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専門家がトライする妄想〇〇住宅 第1回「山科のテラスハウス」リノベ編

京都市内にこんな中古住宅があったら、プロはどんな暮らしを思い描くだろう?建築士や不動産事業者などの専門家に中古住宅のリノベーションや暮らし方を勝手に妄想してもらう本企画。先入観を持たない実験的なアイデアから、中古住宅の選定や改修のためのヒントを教えてもらいます。世間では、あまり価値がないと思われている物件も妄想次第では宝物のように輝くかもしれません。 第1回目はSTUDIO MONAKAの岡山さんに、山科区に佇むテラスハウスのリノベーションを妄想してもらいました。 ※なお、本記事で取り上げた改修計画は、専門家による自由な発想でアイデアを提案されているものであり、法令に則って厳密な審査が行われたものではありません。

INDEX

今回妄想する人

岡山泰士

株式会社 一級建築士事務所 STUDIO MONAKA代表

岡山泰士

1987年、京都府生まれ。建築家を志したのは社会の幅広い領域に関われると思ったから。学生時代のユニット活動を経て、2015年にSTUDIO MONAKAを設立。京都市内だけでなく沖縄にも事務所を設置し、オフィスや店舗、住宅、商業施設などの建築・設計、改修から、土地利用の企画・計画、商品および地域、環境、施設に関する戦略立案・コンサルティングなど、業務内容は多岐にわたる。プライベートでは四児の父として育児に邁進中。

トライする改修計画の条件

そんな岡山さんに、次のような条件で妄想してもらいました。 ☑️ 施主はアウトドア好きの30代前半の夫婦 ☑️ 子どもの誕生をきっかけに戸建てへの引越しを検討中 ☑️ 予算は土地・物件・改修費用を合わせて2,000万円

妄想する中古住宅は…

山科区の500万円のテラスハウス

今回、岡山さんが妄想する物件のあるエリアは、「京の東の玄関口」である山科区。西・北・東の三方を山に囲まれるなど豊かな緑を残し、「勧修寺」や「毘沙門堂」といった人気の観光スポットも点在。自然と歴史が感じられるまちだ。
一方、山科区に対して、東山トンネルのニュースを見て「滋賀と京都を結ぶ国道がいつも渋滞している」と思う人や、高度経済成長期に急激に住宅が増えたことをうけて「住宅密集地で景色が…」という印象を抱いている人も少なくない。しかし、岡山さんは「実際に住むと、とても便利なまちらしいですよ」と言う。

岡山さん

じつは僕の妹家族が山科区に住んでいるのですが、スーパーマーケットやコンビニが充実しているだけでなく、駅周辺には商業施設のほかに個人商店の飲食店、雑貨屋などが並び、国道沿いには全国チェーン展開する店舗の旗艦店もあったりして、生活するうえではかなり便利な場所だと言うんですね。保育園や小学校などの教育施設もあちこちにありますし、意外と生活者の充実度は高いようです。しかも、山科は交通の便もいいですしね。

岡山さんの言うとおり、山科区にはJR・京都市地下鉄・京阪電鉄の3路線が通っており、JR山科駅から京都駅まではたったの1駅、所要時間はわずか5分。京都市内の中心部にもアクセスしやすいうえ、大阪駅まで35分という抜群の交通利便性を誇る。
さらに、「住宅密集地で景色が…」という声についても、岡山さんはこう話す。

一戸建てがくっついて並んだような「テラスハウス」(画像はイメージです)。

岡山さん

たしかに、山科区には「テラスハウス」と呼ばれる、隣の家と壁を共有する連棟の住宅がたくさんあります。隣家と壁を共有するために、いまは敬遠する人が多く、そのために価格がとても安いんです。未改修物件なら、同エリアであれば500万円を切ることもあるほど。いまの時代、土地と建物が500万円以内で手に入るというのは、かなり経済的メリットが大きいですよね。今回は、そうした経済的利点も踏まえて、山科区の物件を見てみたところ、安くて面白そうな物件が結構あったんですよ。

妄想する物件の元の間取りは…

「プライベート空間の少ない」昭和狭小住宅

岡山さんが今回妄想した中古住宅は、築40年近いテラスハウス。約12坪の土地に建てられた、いわゆる狭小住宅と呼ばれる物件だ。

玄関を入って奥に進むと現れる小さな台所。2階には畳間と洋間があり、両方にバルコニーがついている。また、物置スペースのような小さな小屋裏が。ちなみに、風呂場は1階の奥にあるものの、脱衣所や洗面所のような空間は見当たらない。もしや、居間で服を脱ぎ着しなければならないのだろうか……?

