二条駅からほど近い路地の奥、築およそ100年のユーズドハウス(空き家)を「月光観測所(げっこうかんそくじょ)」というノートバンクとしてひらく三川夏代さんと田貝雅和さん。前編では、物件との出会いや、江戸時代の天文台にさかのぼる名前の由来、そして最低限にとどめた改修について伺いました。
後編で焦点を当てるのは、借りたあとの話。住むためでも、事業やお店を営むためでもなく、自分を見つめ直すためのノートを預かる。そんな使い方が、お二人にとってどんな意味をもち、京都のまちとの間にどんな関わりを生んだのか。
空き家が余る時代に「住む」「商う」のどちらでもない借り手が、ユーズドハウスに見いだした価値について聞きました。
INDEX
路地の住人たちの、それぞれの「借り方」

三川さんと田貝さんが物件を借りてから、およそ3年。お二人がまず話してくれたのは、建物のことよりも、この路地で暮らす人たちのことでした。
——この路地にはユニークな方が多いと聞きました。
三川さん「この路地で一番長く過ごされているのは97歳の女性。結婚してすぐ引っ越してきて70年近く経つようです。住まわれている方がいる一方で、一棟貸しの宿泊施設やラジオ局、住居兼ギャラリーなど、住居以外の目的の方もいて、ごちゃ混ぜというか、不思議な場所なんです。」
田貝さん「私たちの月光観測所の二軒隣りでは、元看護師の方がここと同じような町家を改装し、インド式のチャンピサージというマッサージを行うサロンを営んでおられます。」
前編でも触れたように、この路地には、改修に寛容な大家さんのもとで借りられている物件があります。リラクゼーションサロンを営む糀谷さんは、「自由に手を入れていい」という前提が物件選びの決め手になったと言います。
糀谷さん「当時は本当にボロボロの建物で、シロアリに食われていたんです。でも、持ち主さんは『何をしてくれてもいい』と言うんですよ。シロアリ駆除、畳の張り替え、囲炉裏を床に変える工事まで含めて、改修にかかった費用は500万円ほどです。それでも土壁は残しました。何を変えて何を変えないかが、すごく大事かなと思います。」

三川さん「月光観測所も、この路地に息づく第三の使い方として、人と人とのご縁を介しながら自然に馴染んでいったのだと思います。」一方で、ご近所づきあいが深まったのは、実は最近のことだそう。
「半開き」という、ちょうどいい距離感
前編で紹介した通り、ノートバンクの利用や対話会の場として利用されている月光観測所。三川さん・田貝さんは、住宅でも事業用途でもない「第三の選択」としての使い方を実験しているそうです。
——ノートや対話会で、収益を得ていくような選択肢はなかったのでしょうか?
三川さん「ノートも、いまは私たちが負担してお渡ししています。利用料一人いくらと決めようと思えばできるし、対話会の参加費をいただくこともできます。でも、なんか違う、という感覚があります。何かしらのお金をいただくという仕組みも、ありだとは思いました。でも、この活動が世の中にとってどんな意味をもつのか、実験する気持ちもあったので、誰でも来れるようオープンにして対価をいただくという仕組みではなく、あえてある程度誰かの紹介という顔が見える範囲で繋がっていっている『半開き』の状態に、今はしています。」
田貝さん「コミュニティをつくるには、小さくてもいいから安くいろんな実験ができるスペースがあるといい、という話を、最近人づてに聞いたんです。地域に余っている空き家があるなら、市民センターのような位置づけで、いち個人がそういう使い方をしてみても面白いかなと思っています。」

——家でも職場でもない「第三の場所」があることで、どんな影響がありましたか?
田貝さん「人との出会いについて影響を感じていますね。他の場所で知り合った方とやりとりしていて『今度、月光観測所に来てみませんか』という話になることがよくあるんです。月光観測所という場所があることが、もう一度誰かと会うためのちょっとした口実になっている感じです。」
三川さん「この場所がなかったら、声をかけるのを遠慮していたかもしれないという場面は結構あります。物理的な拠点を持つことって、人との関係を継続させる小さな装置にもなるんだなと感じています。」
家とは違った「人が集まれる場」をつくったことで、建物が「媒介」となり、人との縁が広がったというお二人。この場での活動をきっかけに、京都市が残したい「まちの姿」を検討する京都基本構想の検討委員(京都市未来共創チーム会議委員)に選ばれたり、海外からのアーティストが長期滞在できる住まいの仕組み「*** in Residence Kyoto(アスタリスク・イン・レジデンス)」などの活動へつながっていったといいます。
——そもそも、この場所を借りようと思った動機は?
三川さん「私は富山、田貝さんは岩手の出身で、京都にはほぼゆかりがない状態でした。でも、いるからには何かつながりが欲しい。地に足をつける場所、自分たちなりの場所が欲しいという思いは、あったのかもしれません。」
田貝さん「京都には老舗や由緒ある仕事をされている方がたくさんいる中で、対等に向き合って対話するには、芯のようなものがあると良いと感じる場面があります。そんなとき、自分たちだからこそ語ることができる拠り所になっていたのが、この月光観測所を持ち続けてきたという経験でした。」

——この場所や建物だからこそ、できたことは何でしょうか?
田貝さん「ふたつあると思っています。ひとつは、この土地のルーツ。月光町じゃなかったら、月光観測所はやっていません。月を定点観測していた場所じゃなかったら、自分を定点観測するというアイデアには至らなかったと思います。もうひとつは、建物とこの路地の雰囲気。これがマンションや新しい建物だったら、自分を定点観測するという“時間”をテーマにしていなかったように思います。調べないと見えてこない土地や建物の物語を、いまの暮らしの中につなぎ留める“器”として、築100年の家は『使う』ことの意味がある。」
——大きな改修をされずに、なるべくそのまま使っておられますね。
田貝さん「綺麗にするためにローンを組むという選択もできたかもしれません。でも、私たちにとって町家や空き家の活用は違う方法があるのではないか、という気持ちがどこかにあったんです。」
三川さん「暮らすわけではないので、本当に最低限、使える状態にすればよかったんです。完成形を最初から決めずに、未完成のまま走り出して、出会った人たちの手で形を変え続けてきました。」

住む、商うのほかにも、家にはまだ名前のない使い道があるのかもしれません。訪れた人のノートを預かり「観測する」ために借りられた築100年のユーズドハウス。
もし、あなたがこれまでの価値観に縛られずに、家の使い方を考えるとしたら、どのようなアイデアが浮かびますか? 身近な空き家が意外な使われ方をしていく。そんな未来が、すでに始まっています。