メンバーが考える、これからの「Kyoto Dig Home Project」が進むべき方向《後半・キーワードプレゼン編》

空き家の利活用を促進するため、京都市と民間事業者協働のもと令和4年度にスタートした「Kyoto Dig Home Project」。 スタートして1年半が経った今、プロジェクトメンバーによる座談会を実施しました。今回は座談会の様子をお届けする記事の後編です。

《前半・クロストーク編》ではプロジェクトのこれまでを振り返りながら、そのなかで見えてきた「今、Kyoto Dig Home Project が進むべき方向」について議論しました。プロジェクトを通じ、京都ではすでにたくさんのプレイヤーが各地で先進的な取組を進めていることを実感したプロジェクトメンバー。これを踏まえ、プロジェクトが果たすべき役割は、ハブやポータルのような役割、つまりそれぞれのプレイヤーがより活動しやすくなるよう環境を整えたり、時にはプレイヤー同士を繋げたりすることなのではないかという方針が見えてきました。

そのためには、制度の整備等に加え、空き家に住むこと、空き家を使うことの価値がより広く深く浸透していくことも不可欠です。空き家の利活用が「最先端の取組」から「当たり前の選択肢」へと変化していくことを目指し、多様な暮らしの価値観を繰り返し発信し続けることの重要性をあらためて確認しました。

ここからの《後編》では、今後の空き家利活用に向けて注視したいポイントや方向性について、メンバーそれぞれが重要と考えるキーワードを発表。一人ひとりがキーワードに込めた想いを語り、メンバー間で意見交換を行いました。

INDEX

「正論が必ずしも正解ではない」(望月)

京都市 望月。「気づきは、人や知識との出会いの中で生まれる」というのが信条。現地相談の立会いは「きっと、天職」と思っている

望月

わたしは「空き家活用・流通支援専門家派遣制度」という空き家の現地相談を担当しています。現地相談に立ち会う上で大切にしている考え方が「正論が必ずしも正解ではない」ということです。空き家について「もう売った方がよろしおすえ」と言うのは簡単ですけど、思い出があるから手放したくないとか、荷物を片付けられないという方もおられるんですね。そこで「こうするべきです」と正論を振りかざしてしまうと相手は心を閉ざしてしまう。

望月

私の思う正論と最適解の違いについてですが、たとえば美味しいものがひとつあってそれをどう分けるかと考えるとき、きっちり2分の1にするのは数学的な正解ではあるけれど「相手においしいものをたくさん食べてほしいから大きい方をあげる」というのもまた別の正解ですよね。正解はひとつではない。

「その人にとっての正解は何かを考えるのが重要なんです」(望月)

望月

中古住宅についても同じだと思うんです。「古い建物は壊すべき」というのは耐震性や経済的価値の観点では正論だとしても、壊せない理由や壊したくない理由、活用したい気持ちといった、それぞれの「割り切れない部分」を無視したくないと思っています。だから現地相談では「その人が、いちばん重きを置いていることは何なのか」を汲み取れるようにヒアリングをしています。そうすると話しているうちにだんだん「自分はここにひっかかっていたのか」って、相談者の方が自らで気づかれるんです。

光川

たしかに、どうしても正論と最適解を混ぜてしまう瞬間がありますね。

望月

自分の中では正義であることを「相手に教えてあげないと!」と思ってしまうんですが、それを押し付けるのは絶対によくないやり方ですよね。1時間の相談のあいだ、常に「この人は何がしたいんだろう」とか「何をうまく表現できていないんだろう」ということを考えながら聞き取るようにしています。何がネックになって空き家となっているのか……。解決するために必要な情報が得られていないのなら、情報があるところへ案内する。空き家の現地相談を申し込んでくれたことがひとつの分岐点になって、良い方向に進めばと思っています。「解決に向かう方法がいくつかありますよ」という道(選択肢)を専門家に示してもらい、相談者の方と一緒に考えるのが現地相談での立会者(行政)の役割です。

望月

もしそれらの道のたどりつく先が同じだとしても、解決に至るプロセスは一人ひとり違っていて、その人にあったプロセスを大事にしてあげたい。「誰かに言われたから」で動いているうちはなかなか進みませんが、納得して腑に落ちた瞬間、動き出すスピードが早くなるんです。そういうケースをこれまで目の当たりにしてきて、最適解は人の数だけあると痛感しています。だからこそ、継続をやめてはいけない。前半でも、継続し、繰り返し伝えることの大切さが話題に上りましたが、現地相談を担当するなかで、時間をかけてでも動き続けることで、事態は動くのだと強く思います。