岡山さん

このタイプのテラスハウスは戦後の高度経済成長期の住宅政策である「一世帯一住戸」を目的としてつくられるようになったため、質よりも量を優先してつくられているので、プライバシーへの配慮も行き届いていませんし、間取りも小さく、収納もあまりないし、間口も玄関も狭い。駐車スペースも軽自動車しか入りません。

間取りを見るかぎり、お世辞にも住みやすそうな要素が見当たらない、この物件。ではなぜ、岡山さんはこのような物件を妄想したのか。その理由は、山科区ならではの「隣に生産緑地がある家」を思い描いたからだ。

生産緑地というのは、市街化区域内の農地等で、30年間は農地として農業をつづけることが義務付けられている(※)が、税制の優遇措置が受けられる場合がある制度である。つまり、「ある程度の期間は農地のままであることに一定の期待ができる場所」であり、隣家は日当たりや眺望の確保が期待できるのだと岡山さんは言う。
(※)1992年に多くの生産緑地地区が指定され、そこから30年の営農義務があった。2022年以降は、新たに特定生産緑地として継続申請している土地が多いが、10年ごとの更新となっている。

岡山さん

どこが生産緑地なのかは、『京都市都市計画情報等検索ポータルサイト』から誰でも調べることができます。僕は物件情報サイトで出てきた情報と、京都市の検索ポータルサイトの生産緑地の情報、あとGoogleストリートビューの情報を照らし合わせて、今回妄想するエリアと物件を決めたのですが、これは実際の物件探しでも使えるテクニックだと思います。

緑になっているところが生産緑地。緑地の周辺をGoogleストリートビューで散歩しながら物件を探すのが岡山さん流のディグり方だそう。画面右側の山科区には生産緑地が多いことがわかる。(京都市都市計画情報等ポータルサイト

今回、岡山さんが気付いたのは、「山科区には生産緑地が結構多い」ということ。京の伝統野菜には「京山科なす」や「山科とうがらし」と、その名が冠されたものがあるように、昔は京都の台所を支える野菜の一大産地だった山科。いまではそのイメージが薄れてしまったように感じるが、だからこそ、岡山さんは今回、妄想する住宅のテーマを、「農的暮らし」に設定。そして完成したのが、これからご紹介するプランだ。


【テーマ】妄想”農的”住宅
家族で“手間”を楽しむ、「農的暮らし」のための家

家族で畑仕事を楽しみ、収穫したものをおいしく食べる。寒い夜はストーブに薪をくべて、みんなで火を囲む。味噌や梅酒など保存食をつくって、手づくりを味わう……。コスパやタイパに価値がおかれる今、どんどんと「手間をかけること」が生活から消えつつある。でも、生活のなかに手間を取り戻すことによって、家での暮らしに豊かさや楽しみが生まれるのではないか。そんなふうに岡山さんが考え、妄想したのが、この「農的暮らし」のための家だ。

まず、玄関前のアプローチから大変身。玄関を減築し、代わりに塔のように高い倉庫を増築することで、倉庫と玄関前のあいだには路地のようなスペースが生まれた。
最大の特徴は、1階を大胆にワンフロアとし、家族が集う「土間」のリビングに大変身させたこと。リビングの土間は、土の素朴な温かさが感じられる三和土(たたき)仕上げ。家族や友人たちと一緒に土などを叩いて踏み固める作業をしても楽しそうだ。
この土間のイメージは「半屋外のようなリビング」で、縁側のようにつくられた板床の部分に腰掛けられる。また、2階の一部を吹き抜けにして薪ストーブを置くことで憩いの空間を演出。この煙突の放熱により、家全体を暖めることもできるという。
さらに、リビングの奥には、五右衛門風呂付きのシャワールームを設置。畑仕事を終えて泥だらけになっても、気にせず土間リビングを通ってお風呂に直行できるという、農的視点の動線だ。

1階を大胆な土間リビングにしたぶん、2階はキッチンと和室というコンパクトなつくり。コストダウンの観点から、既存のスペースをほぼそのまま流用した8畳ほどの和室では、布団を畳んで仕舞い、ちゃぶ台を広げてリビングのように使うことももちろん可能。用途を固定せず、可変性の高い和室の良さを生かしている。

また、小屋裏(屋根裏)空間は食料庫に。吹き抜け部分を通じ、なんと滑車で食料を上げ下げする設定だそう。
家全体で、昔ながらの暮らしを遊ぶように楽しむことができそうな仕掛けがあちこちに散りばめられた、この妄想住宅。子育て世帯の場合、居住スペースを考えると少々手狭かもしれないものの、子どもの成長に合わせて、小屋裏のストレージスペースをロフトにすることもできる。なにより、隣に広がった生産緑地を借りることで、子どもが土と親しみ、口にするものがどのようにできているのかを日々体験できる、最高の環境と言えそうだ。

