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分母を小さくするという選択——書店「誠光社」が実践する京都の職住一体論

Kyoto Dig Home Projectのテーマである「価値はユーザーが選ぶ」を実践する人に焦点を当てる「暮らしのディグり方」。今回ご紹介するのは、京都・御所東エリアで書店「誠光社」を営む堀部篤史さん・美奈子さんご夫婦のご自宅兼書店です。町家をリノベーションし、職住一体の暮らしを10年にわたって続けています。
利幅が低いという書店経営を成立させるため、篤史さんが選んだのは「分母を小さくする」という選択でした。限られた予算の中で、装飾するのではなく、合理性の帰結として空間を立ち上げる。そして住まいと仕事場をひとつにすることで、暮らしと商いを切り離さずに続けていく。
そのあり方は、京都のまちに残るヒューマンスケールの都市文化とも深く結びついています。誠光社という場所から、暮らしと商いが地続きである状態が、いまどのように成立しているのかを辿ります。

INDEX

京都・御所東。銭湯やお地蔵さんが、いまも通りに残るまちに、「誠光社」はあります。店主の堀部篤史さんは、長く勤めた書店が拡大していくなかで、自分と店との距離が離れていくことに違和感を覚え、その延長線上に、独立という道を選びました。

店主の堀部篤史さん。学生時代より、京都の独立系書店の先駆である「恵文社一乗寺店」にアルバイトとして勤務し、2002年から店長を務める。2015年に独立系書店「誠光社」をオープン。

篤史さん

辞めると決めてから、どうすれば自分の理想のお店に近づけられるかを考えたときに、小さくするしかないなと。本はただでさえ利幅が低いし、薄利多売ではやっていけないんです。お客さんの層を絞って、すべてひとりでやる。いろんなものの分母を小さくしていく中で、そのひとつのかたちが職住一体でした。

独立したのは2015年。拠点として選んだ町家の駐車場や小上がりスペースとして使われていた1階部分を店舗に改装し、2階を住まいに。家族三人で暮らしながら店を営んでいます。

店舗スペースは、20坪ほど。かつての小上がりを取り払うことで、脚立がなければ本棚の最上段に届かないほど、天井の高い空間になっています。中央の本棚や平置きのテーブルは可動式にすることで、トークイベントや上映会の場へと切り替えることができます。

篤史さん

以前勤めていた書店では、展示やイベント、本の販売といった機能がそれぞれ別のスペースに分かれ、その面積の分だけコストがかかってたので、ミニマルな空間でも必要なことをすべて実現するにはどうすればいいか、ということを考えました。

分母を小さくすることで成立する店のあり方

基本情報
・築年数:不詳
・延べ床面積:約81.64㎡(約24.7坪)
・所在地:上京区俵屋町
・家賃:165,000円
・リノベーション費用:約800万円程度

——篤史さんが、誠光社の2階に住まわれているって聞いて、そうだったんだと。たしかに、よく見ると町家のような造りになっていますね。

篤史さん

町家であるということにはそんなこだわりはないですね。ただ、地べたとか職住一体にはこだわりはありますけど。実家も蕎麦屋だったし、店の上で育ちました。

——誠光社となった物件は、どうやって見つけたんですか?

篤史さん

紹介です。独立する前から物件を探していることを周りの人に話していて、いい物件の情報があったらいいなと思っていたんです。この近くの「かもがわカフェ」でそういう話をしていたら、隣に座っていた方が「今度、ここの大家さんが物件を出すらしいよ」と教えてくれて。もともとは左京区の方が土地勘があったのですが、ここだと歩いて行ける距離に知り合いの店があったりと、自分のコミュニティがある場所でもあったので、理想的な場所でした。

——カフェが単にコーヒーを飲みにいく場ではなく、物件との出会いの場になったというのが京都っぽいですね。

篤史さん

今、多くの人は検索で物件を探すけれども、仲介料や手数料をそのサービスや企業に支払う必要があるじゃないですか。不動産業を否定するわけじゃないけども、企業が介入すると付加価値をつけられたり、マージンが掛かりますからね。要するに、商品化するわけです。

——必要以上に、リノベーションされた建物だと、当然、それを回収するために賃料も高くなりますもんね。

篤史さん

昔みたいに緩く放置されてるとか、大家さんから直接聞くとか、口コミみたいなものがどんどんなくなっていってるんだと思うけど、京都というまちには、それでもまだ戦後のサバービア(郊外)という考え方*が生まれる前の都市のあり方が残ってるんじゃないかな。

*「サバービア」とは、郊外の住宅地や、郊外に住む人々、郊外での暮らし方や住環境などを表す言葉。主に米国を中心に、郊外の大きな庭付き一戸建て住宅などが「理想的な住環境」として憧れの対象となった。

——住む場所と働く場所が離れると、車や電車にお金が掛かったり、そのあいだにいろんなものが介在してきます。

篤史さん

コミュニティと生活と仕事がバラバラになっていって、その方が合理的だったんですよ。交通の便が発達したり、都市開発が行われるようなこと自体がそれにあたりますが、京都は都市構造を変えられないので、ある種いい意味で遅れてるんでしょうね。まちの中心部は、車を前提として作られたスケールじゃないですし、ヒューマンスケールのままでしょ。だからこそ市場原理が介入しづらく、まだ独自のつながりやコミュニティを保っているし、その物理的なあらわれの一つが職住一体とか、地べたに住むってことかもしれないですね。

