【コラム】路地マニア 光川貴浩さんが語る
「路地物件の魅力と探し方」
「京都でユニークな住まいを探している方は一度、路地に眼を向けてみてほしい」
どうも、路地マニアの光川貴浩です。京都の路地巡りに目覚めてかれこれ15年。街歩きツアー、書籍や雑誌、テレビなどのメディアを通じて、京都の路地の面白さを発信してきました。
今回の記事に限らず、僕が「Kyoto Dig Home Project」の編集担当者として取材に伺った先の物件がことごとく路地だったことを考えると、「その人らしい暮らし」と「路地物件」って実は密接な相関関係があるのかもと思いました!
そんなわけでこのコラムでは、個人的に4つのFactに整理して、路地物件=狭い・暗いといったネガティブなものではなく、意外とその人らしさを引き出してくれる“可能性のある空間”として捉えなおした路地物件論を考察していきたいと思っています。ある種のムーブメントを捉え直しつつ、路地歩きをしてきた僕なりの視座も交えて路地物件の魅力と探し方をお伝えしたいと思います。
bank to代表/編集者/路地活動家
光川 貴浩
編集者/路地活動家。2012年にbank to LLC.設立。京都を拠点としたクリエイティブファームとして、観光・芸術文化・教育を中心に、都市におけるあらゆるコンテンツの発掘や発信を手がける。2008年より京都の路地めぐりに目覚め、メディアやツアー、イベントを通じて路地の魅力や価値を発信している。京都精華大学・京都芸術大学 非常勤講師、「まいまい京都」路地歩きツアー講師、関西編集保安協会の立ち上げなど。
Fact1:物件数が多い
「そもそも京都の住宅の、3割が路地物件です」
現状認識からはじめたいと思います。京都市内は「碁盤の目の町」といわれますが、よくよく目を凝らしてみると、毛細血管のように細い路地がひしめいています。その数、なんと約1万3000本!その総延長は941kmにもなり、京都と東京をつなぐ東海道を往復できるほどの長さになります。
一方で、表通りの物件やマンション物件を探している方は、その数の少なさや価格に苦労されているのではないでしょうか。その背景から説明すると、この10年で、京都の戸建て価格は上昇傾向が続いています。
Fact2:住居費が安い
「表通りやマンションより半値以下で住めるケースも」
路地奥で眠っている物件は数が多いうえに、圧倒的にありがたいのが「価格の安さ」だと思います。比較的アクセスや環境の良いエリアでも、1000万円以下で売買されていたり、三条京阪から歩いて5分の路地奥の物件が100万円程度で売りに出ていたという話も聞きました。
表通りの建物や土地と比べて、路地物件はその半値以下になるという不文律もあり、それは賃貸の場合でも同様に、家賃相場に影響を与えています。
エリアや広さなどの条件にもよりけりですが、市内中心部へのアクセスが容易な地域でも、路地物件であれば月額およそ5万円もあれば戸建ての一人暮らし、8万円もあれば二人暮らしができると思います。
地価が高騰している市内中心部でも、路地物件であればシンプルに住居費の負担を抑えられる。そのぶん自分の趣味や興味にお金を使えるわけですので、“らしい暮らし”のお宅が路地に多くなるのは必然のようにも思います。
Fact3:制度の穴を突く
「再建築不可は、果たして問題なのか?」
路地は道幅が狭く古い建物が多いため、建築基準法上、家を建替え(再建築)できない「再建築不可」といわれる土地が多いことが最大の弱点(と、一般的にいわれます)。
路地物件は、建て替えが難しいうえに「住むには狭い」「近隣に気を遣う」といったネガティブなイメージもあり、一般的には資産価値が低くなりやすく、その分価格を抑えて購入や賃借できる傾向にあります。
そして、路地物件の最大の弱点とされる「再建築不可」という規制については、昔のように何世代にもわたって家を継ぐ必要がなかったり、賃貸をよしとする考え方もあったりする現代においては「果たして問題なのか?」という疑問も生じます。
むしろ「再建築不可」のおかげで、路地物件の価値が見事にバグり、価格を抑えて購入や賃借できる状況をつくっている、と考えることもできます。建築基準法が施行されて75年間ものあいだ、“制度”が発酵した末に生みだした“旨み”、資本主義が食べ残したところを美味しく頂ける、ぐらいの発想で路地物件を見直してみると、すんごいお買い得に思えてきませんか?