「柔軟で信頼ある しかけ&しくみ」(戸倉)

京都市 戸倉。保育園児の母。市内で物件探しをしているファミリーが周囲に多い。「高くて市内は無理」と諦めモードのママ友に、中古住宅活用の選択肢をすすめる日々

戸倉

行政の取組としては、特にしかけとしくみが大事だと考えています。「しかけ」は動的なはたらきかけ、「しくみ」は計画や制度の部分を指します。行政が得意とするのは「しくみ」の部分ですが、ただつくっただけで使わなければ意味がありません。そもそも使える土壌がないといけない。土壌づくりをするうえで機運を高めるための「しかけ」のひとつが、今回のウェブサイトや先日のサミットだととらえています。「しかけ」で機運をつくる、盛り上げる、その盛り上がった機運の着地点として「しくみ」をつくる。そして新しい「しくみ」ができた先に、またそのしくみをさらに広げていくための「しかけ」も必要になってくると。このサイクルが上手く回るためには、サイクルのつくり手になる人、使い手である人、また「しくみ」と「しかけ」への信頼がベースにないと、うまく機能しません。社会の仕組みや制度への信頼は住まいも含めくらしの基本ですから。

「人も信頼があってこそ動いていく。そこさえ突破できれば物事は進んでいくと思います」(戸倉)

戸倉

さきほど現地相談に関する文脈で「正論が必ずしも正解ではない」という話が出ましたが、「しくみ」と「しかけ」においても、同様に時代の流れや市民のニーズを踏まえて変えていくべきだと思っています。「柔軟で」と書いたのは、市民の声を十分汲み取った上で両者を考えていくべきだという意味での提言です。

光川

シンプルですけど大切なことですね。

榊原

たしかに信頼と柔軟が両立しづらくなっている社会という感じがしていて、モヤっとすることが多いです。たとえば改修方法を柔軟に提案しようとすると「違法を許すのか」みたいな声が飛んでくる。ルールももちろん大事だけど、そこに固執してまちや暮らしがいったい誰のためのものなのかという根本の部分がおざなりになってしまうのは率直に言って不健全だと思います。だからすごく大事なメッセージだと感じました。

田村

建築関連は特にですが、行政で柔軟と信頼を両立させることはすごく難しいんです。個人の主観でいえば、内心では「ええやん」と言いたい場合でも、特に安心安全にかかわる部分は法規に照らして厳正に判断する必要がある。今は法律の許可制度を積極運用するなどしてOKにしている部分もあって、それができるということはいい方向に向かっているとは思うんです。そういう意味では柔軟と信頼のどちらが欠けてもいけない。まさに僕らが目指していこうとするものだと思います。

「行政こそ本音で語る」(白木)

京都市 白木。空き家の適正管理担当を経て本プロジェクトに加わった。全国の取組や空き家利活用の可能性を知り、自身の考え方・固定観念が変わったひとり。

白木

この座談会もそうですが、行政こそ本音で語るべきだと感じています。わたし自身「行政=地域のポジティブ面を見せなければ」と思い込んでいたのですが、先日のサミットに登壇された長野県庁の“スーパー公務員”こと松本さんのお話でハッとしたんですよね。特に長野県の移住メディア「SuuHaa」の「地元は好き、でも戻れない」という記事がとても印象的で。

長野県と信濃毎日新聞社、地元の編集プロダクション「Huuuu」の3社によって立ち上げられた長野県の移住メディア「SuuHaa」。「地元は好き、でも戻れない」と題して上京した女性が長野に「帰らない」理由を取り上げるなど、メディアの方針として「本音」を届けることを意識しているという

白木

これを見て、わたし自身も皆さんも、知りたいことは本音だったんだと気づきました。公務員という堅い立場から、あえて本音で語ることで皆さんに伝わるのかなと。だから「Kyoto Dig Home Project」のサイトで公開している「妄想○○住宅」の記事はすごく良いと思っています。