岡山さんが語る3つの妄想ポイント

岡山さん

農的暮らしをテーマにするうえで、土間リビングというのは土との暮らしを取り持つための装置。現代人は基本的に靴を脱いで家に上がりますが、昔の農家の家のおくどさん(かまどの京言葉)は土間にあったように、農的暮らしには土がついたまま入ってこられる土間というのは便利でもあると思うんですよね。この土間リビングに設置した屋内縁側のようなスペースは、“たまり場”になることを妄想しました。農作業が終わったあとに腰掛けながらここでお茶を飲んだり、薪ストーブの上で収穫した根菜を使ったスープをことこと煮込みながらお喋りしたり……。地域の人たちとのコミュニケーションを深めるスペースになればいいですよね。

岡山さん

玄関前に増築した倉庫は大きな吹き抜けになっているイメージ。高さが低いといかにも倉庫という感じですが、のっぽにしてあげると謎の塔みたいになって、それだけでかわいくなるというか(笑)。壁には農作業で使う鍬やスコップをかけたり、自転車を壁掛けにしてみたり、棚を取り付けて部屋に入りきらないものを置いたり、趣味の空間として使えます。また、倉庫をつくることで玄関前の路地的な空間ができるのもポイントで、野菜の洗い場として利用したり、コンポストを置いてみたりとか。子どもの遊び場にもなる路地的空間は、ちょっと京都的かな、と思っています。

岡山さん

2階の一部の床を抜き、吹き抜け部分をつくることで、1階から小屋裏まで上下に行き来する動線をつくりました。この3層を貫く吹き抜けによってストーブの熱が家を暖める効果があるだけでなく、どこにいても家族の声が届くという、家全体の一体感が生まれるかなって。床面積よりも関係面積を増やそう、という考え方です。農作業もそうですが、ストーブのための薪割りとか、保存食をつくって貯蔵するとか、この家に住むと面倒なことがついて回りそうですよね。でも、手間をかけて「つくる」ことと「暮らし」がつながることで、家への愛着も深まっていくのではないか。そう考えて、この家を妄想してみました。

 


妄想を終えて…

今回、山科区のテラスハウスから妄想プランを提案してくださった岡山さん。プランを考えている最中、岡山さんの念頭にあったのは「せっかく京都に住むのならば、DIYをオススメしたい」ということだった。

岡山さん

京都には生活に彩りをつくってくれる、DIYにぴったりな個性豊かなショップがたくさんあるんですよ。 たとえば、上賀茂の金物屋さん『BOLTS HARDWARE STORE』にはオリジナルのフックやドアノブなんかが豊富に揃っていますし、アンティークの照明器具や古道具を扱う鞍馬口の『ARUSE』さんは古くてかわいい照明ばかり。あと、二条の観葉植物専門店『cotoha』が扱う観葉植物は枝ぶりが変わっていて、それをソファの横に置くだけですてきな空間がつくれます。

業者にすべてをお任せするのではなく、自分たちで気に入ったものを見つけてきて、自らの手で家をつくる。工事はシンプルにおさめて、自分の暮らしを一個一個つくり上げていく──。それによってコストダウンを図ることもできるが、それ以上に「自分で家をつくる楽しみがたくさんある」という、京都というまちを堪能してほしいとの思いが大きいそう。

岡山さん

新築の家を7000万円で買って量販店の家具で揃えるよりも、500万円で家を買って、自分らしくひとつひとつをカスタマイズしていくほうが、ある意味、豊かであるような気がするんですね。しかも、京都市内には、今回妄想してみたような掘り出し物件がたくさんあります。ぜひ、京都に眠るたくさんの選択肢のなかから、自分が思い描く豊かな生活をかたちにするためにディグってみてほしい、と思います。その作業も、きっと楽しいはずですよ。

岡山泰士

株式会社 一級建築士事務所 STUDIO MONAKA代表

岡山泰士

1987年、京都府生まれ。建築家を志したのは社会の幅広い領域に関われると思ったから。学生時代のユニット活動を経て、2015年にSTUDIO MONAKAを設立。京都市内だけでなく沖縄にも事務所を設置し、オフィスや店舗、住宅、商業施設などの建築・設計、改修から、土地利用の企画・計画、商品および地域、環境、施設に関する戦略立案・コンサルティングなど、業務内容は多岐にわたる。プライベートでは四児の父として育児に邁進中。

credit:

図面制作:STUDIO MONAKA

執筆:岡田芳枝

企画編集:合同会社バンクトゥ 光川貴浩、窪田令亜

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