ちなみに防災上の観点から、京都市は、行き止まりの道の避難経路を2方向にしたり、トンネル路地を地震に強くしたりする改修工事への補助制度を設けています。
また、路地の一敷地では「再建築不可」であっても、路地全体を一団の敷地とみなす「連担建築物設計制度」を利用(一定の条件があります)することで、再建築可となるケースもあります。
さらに京都市では、令和6年4月1日から、路地のような道路に接していない敷地においても、京都の景観や生活文化の象徴である京町家等の保全を目的に、火災や地震への対策を実施することで、大規模修繕・模様替が可能となる新たな認定基準が定められました。
総じて、一概に「再建築不可」だからといって、物件の市場価値が低い・新しい建物を諦めざるを得ないというわけではなく、制度をうまく利用すれば路地物件の価値自体を引き上げる選択肢も存在しています。
Fact4:とにかく自由
「改装OKなマンションを“横に寝かせた”と思えばいい」
ユニークな人たちが必然と路地に集まっているという事実は、長年、京都の路地カルチャーを追ってきた立場からみると、ある種のムーブメントのようにも捉えることができます。
このムーブメントのポイントは、いわゆる路地に住みたい=タイムスリップしたような町並みに住みたい、といったレトロ趣味の流れを汲むものではなく、住まい手自体の機能的なニーズに対して、あるいはその人自身の生活価値の発揮場所として、路地物件が応えていることにあると思います。
そのニーズとは何か? 類似点をざっくり整理すると
1.市内中心部へのアクセスの良さ
2.広さに対しての価格の低さ
3.改修の自由度(改装OK、土間や制約の低い間取り等)
4.路地空間の活用など生活スペースの拡張が可能
といった点が挙げられます。
一般的に、路地物件は「日当たりが悪く暗い」「音が漏れやすい」「狭い」といったネガティブなイメージがあり、これまで見過ごされてきたわけですが、住まい手側の考え方やアイデア次第では、「可能性」に変わってしまうことに、路地物件のおもしろさがあると思います。
路地物件の価値が低いと思っている売主・貸主(大家さん)も多く、それゆえに「自由に改装してOK」という賃貸物件が多いのも、自分らしさを優先する人にとってはありがたい話です。
今回取材した方の多くは、一度はマンションに住んだ経験があり、口をそろえて「マンションだとおもしろくない」「路地に住み出してから家にいる時間が長くなった」とのことでした。
“誰にとっても”住みやすいように設計されたマンションは、たしかに便利で高機能なのですが、どうしても均質化・規格化されたものになりがちで、結果的に深く愛着をもてないのかもしれません(※個人の感想です)。
少し極端な言い換えをすれば、路地もある意味では“集合住宅”の共用廊下のようなものですし、「改装OKなマンションを横に寝かせたら、路地になる」ぐらいの気持ちで路地物件にも視野を広げていただけると良いのではないかなと。スペースの取り合いになっている京都のまちで、自分の居場所となるかもしれない空間の可能性がぐんと広がるように思います。
路地物件の探し方:
「そもそも路地とは何か、を知ると路地物件に出会える説」
これから「路地物件」を探したい人に対しては、「そもそも路地とは何か?」という本質を捉えてみると、理想とする物件との距離がぐっと近づくと思います。
路地物件探しの考え その1
「街中でも諦めずに探してみる」
京都にこれほど路地が多いのは、平安京という都づくりの際に、いわゆる「碁盤の目」といわれる正方形の区画が並ぶ町割りの1辺を「120m四方」でつくってしまったことに起因します。
人が住宅に求める奥行きは、せいぜい30mほど(50m走を想像すると、そんなに長い家は不便です)。そうすると、120mの町割に対して表通りからそれぞれ30mずつ住居が建ったとしても、残り半分の60mの空間は居住区域として活用されずに、街区の中心部に空き地を生んでしまったわけです。つまり、ドーナッツの真ん中に穴があいているみたいに、街区の真ん中がぽっかりとあいてしまった。その空きスペースを有効活用するために、厠(トイレ)や井戸、畑などの共有部ができ、そこにアプローチするための道として自然発生的に生まれてきたのが京都の路地の成り立ちであるといわれています。
狙ったのかミスったのかわかりませんが、平安京が120mという規模で街区を設計したことにより、京都にこれだけ多くの路地ができることになりました。
また一般的な都市の場合、「中心部(街中)」に対して、「周縁部(郊外)」が生まれるといった関係になりますが、京都の場合は、街中に路地が無数にあるおかげで都市の中心部のなかにたくさんの「周縁部(路地)」が入れ子構造のように存在している、という不思議な都市構造を有するに至ったと考えています。
ゆえに、まちの中心部であっても安価なスペースが残っており、路地が受け皿となってオルタナティブな活動の場やユニークな生活者の拠点が街中に成立しやすくなっているわけです。
「地価が高い」という声の一方で、街中にこれほど拠点をもちやすい都市も少ないのではないでしょうか。路地のおかげで、意外に街中でも物件の選択肢がある。そうした観点で探してみるのもいいと思います。