建築士や不動産事業者などの専門家に中古住宅のリノベーションや暮らし方を勝手に妄想してもらう「妄想○○住宅

白木

中古住宅の間取り図を載せた上で「住みやすそうな要素が見当たらない」って言ってしまっているのがリアルだなと。そのうえで「でも、こうするとこんな良い使い方ができるんだよ」と伝えることで、発信内容を共感とともに受け取ることができると感じました。先日、実際にインターンの学生たちに向けたワークショップで中古住宅の図面を見せて「ここって住みたい?」って聞いてみたんです。ほとんどが「ないわあ」っていう正直な声でした(笑)。だから「だよね」って一旦共感したうえで、「でもこんなふうにできるんだよ」と実例や工夫方法を紹介したりして。そんなふうにわたしたちが本音を汲み取らないといけないなと。

榊原

そもそもなぜ本音とは違う建前を言わざるを得ないのかというと、それがないと信頼を得られないと思っているからなのかなと。良く見せないと信頼が得られないというある種の固定観念が行政にある。でも実際は、本音を言ったら信頼が崩れるわけじゃなくて、新しい関係性が現れてくるんだと、そういう意見を言っていく必要があるとも思います。

田村

行政って特殊なんですよね。一般的な企業だと、建設なら建設、車なら車、という感じで事業をしているんですけど、行政はありとあらゆる事業が1つの組織に集まっているから、ある分野とある分野で目指すところが逆になることもある。双方に配慮を重ねた結果、行政の言語はどんどんわかりにくくなる。本音を交えていこうとはしているんですが、聞いている側は建前にしか聞こえないという……。その部分をどこまで割り切っていけるかがすごく試されていると思います。

座談会では、「Kyoto Dig Home Project」における具体的な『本音企画』のアイデアも。「京都から出た人の話も取り上げたいくらい」(白木)

「価値はユーザーが選ぶ」(榊原)

都市・建築リサーチの専門家として、さまざまなまちや地域に関わってきた榊原。京都空家会議の翌日に子が生まれた

榊原

僕はこのプロジェクトのキャッチコピーでもある「価値はユーザーが選ぶ」の発信が大切だと思っています。重要なのは、ここでの「価値」は、個人個人の中に存在する絶対的なものだということ。不動産はほしいと思う人が多くいると値段が上がる仕組みになっていて、これは数値で測ることができる相対的な「価値」ですよね。でも、人の数だけ価値観やライフスタイルがあるわけですから、物件の「価値」も本当は人によってさまざまなはず。しかしどういうわけか「みんなが欲しい物件=自分が欲しい物件」と思い込みやすくなっているように感じます。

榊原

だからこそ我々も注意しないといけないのですが、「このライフスタイルが良い」「こんな暮らし方をするべき」と言いたくなってしまうのをグッとこらえて、「自分ならではの価値を物件に見出している」ということに焦点を当てた発信をしていきたい。特定の価値を名指しして推すのではなく、「価値はユーザーが選ぶ」という指針とそれを実践していくための多様な選択肢を見せていくべきだと思います。

望月

確かに相対的な価値と絶対的な価値って切り分けが難しい面があると思います。よく「不動産は同じものがない」と言われますよね。同じように見えても住まい手の使い方によって良い点は変わるし、一物四価とか五価と言われるように評価の仕方も、目的によっていろいろ。「町家」など、元々は一部の人が絶対的な価値を感じていたものが、ブランド化して相対的にも価値が向上した例もあります。榊原さんの「価値を名指ししてはいけない」という言葉が心にスッと入ってきたんですけど、「このリノベーションが一番かっこいいですよね」って言っちゃうと、結局それは「駅から徒歩△分です」と言っているのと同じことになってしまうなと。「こんな素敵な住み方をしている人がいっぱいいますよ、あなたも自分らしい使い方を考えてね」という方向にもっていかないといけないと、今の一言であらためて思いました。

榊原

多くの人は自分が暮らすところを探すときに大手の物件サイトを使うじゃないですか。僕も含めて、その時点でもう相対的な価値を内面化しているように思うんです。他の選び方が存在しているんじゃないかと気づくところから入っていけたらいいな。そういった絶対的な価値の部分にちゃんと注目していきたい。

光川

ある程度の市場価値があるから物件サイトに載っているんだということを認識しているかどうか。

戸倉

めちゃくちゃ大事な視点だと思います。市役所のなかでも、“Dig Home”の言葉が出始めたときに、「どれがDig Homeに当てはまる物件なの?」って。特定の物件だけが該当するような受け止め方をされたんですね。家にどんな価値をつけるのか、その価値とは何かと問われがちなんですけど、もう少し広い範囲で「何が価値かを決めるのはあなた自身なんですよ」ということを見せていくことが大事だと思います。