——職住一体という様式がもたらしている、京都のまちへの文化的な貢献って計り知れないものがありそうですね。

篤史さん

やっぱり書店というのがあまりにも利幅が低い商売なので、独立するときに何か合理化しなければいけないと考えた時に、商売的にも大手取次が入る流通の仕組みを組み立て直してみたり、住まいと店をひとつの場所にしたりということを考えました。もちろん税務上は1階と2階で分割していますが、住まいと店がひとつになることで手元に残るものが大きいし、通勤費もいらない。逆に言えば、そういうふうにしなければ書店のような文化的な商売はなかなか成立しないということもあるんです。

———美奈子さんは、職住一体にすると聞いた時どのように感じましたか?

美奈子さん

合理的だなとは思いました。雇われで働いてた時とは違って自分たちでやるとなった時に「分母を小さくする」という話をされて。私、それはすごく納得だなと思って。

合理性のなかに、手が入る余白がある空間

——リノベーションはどのように進められましたか?

篤史さん

安田勝美さんという設計士の方に依頼しました。一乗寺の「猫町」や河原町今出川の「李朝喫茶 李青」など飲食店を多く手がけられている方です。僕が長く通っている「屯風」という居酒屋の常連でもあって、前職の頃から知っていたので、独立のタイミングで設計をお願いしました。

———どのようなオーダーをされたんですか?

篤史さん

ほとんどの部分は施工を進めながら決めていきましたね。というのも、注文住宅のように自由にカスタマイズができるような資金的余裕がなかったから。「こんだけの予算しかないんですが、どうすればいいですか」と相談するところから始まりました。安田さんはものすごい特殊な仕事の仕方をされる方で、大工さんの倉庫にストックされていた廃材を使ったり、解体される住宅からドアをもらってきたりして。

———お店を始めるときって、必要以上にお金をかけちゃいそうですが、予算のなかで成立することを大事にされたんですね。特にポイントになったところはありますか?

篤史さん

壁ですかね。構造合板をそのまま剥き出しにしているんですが、これはデザインとかではなく、単純に化粧をしないぶん安かったからです。

篤史さん

西海岸にサードウェーブのムーブメントが出てきた時に、スケルトンみたいな建物に焙煎機を置いたような様式が流行りましたよね。あれはデザインとかではなく、合理的な理由だけで建材コストを落として、自分のところで焙煎してコーヒーを売れば利幅も高くなるっていう話なんですよね。けど、そういうものをデザインとして建築家に頼んでお金かけてつくるみたいな逆転現象が日本にやってくる時に起こるんですよね。高額な焙煎機が飾りになっていく。うちは、コーヒー屋ではないけども、経済上の理由でこれ(構造合板)をやってるから。合理性の結果、こうなっただけなんですよ。

——結果的に、それが空間の魅力にもなっているということですよね。

篤史さん

海外のお客さんが来て、クールだとかいい店だって言ってくれます。うちは本屋なので、書籍や置いてるもの自体が店の雰囲気を作っている感じがすごくある。だから壁が合板そのままでも気にならないんでしょうね。あくまで、本が主役である店なので。

——壁以外はどうでしょうか?

篤史さん

あとは床かな。砂利流し(洗い出し)なので、比較的安価ですよ。そのせいで、1階は冬の間は寒いけど、2階の居住スペースには影響ないですね。まあ、どこかのタイミングで板張りにしたいなあと思っていますが。

———2階の居住スペースのリノベーションは、どのくらい行ったのでしょうか?

篤史さん

2階も全面的にリノベーションしました。とくに2階は水回りの設備がなかったので、お風呂、洗面、トイレ、キッチンを付け足してもらった感じです。洗面台は元あったものを自分たちで洗い、そのまま使っています。

——よく見ると、町家のもともとの構造や痕跡を残されているんですね。

篤史さん

そうですね。天井や天袋、表のガレージの名残は残して。ただ、耐震補強とかはきっちり入れていて、壁際の本棚の間のせり出しているところが耐震壁になっています。本当は壁一面にずらっと本が並ぶような本棚にしたかったけど、耐震については大家さんからの希望もあったのでしっかり入れることにしました。

かつての民家として使われていた頃に「おくどさん」だったスペース。高い天井の吹き抜け部分(火袋)をそのままに残しています。

——ユーズドハウス(中古住宅)の改修を振り返って、印象に残っていることはありますか?

篤史さん

やっぱり、ちょっとでも自分らが関わったことですかね。建売住宅はもちろん、注文住宅でも一緒に手伝ってなんかやるみたいな、そういう余地って、今あんまりないでしょう。自分も大したことやってないですけど、材料探しに行ったりとか、床塗ったりとかね。自分の住む場所に、自分の手が入ることで、それこそ“商品”じゃなくなるし、家や空間自体に思い入れが湧きますよ。

市場原理が介入しにくい、小さな経済圏

———美奈子さんは実際に職住一体の暮らしをしてみて、いかがですか?ご家族で住まわれていると、生活音が店舗空間に聞こえたりするものでしょうか……?

