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路地物件は、意外にも自由度が高くて“使い道”が広がるユニーク住宅に化ける?

路地物件#4 矢津吉隆さん・美沙さん宅
「工房への物の運搬に、子どもの遊び場に、地域の寄合所に…
路地が大活躍しています」

西陣のなかでも袋路の多いエリアである出水学区。秘密の抜け道のような「トンネル路地」を抜けた先にある矢津さん宅を訪ねました。吉隆さんは主に立体造形のアーティストとして活動する傍ら、アーティストやクリエイターが展示や物販のできる複合施設「kumagusuku」を営んでいます。パートナーの美沙さんは芸術大学の音楽学部卒業の経歴を生かし、子ども向けのピアノ講師を務めています。長男の吉視くんを含めた3人家族の路地暮らしの日々をうかがいました。

矢津さん宅は、1日1組限定の町家ホステル「マガザンキョウト」横のトンネル路地を抜けた先にある。

路地物件との出会いは5年ほど前、吉視くんが1歳になる頃のこと。それまで壬生のマンション住まいだったそうですが、「子育て環境としてもう少し広いスペースが欲しい」という思いもあって引っ越しを決意。ご自宅として生活の場としつつ、「kumagusuku」のサテライトスペースとして、アートギャラリーや制作の場としても活用されています。

賃貸住宅ですが、自由に改修をおこなえるよう大家さんと交渉し、改修費を借主負担としている。

【基本情報】
住み手:40代、夫婦+子どもの三人暮らし
エリア:西陣(椹木町松屋町あたり)
築年数:不明
家賃:9万5000円(月額)
改修費:約350万円(リノベーション&DIY)
延べ床面積:約90平米

—— なぜこの物件を選びましたか? また、どのようにして物件と出会いましたか? 物件探しのコツがあれば教えてください。

吉隆さん

物件との出会いは知人の紹介です。当初は宿泊型アートスペースとして一棟貸しの宿のような形で改装しようと思ったのですが、よくよく調べてみたら、トンネル路地の奥にある建物は宿泊施設として活用するにはハードルが高いことがわかって(※1)。だったら自分たちが住んで、アートギャラリーを併設した「住み開き」のようなことができたらいいなと思ったんです。

美沙さん

これまでマンションのほかに、2回ほど中古の戸建てに住んでいました。マンション暮らしの時は壁に釘も打てないし、レイアウトを変えても、どうしても自分たち“らしく”ならないのが面白くなくて。

建物に惹かれた理由のひとつが工場のような鉄扉の窓。「元の建物のポテンシャルが気に入って、直すといい感じになりそうだなと思ったんです」(吉隆さん)

—— どのようにリノベーションしましたか? こだわったポイントがあれば教えてください。

吉隆さん

居住空間の1階にお風呂やトイレ、キッチンを新設しました。古いトイレが土間のところにあるんですが、半屋外のようなところに出ないといけないのが不便だったので、脱衣所にドアのないトイレを設置しました。

美沙さん

ドアをつけると圧迫感が出てしまうので、思い切ってカーテンの仕切りだけにしたんです。よく考えたら、トイレはほとんど家族しか使わないので全く問題なかったです。

空間を有効活用するために、洗面スペースに設けた扉なしのトイレ。

美沙さん

あとは、生活しながら足りないものがあれば、その都度、夫に作ってもらっています。靴を置く場所がないから靴箱を作って、食器の置き場所に困ったから食器棚を作って、とお願いしていますね(笑)。

吉隆さん

使い勝手が悪ければその都度改造できるのが、中古住宅の良さですね。壁に穴を開けたりフックをつけたりすることに抵抗感もないですし。

工場の作業台のようなダイニングテーブルは、市販の木製テーブルに鉄板を貼り合わせたもの。既製品にひと手間を加えて、作業工数をおさえながらも“らしさ”を醸している。

吉隆さん

2階は、もともと3つあった部屋をワンフロアの居住空間にしました。リビングと寝室の間の壁だけ少し残してゆるく区切りながらも、壁に大きな穴を開けることで空間を圧迫しないように工夫しています。

傷んでいた壁も、吉隆さんがDIYで直した。「元の竹小舞の土壁にDIYで下地をつくってプラスターボードを貼って塗装で仕上げました。」。

—— 路地=狭い・暗いといったネガティブなイメージもあると思いますが、快適に住むための工夫があれば教えてください。

美沙さん

そもそも路地の物件に対するマイナスのイメージがなかったかも。むしろ、石畳や町家の景観に京都らしさを感じられていいなと思います。

吉隆さん

ぼくはこれまで空き家や路地物件を活用して、アーティストを支援する場づくりに取り組んできたので、古い建物がもっている記憶や変遷のようなものをポジティブに捉えていました。 アート作品の制作現場から生まれる廃材を“副産物”と呼び活用する「副産物産店」というプロジェクトを通して、新たな価値づけをおこなってきたんですが、価値がほとんどないと思われがちな空き家や路地物件も、まだ発見されていない面白さがあると思うんです。