「みんなで空き家発見を楽しむ!(空家発見APP 市民参加型)」(松倉)

「Kyoto Dig Home Project」のクリエイティブ及びブランディングを担当する松倉。現在、空き家の利活用について遊びながら学べるカードゲームを開発中

松倉

僕は具体的なアイデアを考えてみました。いったん実現可能性は無視して(笑)。フリップに書いたのは「空家発見APP(アプリ)」。空き家を見つけたらアプリのマップにピンを打って発信できるようなサービスの提供はどうかなと。まだ発見されていない空き家を、みんなで楽しんでDigって発信していく。チーム内だけではなくて、市民を巻き込みながらそれができたら理想だなと。

望月

京都市がやっている「みっけ隊」(*)と同じ発想ですね。

(*)道路や公園等の破損箇所の写真を投稿するアプリ

松倉

京都は「歩くまち」なので、歩いているだけでたくさん投稿できると思います。

光川

「みっけ隊」と同様に、本当に壊れかけの危険な空き家を通報してもらうことで、改善につながればいいですよね。

渡邊

その情報を見た人の中から、「ここを使いたい」という人が出てきたら、物件活用にもつながりますよね。

松倉

これは現実的には無理なアイデアだとは思いますが、空き家の持ち主を特定した人に懸賞金を出す制度もちょっと頭をよぎりましたね。「どうしても欲しい」と思う物件があっても、不動産業者では持ち主の特定までできないことが多いと思うので。それで空き家の流通量が増やせたら良いなと思います。

「ゲームのように楽しんで取り組めるものがあるといいんじゃないかな」(松倉)

望月

おもしろいですね。わたしは「謎解き」が好きなので、空き家と謎解きを絡めた企画ができればいいな。

榊原

みんなで楽しむっていうのはいいですね。それがコミュニティみたいな感じになって、「自分はこういうふうに改修した」とか「自分はこうやってオーナーさんとコミュニケーションをとった」とか情報をシェアし合う。またサミット形式のイベントをやるとなれば、ゲストに来てもらって話を聞くだけでなくて、参加者を募ってみんなでおしゃべりをするサロンみたいな感じにしてもいいかもしれない。

松倉

あとは雑誌『BRUTUS』の人気特集「居住空間学」とのコラボなんかもいつかできると良いなあと思っています。京都における空き家利活用の実践例を紹介してもらえたら一気に若い世代を中心に反応してもらえるんじゃないかと。

「京都は“Digれば”恩恵を得られるまち」(光川)

プロジェクトの情報発信を担当する光川は、地図に載らない道も歩き尽くす「路地マニア」

光川

「Dig」を掲げるプロジェクトですが、そもそも「Dig」とは「掘り下げるからこそ恩恵が得られる」という考え方が基盤にある行為ですよね。実践するには、かなり能動性が求められる。先ほどの榊原さんの話にも出ていましたが、「物件探し」というとカタログ状に並べられたなかから選ぶという根強いイメージがあるように感じます。実際、今回のウェブサイトを見た友だちから「京都に引っ越したい」って言ってもらえたんですが、「でも物件は載ってなかったよね」って。能動的に「Digる」ための方法、その能動的な姿勢の大切さを伝えない限りシフトチェンジは起こらないだろうと。

「魚そのものではなく、魚の釣り方を教える」ようなコンテンツが必要なんだと思います」(光川)

光川

ただ、能動的に「Digる」ことができるかどうかは人によって環境も情報量も違うから、実践までの距離がある人の存在も織り込んだ上でプロモーションをしないと、結局限られた層にしか波及していかない。いろいろなイノベーターから熱量をもらって、ちょっとずつ情報を届けていくことによって、まずは機運を盛り上げることが今回求められているんだと思っています。

光川

どんなコンテンツに力を入れればそういった能動的な人を増やせるのかと考えたときに、「懐事情」と「路地」がキーだなと。まずは「懐事情」が出てきた背景として、どんなに小さな改修でもお金が動くし、お金の徹底的なリアルを突き詰めていくということは、いろんなコンテンツでトライしていく必要があるし、重要なことだと思っています。もうひとつの「路地」に関しては、路地マニアとしての自負もあるんですけど、取材先として空き家を訪れると、やっぱり路地にあるんです。こんなところにも路地があるんだって改めて路地巡りを楽しんでいます。

