Kyoto Dig Home Projectのテーマである「価値はユーザーが選ぶ」を実践する人に焦点を当てる「暮らしのディグり方」。今回、話を聞いたのは京都市左京区・北大路で築約90年の元理髪店の建物を改修し、そこに住みながら喫茶と写真屋を営む松井貴之さんです。
松井さんは、北大路通界隈の「居心地の良さ」に強く惹かれ、「朝起きて行きつけのコーヒースタンドに行き、仕事が終われば銭湯へ、休日は鴨川へ」という理想の生活の絵が浮かんだことから職住一体の暮らしを選択したのだそう。
改修は友人とともに手を動かしながら自ら進め、解体現場から引き上げた大理石や古材を再利用。建物の記憶を受け継ぎつつ、住まいと仕事場がひとつにつながる空間をかたちにしました。運命的に出会った建物を引き受け、まちの中で暮らしと仕事を営む松井さん。その選択の背景にあった考え方を掘り下げます。
INDEX
地下鉄の駅とバスターミナル、ショッピングモールで賑わう烏丸北大路。東へ少し歩けば鴨川や静かな住宅街が広がり、都市の利便性とゆったりした暮らしがほどよく同居している下鴨エリアが広がります。
鴨川を超え北大路通りから少し南に下った角地に佇む建物が、今回ご紹介する松井貴之さんの自宅兼お店です。


中へ入るとカウンターの中から「こんにちは」と声をかけてくださった松井さん。奥に細長く広がる1階の空間は「喫茶よるべ」として営まれている喫茶スペースです。

喫茶スペースの奥の方へ進むと、右手にもう一つ小さなカウンターが現れます。ここはフィルム写真の現像を受け付ける「Photolab hibi」の窓口。たまに喫茶のスタンディング席としても利用されています。


受付の奥にある階段を上がった先は居住スペース。この建物は竣工当時は写真館として使われていたため、2階には撮影スタジオの形跡が残っています。


写真館時代の名残として、光がよく入るように天窓が設けられていたり、奥の壁際には撮影を行う際の背景紙を吊るすフックが残るなど、仕事のための工夫がそのまま設えに現れています。木枠の窓や深い飴色の床材にも、写真館として使われてきた時間がにじみ、建物が背負ってきた「職」の気配が今も空間に息づいています。
行きつけの銭湯の張り紙が導いた、物件との出会い

基本情報
・築年数:約90年
・延べ床面積:86平米
・所在地:左京区下鴨上川原町
・家賃:14万円/月
・リノベーション費用:約1000万円(設備を除く)
——まずは松井さんの営まれている「Photolab hibi」と「喫茶よるべ」というお店について教えてください。
松井さん:以前も「Photolab hibi」という屋号で岡崎のあたりで写真屋を営んでいたんですが、その頃からお店の一部をドリンクスタンドとして営業していました。今は写真屋というよりは、どちらかというと喫茶店を主としてやっていくということが大事だと思ったので、喫茶店の中に写真屋さんのブースがあるというかたちにしています。

松井さん:来られるお客さんも圧倒的に喫茶利用の方が多いですね。なので、写真屋としてはコンパクトに受付がある程度に留めたのですが、この空間はとても気に入っています。カウンターの側面に使っている腰板は、以前の建物から再利用したもの。「鴨川ねず色」と呼ばれる色で、建てられた当時はピンク色との組み合わせが流行っていたそうです。同時代の建物にもよくみられる配色で、どこか可愛らしさがあるんですよね。
——以前も理髪店であったことを考えると、地域とのつながりも感じやすい場所だったのでしょうか。
松井さん:そうですね。ご近所の方がすごくたくさん来てくれたり、歩いてすぐの「鴨川湯」からお風呂上がりの方が来てくれたりとかっていうのがほとんど。夜は24時まで営業しているので、特に週末はこのあたりで呑んだ帰りに2軒目としていらっしゃる方が多いですね。
——こちらの物件とはどのように出会ったのでしょうか?
松井さん:何年か前から、友人たちの多くが北大路通界隈にいることに気がついて。僕も北大路を西に行ったり東に行ったりする生活が続いて、このあたりがすごく居心地がいいっていうことを感じていたんですよね。めちゃくちゃいいな、と。

松井さん:いつかこのあたりに住みたいなっていう話をしていたら、ある日、行きつけのコーヒースタンドの店主から「これチェックしてる?」と送られてきたのが、近くの「鴨川湯」に貼られていた張り紙の写真でした。「理容室を引き継いでくれる方募集」と書かれていて、場所を見たらこの物件だったんです。理容室はやらないけど……と思いつつ、とりあえず問い合わせてみたら内見させてもらえることになって。


——銭湯に物件の張り紙が出ているというのが、いかにも京都らしいですね。
松井さん:しかも張り紙に「左京区のグルーヴ感がわかる人」と書いてあって、めちゃくちゃ怖いなと思ったんですが(笑)、一回行ってみるしかないなと思って、その後もやり取りをしていたんです。そうしたら何往復か目のメールで、前の借主さんが知り合いだったことが分かりました。いざ内見してみたら、元々の素材がめちゃくちゃいい建物だってことにびびっと来て、すぐここに引っ越してこようと決めました。
北大路エリアが決め手になった、職住一体の暮らし
———以前から住まいと職場を同じ場所で過ごされていたのでしょうか?
松井さん:いえ、以前は職場と住まいは結構離れていました。家が千本中立売のあたりで、職場が岡崎。日中はお店で仕事をしてる時間の方が長かったので、家は帰るだけの場所という感じでした。
———職住一体の暮らしを選んだきっかけは?
松井さん:北大路エリアの居心地が良かったからです。朝起きて、ちょっとだけ準備するじゃないですか。行きつけの「資珈琲」で一息入れて、戻ってきて開店準備をして、仕事をして、仕事が早く終わったら「鴨川湯」に飛び込んで寝るという生活。それがバチッと頭に浮かんだので、めちゃくちゃ気持ちいいなと思って。休みの日は鴨川に行けるし。求めてるもの全てがここにあると思ったんです。