只本屋の山田毅さんとの共同プロジェクトである「副産物産店」。ものづくりの現場から生まれる副産物をアートの視点から利活用する資材循環プロジェクト。
BASEMENT KYOTOで改装したシェアスタジオ「vostok」撮影:表恒匡
吉隆さんが関わった「BASEMENT KYOTO」というプロジェクトではアーティストが住まいながら制作に取り組める生活スタイルを提案し、路地物件も含めて計7軒の改修に携わった。
元牛乳屋の車庫兼住居だった建物には、路地に面して小さなトラックが入れるほどの空間があり、半パブリックなスペースをつくれることに物件の可能性を感じたそう。

吉隆さん

ギャラリーに変えた車庫の奥には、サンルームのような空間もありました。以前はコンクリートブロックに囲まれてエアコンの室外機があるような空間だったんですけど、天井から壁までとりあえず白く塗ったら、結構いい空間になって。いまは僕の工房や書斎として作品を作ったり、妻がピアノを弾いたりする場所として使っています。

ピアノの音については周囲に配慮をしつつも、ご近所さんとのコミュニケーションによってトラブルはないのだそう。

—— 一般的な建物より、路地内の住民同士の距離が近いと思いますが、路地生活ならではのエピソードがあれば教えてください

美沙さん

子どもが路地のブロック塀にチョークで絵を描いたままにしていて。近隣の方にやんわりご指摘をいただいたので掃除をして、そのあとスイカを持っていったことがあります(笑)。古くから路地にお住まいの方は、そういう人付き合いにも慣れていらっしゃいますね。

吉隆さん

毎年、地蔵盆がおこなわれるので、その時に近隣のお子さんをお持ちの家族と交流する機会もあります。地蔵盆がきっかけで、引っ越してきてから早い段階で自分たちの存在を知ってもらえた感じはありますね。

表通りのマガザンでおこなわれた地蔵盆の様子。副産物産店による椅子づくりのワークショップも路地を会場にした。(写真提供:マガザンキョウト)

吉隆さん

ギャラリースペースの建具を全開にすると、家と路地が地続きに使えるので、近所の方々と餅つきや町内会の寄り合いとして使うこともあります。路地を通りがかったおばあちゃんが展示を観にふらっと立ち寄ってくれるのもこの場所ならではだな、と思いますね。

ギャラリースペースの内部から路地を望む。建具屋さんに依頼したガラス建具は、全面開口可能で大きな作品や資材を運搬しやすい。

—— 路地奥に住んでから気づいたことがあれば教えてください。 

美沙さん

子どもがいきなり公道に飛び出しちゃうみたいなことがないので、すごく安心感があります。

吉隆さん

休日にギャラリースペースの扉を開け放って、路地にプールを出して子どもを遊ばせながら、ビールを飲むのが至福の時間だったことですね。

ご近所さんと一緒に路地でBBQ。長男の吉視くんが不要になったおもちゃは、路地の一角を活用して「ご自由にお持ち帰りください」コーナーに。

—— これから路地物件に住む方・探している方へのアドバイスをお願いします。

美沙さん

中古住宅の状況によっては、そのまま住むと大変なのも事実です。自分たちもここまで色々できるようになったのは、いろんな家とともに成長してきたからだと思います。昔住んだ路地物件は広かったんですが、手の施しようがなくてハシゴを登って屋根裏に住んでいたこともあったぐらいなので(笑)。

吉隆さん

プロの大工さんに任せるところと、自分でDIYするところの切り分けが大切だと思います。壁を作ったり床板を張り替えたりするのは比較的簡単ですが、床を水平にしたり、電気系や水回り、建具といった専門性が必要な部分はプロの大工さんに頼みました。

吉隆さん

あと、取材に来てもらったところ言いにくいんですが、実はもう引っ越しを考えていて。この場所も家もすごく気に入っているんですが、新しいプロジェクトで家をつくっているんです。今のこの家は愛着を持ち、お金をかけて直したので、自分たちと同じように職住一体でものづくりをされる方に、住み継いでいただきたいなと思います。

路地に隠された中古住宅を直し、住まい、次の入居者へと繋いでいきたいという矢津さん夫妻。取材の最後に「どなたか、いい人がいたら教えてください」と見送ってくれた。


エピローグ

今回、ユニークな発想で路地物件に住む4軒のお宅にお邪魔しましたが、みなさん「路地に住みたい」という理由から住んでいるのではなく、自分の理想的な暮らしや大切にしたいものを実現できる場所を探したら、「たまたま路地だった」という人ばかりでした。しかも、表通りの物件に比べて、はるかに安い……。正直、ちょっと嫉妬しちゃうほど、いい感じのお家ばかりでした。

「京都に住みたいけど、なかなか良い物件に出会えない」と悩んでいる方がいれば、路地に興味がなくとも(むしろ興味のない人こそ!)路地物件という選択肢を一度検討してみてはいかがでしょうか?

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「路地物件の魅力と探し方」

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企画編集:合同会社バンクトゥ光川貴浩、窪田令亜

企画協力:水迫涼汰

撮影:光川貴浩

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