路地物件探しの考え その2
「職人さんが住んでいる地域を狙う」
そして、もうひとつのポイントは「職人さん」の多いエリアを狙うことです。職人さんは、客商売(いわゆるBtoC)ではないことから、人の行き交う表通りにいる必要がなく、路地奥の長屋で職住一体の生活をしてこられた方が多いです。
今回、取り上げた西陣織の産地として多くの職人を抱えた「西陣」や、水が豊かなことで工業地帯として発達した「壬生」などには、まさに職人の暮らしを支えた路地が多く、定量的なデータとしても証明されています。
こうした職人さんが住んでいた建物は、細い路地奥の建物としては意外に思われるかもしれませんが、工房のような大空間や広々とした土間を有するなど、現代の住宅にはない開放感やレイアウトの自由度があります。
また、職住一体の名残で、仕事場と居住スペースを棲み分けやすい構造をもつ建物も多く、自宅に仕事場を確保したり大勢の人を招いたりする方とっては、シンプルに使いやすいと思います。とにかく大空間や土間がほしいという方は、西陣や紫野、紫竹、壬生といったエリアに絞って路地物件を探すと効率的かと思います。
裏道ならではの裏技:
「路地物件探しは、こんな探し方もできる」
僕も毎日のように物件サイトをパトロールし、魅力的な路地物件をつねに探しているんですが、一般的な不動産サイトに公開されている時点で「市場価値がある」という判定がなされているため、市場価値の低いお買い得な路地物件の価格が引き上がっているのではないか?と訝しんであんまり触手が伸びません。もちろんチェックはするのですが、もっと安く仕入れることができないかなあと思い、日々、以下のような「探し方」を実践しています。
1.路地愛を感じる不動産サイトをパトロールする
2.大手不動産サイトでは「再建築不可」で検索する
3.街歩きで探す場合は「お地蔵さん」をチェックする
4.国有地になった路地物件を一般入札する方法もある
ひとつめは王道ですが、個人的に路地物件が多いと感じるサイトをチェックしています。
・八清
・いえ家
・京都R不動産
・ルームマーケット
ふたつめは、そのまんまです。キーワード検索を駆使して、「エリア名 再建築不可」などで検索しています。
あと、あまり魅力的な写真が出てこない物件や、写真の撮り方がイマイチな物件こそチャンスだと思っています。多くの人が足を運ばないので、逆に掘り出し物に出会えるのではないかと。
みっつめは、Googleマップで路地の多いエリアを見つけて、街歩きを通じて物件を探しています。空き家になっていそうな気になる物件があった場合、まずその町内のお地蔵さんをチェックしています。基本的にお地蔵さんは町内で管理されているため、お地蔵さんのお花や供物がきちんとメンテナンスされている町内は、その町のコミュニティがしっかり機能しているケースが多いからです。
暮らす観点からも大切ですが、コミュニティがしっかりしている=町内の住人同士の情報が共有されていることも多く、路地で出会った住人の方とご挨拶できる機会があれば、相手にご無理のない範囲で、気になった物件の大家さんを紹介してもらえないかといった交渉もしやすくなると思います。
よっつめは、なんらかの理由で国有地になった物件を一般入札可能なサイトがあります。過去の物件をみると路地物件もちらほら出てきます。直近の入札記録だと、70平米の土地建物代込みで270万円で売却されていました。
一般的にあまり知られていない検索アプローチとして使えるのではないかと思っています。
まとめ:
「いつだっておもしろいヤツらは、路地の奥からやって来る」
路地の総延長に負けじと長々と書きましたが、路地物件は住まい手の思いをかたちにできる場として再評価されつつあると思います。とはいえ、路地マニアとして贔屓目にみても、やっぱり路地暮らしは勇気がいるものだと思います。これまで知らなかった、新たな暮らしの道に踏み出すわけですから。
そんな時、ちょっと背中を押してくれるのは路地の存在そのものかもしれません。京都は長く都でありつづけ、いま以上に多くの人を惹きつけた引力の強いまちだったわけですが、みんながみんな、この都にすんなり住めたわけではありませんでした。
そこで、都市の集住にひと役買ったのが路地でした。なんとかして都に住みたいけど、住めない人たちの受け皿となり、そうした人が自分たちの生活拠点を築くために開拓されてきた歴史があります。自分たちが「この場所に居たい」という思いが新たな道をつくり、その想いがそのまま残っているのが路地だともいえます。
「京都には路地ぐらいしか可能性が残ってない」なんて言葉を、某不動産屋さんから聞いたことがあります。少し極端な表現にも思えますが、個人的には見過ごされてきた都市の“余白”にこそ、新しい探究心や既成の価値観を超える力が宿るのではないかと思っています。
表通りでは満足せず、自分らしさを追求したようなユニークな住宅とその暮らし方。価値観が大きく変動している時代だからこそ、オルタナティブな暮らしの拠点として路地の価値が見つめ直されているように思います。唯一無二の、ユニークな考えをもった生活者が、そのムーブメントをいま路地の奥、京都というまちの深部から起こしているのかもしれません。