「サミットでも八清さんやめいさんが『路地にしか、京都の新たな可能性は残っていないんじゃないか』と言っていましたよね。それくらい、路地は大きな資源なんです」(光川)

光川

平安期から続く町割の歴史がある京都では、道こそアイデンティティだと思います。道は都市の骨格として永く残る。そんな道に影響を受けて建物が立っていくと考えると、路地物件の開拓は重要なテーマです。その楽しみ方を伝えることで住宅の発見も進むんじゃないでしょうか。

田村

おっしゃるように路地にはまだまだ可能性があると思います。特別なエリアを除けば、路地は京都らしさが残る場所なんですよね。基本的には自由に入っていけるし、路地ごとに道幅も角度も向きも違う。

光川

サミットで、西村組一級建築士事務所の西村さんが「今後、空き家が増えたら建物自体は価値をもたなくなる。だから建物の周辺にある共有地に価値づけをしないと建物の価値は上がらない」と話されていましたが、路地って共有地として使える可能性がすごくあるし、そこに価値があると考えると、デザイン的なトライが積極的に行われるべきじゃないかと思います。

「固定観念をこわす」(水谷)

京都市 水谷。本プロジェクトを通じて空き家活用に関する新鮮な視点や多様な価値観に触れるたびに、空き家活用の面白さ、可能性に気付かされている

水谷

先ほど「シフトチェンジ」というワードも出ましたが、新しいことをしようと思ったとき、固定観念は必ず障壁になる。それは暮らし方に関してもそうで、サミットでは、そこの固定観念を振り払うお話がたくさん聞けたと感じています。西村組一級建築士事務所の西村さんが「リビングもダイニングも、人によっては必須じゃない」という趣旨のことをおっしゃっていたり、株式会社八清の西村さんが「ひとり2軒所有しても良い」と提案していたり、話題に上った「SuuHaa」の記事「地元は好き、でも戻れない」も今までの行政では考えられなかった切り口です。サミットは、わたし自身も家に関して固定観念をつくり上げてしまっていると気付かされた場でもありました。そこに風穴をあけていく取組をすることで、次のステップに進めるのかなと思っています。

榊原

すごく共感しますね。我々は思っている以上に先入観や固定観念をもっている。固定観念に縛られていても、それで幸せに暮らしているのならいいと思うけど、なんかちょっと窮屈だなとか、もやっとした気持ちをもっている人に対してサポートしていくことが、空き家の利活用につながると思います。

望月

窮屈だと感じる人がいるのなら、そこから出るための選択肢を提示してあげたいですよね。

光川

サミットで株式会社八清の西村さんが「(西村組一級建築士事務所の)西村さんのような人と、物件を探している人が出会えるイベントを行政が企画してはどうですか」とおっしゃっていたと思うんですけど、そういったものを若い世代に向けて行えれば、固定観念を崩す機会になるのかなと思います。

「まずは知る」(池垣)

京都市 池垣。川嶋さんらカメラマンが撮影くださったプロジェクトの写真に感動。写真を見返すと視察や座談会当時の情景が思い浮かぶ(このプロジェクトがいつまでも色あせませんように……)

池垣

京都で家を探している人に「まずは知ってほしい」という思いを込めました。何を知ってもらうかというのは、中古住宅や空き家を活用した住まい方の魅力とか好きなエリアに住めるとか、手が届く価格だとか。「固定観念を壊す」という点にも通じますが、そういった中古住宅に住まう利点を知らない人がとても多いんだと思います。

「僕自身、このプロジェクトをやっていくなかで知ったことがたくさんあって。それは仕事という枠を越えて自分自身の人生に役立つ話でもありました。他の人にも広く届けていくためにも、情報発信に力を入れたい」(池垣)

光川

僕も今回のプロジェクトに関わらなければ知らなかったことが多くありました。たとえば中古住宅がこんなに買われていなかったのかとか、京都の空き家率ってこんなに高かったのかとか。情報になかなかアクセスできない状況を変えないといけないですね。

望月

人によって知っている情報量が全然違いますよね。

戸倉

特に不動産に関する情報格差はすごくあると思います。だからこそ、そこをビジネスとされているところもありますけれど、その格差を埋めてあげるのが我々行政の役割なんだと思いますね。

光川

人によってリテラシーがバラバラすぎるので発信の仕方が難しい面もあります。「伝える情報」を「伝わる情報」にするために、どこまで書けばいいのか迷いながらやっています。