——では「職」と「住」をひとつにまとめた理由は、北大路エリアの居心地が良すぎて、この場所で過ごす時間をなるべく長くしたかったということなんですね。
松井さん:そうです。北大路エリアで仕事をしながら暮らせるというのは、一番自分の人生でベストな感じがしたっていうのがあります。幸福度が高いんです。北大路エリアはゆったりしているんですよね。建物が密集してないから空も広いし。
——まだオープンしてから短期間ですが、それだけまちの人とのつながりが生まれている理由はどこにあると思いますか?
松井さん:近所のコーヒースタンドにずっと通っていたので、そこで知り合った方が多いのは大きいですね。コーヒーを飲みながら「喫茶店ができるらしいで」と話題にしてもらえたりして、開業前から自然と地域に広がっていった感じがあります。あとは、工事中も毎日、現場で作業していたので、近所の方がふらっと偵察に来られた際に、そのまま立ち話をしたりして。そういう積み重ねの中で、少しずつ関係ができていったのかなと思います。
建物は使うものではなく、預かるもの
——「毎日、現場」ということは、ご自身で改修も行われたんですか?
松井さん:電気、ガス、水道以外は全て僕と大工である友人の二人でDIYしました。半年間ぐらいずっとここで寝泊まりをしながら作っていましたね。
——その頃からすでに2階で寝て、1階で作業をするという日々を過ごしていたんですね。
松井さん:そうなんです。トイレがない時期は近くの公衆トイレをお借りして、お風呂は鴨川湯に行っていました。




——新しく加えた部材の調達はどのようにされたのでしょうか?
松井さん:他の方の参考になりづらい話ですが、大工の友人が古物も扱っていて、解体現場などから許可を得たうえで、使えそうな部材を引き上げてストックしているんです。本来は捨てられてしまうものですが、そうした素材を別の場所で使えるようにしていて、今回の改修でも使ったりしています。
——今回の建物で使われている部材はどんなものがありますか?
松井さん:思い出深いもので言うと、カウンターの足元にある大理石ですね。去年、この場所を作っている最中に、北区にあった洋館の解体現場を見に行く機会があって、そこで中廊下の腰壁に使われていたベージュ色の大理石に出会いました。それを一枚ずつ丁寧に剥がしていて、友人と二人でここまで運んできたんです。何百キロっていう重さだったので、運び終わった後、二人とも立つこともできず現場で寝落ちしましたが。(笑)

松井さん:こういった部材も、普通だったら全部ただただ壊されてしまうだけなので、できるだけ残せたらと思っています。ただ、この店のために使うというよりかは、いつでも再利用できるような納め方をしてるんですよ。いつかここがなくなるようなことがあった時にまた使えるような状態、保管しているという感覚に近いですね。
——納得いく部材との出会いには、時間をかけて待つ必要がありますよね。
松井さん:そうですね。材料が出てくるまで待つことも多いんですが、一緒にやっている友人とはセンスも合っていて、お互いに信頼しているので、結果的に半年かけてよかったなと思っています。

安くするのではなく、かける場所を選ぶ
——職住一体で住まうために、リノベーションを行う上で気をつけたことはありますか?
松井さん:まずは法的な部分をきちんとクリアすることですね。無茶はしない。どうしても古い建物なので解体すると傷んでいる部分が必ず出てくるんですが、そこはしっかり補修しました。当然、工期が延びるし、資金面でも負担になってくるんですが、僕が借りる前より借りた後の方が、建物としてはすごく健全な状態になってると思います。断熱材もしっかり入れました。やっぱり自分自身が心地よく過ごすことができなければ、当然、来ていただくお客さんも心地よくありませんよね。そういう意味では、見えない部分にコストをかけることはすごく大事だと思います。

——松井さんからみて、ユーズドハウス(中古住宅)にはどんな魅力がありますか?
松井さん:こういう話題になった時に僕はよく言うんですけど、古いものが無条件に良いものだとは思っていないんです。良いものだったから古くなれたのであって、そうでなければ残ってない。古いものを活用するのはいいことだと思うし、そういったプロジェクトに取り組んでいる知り合いも多くいますが、やっぱり建物に入ってみた時に流れている空気ってあるじゃないですか。無理に残すのではなく、それが残す価値のあるものかは見極めたいですよね。
——これから職住一体を検討されている方へアドバイスをお願いします。
松井さん:自分自身は、物件との出会い方も、部材の集め方も、ハーフセルフビルドという改修の仕方も、特殊事例だとは思ってるんです。けど、物件のことを教えてくれたコーヒースタンドの店主がいたり、銭湯に張り紙をしている変わった不動産屋さんがいたり、DIYを手伝ってくれた友人がいたりと、いろんなつながりがあって実現できたことなので。地価も資材費も上がっている中で、本当に賢く戦略的にやるか、思い切ってやりきるかのどちらかだと思っています。自分がめちゃめちゃ好きだと思えるものや場所があるなら、そこに振り切ることも一つの選択じゃないでしょうか。僕の場合は友人が特殊事例な人ばかりなんですが、お互いにいつも助け合っているんですよ。だからこそ「賢く生きる前に優しく生きよう」ということは大事にしています。助けるというと少し大袈裟ですけど、困っていたら少し手を貸す、そういう関係があるだけでずいぶん違うと思います。コーヒースタンドや銭湯、個人のつながりの中で物件や仕事が動いていく。そういう環境が、京都にはまだ残っていると思いますから。