美奈子さん

意外と2階の生活音が1階に響くこともないんですよ。特に防音対策はしていないんですが、元々の建物の造りのおかげか、1階の天井が高いからかはわかりませんが、テレビの音やアコースティックギターを弾いている音も下に聞こえることはないですね。

———それは意外です。子育ての面ではいかがでしょうか?

美奈子さん

ここに暮らし始めて10年が経ちますが、子どもが生まれてからも意外と問題なく生活できていますね。2階の住居空間も店舗空間と同じサイズ感なので、決して広くはありませんが、この狭さが子育てをするにはすごく楽だったんです。すぐ目の見えるところにいるし、トイレとかもおまるを用意せずそのままトイレに連れて行けましたし。必要最小限で生活できるのは、狭さの良さだと思ってます。

———将来的にお引越しをされることは考えていますか?

篤史さん

子どもが大きくなってくると、どうしても狭くなるので別の住居を考えることもあります。

美奈子さん

でも、今のところ娘としては愛着があるのか、ここが気に入ってるみたいで「絶対に引っ越したくない!」と言っています。(笑)

——書籍やレコードは在庫の置き場所が必要なイメージがありますが、そのあたりはどうされていますか?

篤史さん

住居スペースにも少し置いていますが、近くにマンションの一室を借りていて、僕の両親に住んでもらいつつ、在庫を置かせてもらっています。本当に近所なので行き来もしやすいですし、子どもが小さい時には面倒を見てもらったりもしていました。半分働いてるけど、半分家庭内にいるみたいな状態なわけですよ。

———家の1階が本屋で、いつも両親がいるという環境は特別なものでしょうね。

篤史さん

私たちとしても安心感はあります。お店に立っていると子どもが帰ってくるのを迎えられますし、友だちを連れてきて遊んでいるのを横目で見ながら仕事ができるので。ビジネスとか経営者の顔だけじゃなくて、ここに一日10時間いられるわけですよね。僕の友達も入ってくるし、近所の人とか町内会の方もここにやって来るわけだし、親のいろんな側面を見ていると思います。

———美奈子さんは現在町内会長を務められているそうですね。

美奈子さん

はい。大変なこともありますが、近所にどんな人が住んでいるかを知れたのはすごく安心できることでしたし、町内会に入りたくないという人もいますが、一度入ってしまえば嫌なことはないと思います。町内会長も毎年のことじゃないですしね。

篤史さん

妻が町内会長をやってくれているおかげか、町内会からもおじいちゃんがきてくれたりするんですよ。最近の流行りで言うと「住み開き」みたいなものもありますよね。この辺りに住んでいる人たちとは年が近くて子どもも同じくらいの世代なのでコミュニティ化していると思います。お盆の翌週にお祭りをやって、飲食店のお隣さんのお店の前に椅子を出して近くにある桜湯のおばあちゃんと喋ったり、営業中にトイレを借りにきたりする方もいたり。ふだん、交わることのないレイヤーの人とも自然に関係が生まれていくんです。

町内で行われるお祭りの様子。(堀部美奈子さんご提供)

———職場が遠いとそういうわけにはいかないですし、経営者や社員としての顔でしかいられなくなると。

篤史さん

今はあらゆる場面で消費者として生きることを求められますが、職住が一緒だと市場原理が介入しにくいと思います。市場というのは、色々なものが離れることで介在する。それこそ職場と住居が離れていると、子どもをベビーシッターに見てもらわなければならないとかね。働いてる時間が、“生活してない時間”になってしまうんです。その時間を切り売りして、余暇に充てる。 余暇のために、その時間を切り売りするようになる。本来、生活者であるはずの自分自身が市場原理に組み込まれるっていうのは、そういうことなんだと思います。

———篤史さんが地べたや職住一体にこだわるのは、そういうことなんですね。

篤史さん

物理的に、住まいや町内会という意味でのコミュニティ以外に、土地を介さないコミュニティみたいなものもあると思っています。僕は普段、個人的な付き合いの中から企画をつくることが多くて、例えばカルチャーを介して知り合った面白いことを考えている友達と仕事をしたい、となった場合に直接その人にお金を払うことになるんですよね。 この間に、コーディネーターやマネジメント会社とか、システムが入ると、発注代行の手数料等のマージンを取られるわけですよ。そうではなく、自分の手の届く範囲の人に直接お金を払うことができるように、いろんなものを小さくする。コミュニティというのは、住んでいるところは違えど、小さな経済圏をつくるようなものだと思っています。地べたに住むというのは、そうした経済圏と直接つながるための方法なんだと思います。

篤史さんが恵文社一乗寺店店長としての自らの店作りや、京都で個人店を営む店主を訪ねて小さな店とまちとの関係性について綴った「街を変える小さな店」(京阪神エルマガジン社/刊)

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企画編集:光川貴浩・窪田令亜(合同会社バンクトゥ)

撮影(特記なきもの):川嶋克

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