池垣

だからこそ空き家に特化したウェブサイト「Kyoto Dig Home Project」は貴重だし、多分全国でも他にないようなサイトになったのかなと。皆さんと一緒につくれたことが財産になっていると思います。

「大事なのは、きっかけ」(田村)

京都市 田村。新築住まい。本プロジェクトに参加して、意外と制約があった新築よりも、気の合う建築士を見つけて中古で好きなだけ手を入れたほうが理想に近づいたかも……と思い始めた

田村

今日皆さんが話したことに共感しすぎて、僕からはもう話すことがないくらいなのですが(笑)、やっぱり「きっかけ」は大切だなと。実は最初「価値はユーザーが選ぶ」と聞いた瞬間は「難しいことを言うなあ」と思ったんです。なぜかと言うと、家って最先端技術の集まりで莫大なお金がかかる、いわば専門性の塊みたいなものだから。しかも空き家は昔に建てられて資料も十分にない。そのなかから自分で価値を選び出すというのはものすごいハードルが高いと思ったんです。ただ、「価値はユーザーが選ぶ」という言葉にはすごく惹かれて、いいなと思いました。でもどうやったらそんなことを実行できるのか。建築をやっている人間が見ても家づくりに必要な情報量の多さに苦労するのに、一般の人がユーザーとして選ぶ際にどうやったらその価値を自分なりに信じることができるんだろなと。

「情報が複雑で専門的な知識がないと理解が難しい分野において、僕たちはどうすれば『価値はユーザーが選ぶ』のお手伝いができるのかと悩みました」(田村)

田村

おっしゃったように、「こういうものがいいんです」という押し付けの話じゃなくて、本当に欲しいと思う気持ちへの手助けとなるような情報を少しずつでも、読みやすい記事などを通して伝えたり、イベントで伝えるお手伝いができたら意味があると思っていて、来年度そういうところも意識しながら何か考えていけたらいいなと。そういう意味で、今は「伝えられることを伝えていこう」という姿勢をもってできていると思っています。

榊原

そもそも住まい手がどういう状況に置かれているのかをちゃんと認識しないといけなくて、理念ばかりになるとよくないですよね。固定観念のように気づかないうちに当たり前になってしまっていることが世の中にはたくさんあるので、それを認識しながら、どうすればより良い暮らしのお手伝いができるかを考えていきたいですね。

「諦めず 楽しく 誠実に 継続すること!」(渡邊)

京都市 渡邊。いろんな現場やイベントに出没。壁塗りや床貼りなどの技術をちょっとずつ習得し、自分でも家を直しながら住みたいと目論んでいる

渡邊

最初が大事とは言いますが、こういった取組の名前だけが広がって終わることってきっと珍しいことではなくて。このプロジェクトを知った人が「なんか新しそう」と表層だけ触れて終わりにならないよう、注目が集まっているこのタイミングでしっかり中身を伝えていくことが大切だと思っています。

「みんなに『楽しそう」『新しそう』と思ってもらえたらいいけれど、それだけで終わらせたくない」(渡邊)

渡邊

そのうえで、当たり前かもしれませんが、共感してもらえる人をじわじわと増やしていくには継続していくことがやっぱり大事なんじゃないかと。だからまずは「諦めず」やりたい。「楽しく」と書いたのは、自分たちも凝り固まらずに、いろんなアイデアを出して楽しみながらやるという姿勢を忘れたくないなという思いからです。「誠実に」というのは、白木さんがあげていた「本音」に近いかもしれないですけど、行政としての立場から「良く見せたい」という意識や建前にしばられるのではなく、取組に誠実に向き合いながらやっていったら、その雰囲気って必ず周辺に伝わると思うんです。そう信じて取組を進めていければいいのかなと思っています。

渡邊

誠実という話でいうと、我々行政もまだ京都のすべてのエリアや人を知らなくて、それはある意味、不誠実に捉えられるとも思うんです。だから、わたしたち自身が先陣を切って人とエリアを「Dig」していくことも求められると思っています。

光川

渡邊さんはまちをDigってるイメージがありますね。実際「え、こんな場所にいるの?」っていう場所で会ったりして。まちに実際に出ている自治体の職員さんってすごく信用できると思うんですよ。生でその場所の空気を味わっているし、ここを紹介したいんだなというのがわかりますし。そこは誠実さで一番重要なところじゃないかなと思います。

