未来に運べる住宅は、リスクを負ってでも非合理的でもやりきる意味はあると思うし、ぼく自身、そのリスクは進んで負いたい。私利私欲な住宅供給ではなく、まちのため、アーティストのため、文化のために。文化政策を都市理念の最上位にもつ京都市、それにこの地域で活動する銀行や企業にも、同じモチベーションはあると思うので、一緒に取り組んでいきたいですね。

また、販売価格を抑えるためのコストダウンができている理由は、住宅のハード部分以外のターゲットとなる住まい手にも目を向けているからだと思います。

——もう少し詳しく教えていただけますか?

日常生活に現代アートを取り入れたいと思われる方は、おそらく物質的な豊かさよりも、無形なものに豊かさを求めていると思うんです。つまり、見栄えの良いドアや立派なシステムキッチンを設置したり、高級木材にこだわるなど、建物自体の「モノ」としての価値を追求するより、時間や人との関係性の豊かさを重視すると考えています。

ということで、現代文化住宅はすべての空間を新築のようにフルリノベーションするのではなく、材料や設備はものすごくシンプルな素材を使っています。一方で、来客の招き入れやすさや作品との距離感、目線の高さや照明には十分注意を払い、住まい手が壁に飾るモノの個性を発揮できる設えにしてあります。そのようにしてコスト削減と住まい手の効用の両方を満たせるプロダクトになっているのです。

改修や設備にお金をかけるより、お気に入りのアーティストのアート作品を買うほうが幸せだと思っています。

ぼくは現代文化住宅を通じて「推し活」を広めたいんです。アート作品が美術館やギャラリーの中で眠っているのではなく、アートが好きな人の家のなかに飾ってあって、知人がきた時にアート作品を実際に愛でる機会を自ら提供し、推しについて語る。自身の推しているアートを暮らしのなかに普及させる意味って、そういうところにあると思っています。

現代文化住宅の入居者がレンタルできる作品第1号【作品「Untitled」山田康平 2022】

アートというアプローチ

家余りの時代に不動産だけでなく、「動産」の価値を伝えたい

——住居とアートの新しい関係づくりに取り組まれているわけですが、なぜ日本では、アートのある暮らしが浸透しなかったのでしょうか? 住宅構造以外にも課題があると思いますか?

銀行や預金という制度がなかった時代の日本は、現金を所有するのではなく、着物や掛け軸、茶道具などの生活品を財として蓄え、現金が必要なときに質屋で換金していました。

安物をつかまされると損するわけですから、じゃあ、どこの職人の器がいいのかとか、あの織物がすごくいいとか、みんな生活の知恵として「動産」の目利きができるようになっていたんじゃないかな、と。

しかし、明治になって通貨の安定を図るための銀行制度が日本に発展し、家の財が現金や預金になると、「動産」としての財を目利きしたり保持したりする力を失ってしまったんだと思います。結果、経済的効用を得やすい不動産だけが資産の対象となり、多くの日本人はアートを含めた動産に価格も価値も見出せなくなったと考えています。

——「お金>土地>人」の価値が逆転するという、冒頭の話につながりますね。

これまでの時代とは異なり、買った不動産の価値が目減りしていくことは、構造上あらがえないと思うんです。一方で、若手アーティストによるアート作品が、長い時間をかけて評価する人が増えて、価値が上昇することもある。家余りの時代のなかで不動産の価値が目減りしたぶんを、アート作品のような「人」が生み出す動産の価値で賄うという考えがあっていいと思うんです。もちろん、アート作品を動産として売買されることを残念がるアーティストもいると思いますが、ぼくはアートが流通しているほうが健全だと思うんです。

——扇沢さんは、現代文化住宅を通してどういうビジョンを描いていらっしゃるのでしょうか?

現代文化住宅の価値や効果はこのプロジェクトが生み出すW(ウォール)の大きさで測れると考えています。目標はW(ウォール)合計1万㎡以上を京都市内に普及させることです。それが達成されるとどうでしょう?若手アーティストやギャラリストにとって、アート作品の居場所が街の中にたくさんある都市は魅力的であり、仕事や生活をしたいと移住してきてくれるのではないでしょうか?または、アートと共に暮らしたい人が移住してくるかもしれない。そうなると、この街で50年後や100年後に評価される作家や作品の出現を、今よりもっと期待できます。そんな未来に生きることを、今からとても楽しみにしているんです。

最後に

親として見えてくる、京都の空き家の可能性

——最後に、扇沢さんはお二人のお子様を持つお父さんでもいらっしゃいますが、京都で子育てをされている立場から空き家の利活用の可能性についての見解を教えていただけますか。

いま京都から子育て世帯が流出している理由も住宅価格や家賃の問題といわれていますけど、本当にそうなのかな、と。ぼくの周りだと、田舎ののんびりした環境で、先生の目の届く少人数教育の学校に通わせたいという親が多いんです。

これはぼくたちに限りませんが、クリエイティブ・クラスや起業家の親にとって、どこに住むかという問題に対して教育の優先順位がすごく高いと思うんです。どこにいても仕事はできるから、特色のある教育機関があれば田舎であっても関係ない、という層が増えている。子どもの教育を理由に移住する敷居が以前よりはるかに低いんです。

田舎の古い家屋であってもリノベーションして、「子どもが中学校を卒業するまでは住むぞ」という教育熱心な親がいるわけです。京都でもその機運をしっかりつくれたら、子育て世帯が定着し、増えると思うし、京都の空き家問題に貢献してくれると思うんです。

一方で、京都市内で若い夫婦が新築住宅を購入しにくい状況であるのも事実です。古い家を直したり付加価値をつけたりという手段によって、「京都市内で子供たちと暮らしたくなるような環境を生み出すこと」に空き家問題の根本的解決があると考えています。本質的な空き家問題の答えは、不動産や建築物の外側にあると考えています。

京都は芸術系の大学が多いのに加えて、社会科学や自然科学分野でもすごい研究を進めている大学が多く、初等教育や中等教育においても独自の展開をしています。地方では、なかなかこんな環境はないですよ。一人の親としての目線で考えても、まちとしての競争力は教育、だと思っています。

扇沢友樹

株式会社めい 共同創業者/不動産脚本家

扇沢友樹

1988年京都市生まれ。大学在学中、不動産と企業のファイナンスを学ぶなかで人口減少社会の不動産業界に関心を抱き、20歳で宅地建物取引主任者(現、宅地建物取引士)の資格を取得。2011年の大学卒業と同時に株式会社めいを創業し、現在は不動産企画にデザイン思考とアート思考を取り入れ、21世紀型の価値づくりを研究中。2児の父親としても奮闘する日々を送っている。

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執筆:堀香織/企画・編集:光川貴浩・窪田令亜(合同会社バンクトゥ)、榊原充大(株式会社都市機能計画室)/撮影:川嶋克