榊原

「諦めず」って大事ですよね。今後人口が減るなかで空き家の絶対数を減らすのは本当に難しい。しかも同時に新築物件は建っていくわけです。「できないことになぜリソースを割いているのか?」とも見られかねないけど、プロジェクトを進めるうえで目指すべきは、空き家をなくしていくというより、中古物件でより幸せに暮らすモデルをしっかりと定着させていくことなんじゃないかなって思うようになってきました。その先に空き家数が微減ないしは維持されるという成果に結びつくこともあるかもしれませんが、一番の成果は利活用と共にある幸せな暮らし方を啓発していくところなんじゃないかな。

渡邊

数字だけ見てしまうと挫けそうな感じですけど、空き家の数だけでなく、本当は「誰がどう使うのか」という、まちや暮らしの話をしているはずなので、それを忘れずにいたいですね。

田村

ただ、数字には誰にでもすごくわかりやすいというメリットもあるんですよね。それだけ見ていては判断を誤るので、誠実とは逆の意見かもしれませんが、目指す方向に進むためには、数字の見え方は重要だと思います。

光川

このプロジェクトでコンテンツの編集をしていても、どれくらい誠実に情報を伝えるかというのは悩みのひとつになっていますね。建築の話は、すべてを説明するにはとても複雑で、でもそこで「情報が複雑になるから」といって話を簡単でシンプルにしすぎると、本当に伝えたいものがこぼれ落ちちゃうと思うんですよ。ハイコンテクストのままでなるべくわかりやすく伝えるというのが今回重要な気がしていて。ちゃんと届けたい人に届けるという意味でもある程度しっかり伝えていくのが重要だと感じています。

「本当に誰にでも伝わる内容にしようと思うと、話をシンプルにせざるをえない。コンテンツごとに『この話は誰に届けたいのか?』を考えたうえで、どこまで情報を盛り込むかを判断していくべきなんだと思っています」(光川)

望月

それがウェブサイトで表現した「二面性」なんじゃないでしょうか。「京都市空き家対策室」では広く一般に対して届けていくということを優先し、「Kyoto Dig Home Project 」では届けたい人に届けるスタイル。でもそれで思わぬところへ派生すると楽しいなとも思います。我々がターゲティングしていなかったところに行くのもおもしろい。

榊原

そういうことの積み重ねですよね。中古住宅を買って幸せに暮らしている人たちがいることを伝えていくためにも、数字をうまく利用していけばいい。

望月

見る人の角度によって見え方が違うだけで、結局は本音で「わたしはこれをいいと思っている」「これだけ解決した」「これだけ幸せに暮らしている人がいる」ということを発信するのが大事。何事も100%の人が「いいね」と思わないのは当たり前であって。「自分は、こういう理由でこれが好きなんです」とか、「こういう理由で「Dig」の理念に当てはまるんです」と言えるものを発信するのが誠実だと思う。数字もこういう切り口で見たらこうなりますと説明できるのであれば、誠実な使い方なんじゃないでしょうか。そこはぶれないのが大事かな。

終わりに 〜「価値は自分で選ぶ」を誰もが実践できる社会を目指して〜

今回の座談会では、プロジェクトのこれまでとこれから、そしてプロジェクトを進めるうえで、メンバーそれぞれが大切にしたいキーワードについて意見を交わしました。

これまでの取組に寄せられた反響を受け、既存イメージにある「行政らしさ」にとらわれない、柔軟かつ本音で向き合うコミュニケーションの大切さを実感すると同時に、「繋げる」「場を提供する」「広く発信する」といった、行政だからこそ果たすべき役割も再認識することとなりました。あるときには様々なプレイヤーをつなぐハブとして、またあるときには多様な価値観にアクセスするためのガイドとしての機能を担い、その時々に必要な取組を積み重ねながら、多様な暮らしの価値観を発信していきたいと思っています。

一人ひとりが「価値は自分で選ぶ」を実践できる社会をつくるために、皆さまの声をぜひお聞かせください。今後とも、Kyoto Dig Home Projectに関するご意見やご感想をお待ちしております。

※本記事は、令和4年度〜令和5年度の視察や各種取組をもとに、プロジェクトメンバーが独自に座談会を行った内容をまとめたものです。当時の情報をもとにしているため、言及した内容は最新状況とは異なる場合があります。

credit:

企画編集:KyotoDigHomeProjectチーム

執筆:河合篤子

撮影:川嶋克

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