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哲学の道が散歩コースになる家が空き家なら1000万。京都で安く家を購入&リノベする方法

空き家(中古住宅)を活かし、自分らしい住まい方をしている方々を紹介する「空き家居住学」。物件との出会い方、DIYやリノベーションで工夫したこと、実際に暮らしてみて、いま感じていること……。空き家の活用術や、その魅力をお伝えしていきます。

第1回目に紹介するのは、京都市左京区の「哲学の道」にほど近い場所にあった狭小住宅の空き家を購入し、2021年にリノベーションした小川草平さん(仮名)のお宅。教訓にしたい実践的エピソードにあふれた小川さんの空き家活用術とは?実際にリノベーションをして住まうなかで発見した、小川さんなりの「私的・空き家リノベの5原則」から、じっくり紐解きます。

INDEX

プロローグ

紅葉が見事な南禅寺から、世界文化遺産に登録されている銀閣寺までのあいだに流れる、琵琶湖疏水の小川。その穏やかな水の流れに沿った「哲学の道」は、春になると一面が桃色に染まる“桜のトンネル”が有名な、京都でも人気の観光スポット。シーズン以外はとても閑静なエリアで、住環境としての豊さもある。

そんな哲学の道のまわりには、京都らしい風情のある邸宅が建ち並ぶが、そこから一本、細い路地を入ると、今度は昭和を感じる一戸建てが所狭しと軒を連ねる。そのなかに、両隣とは少し違う雰囲気の一軒の家を発見。今回ご紹介する、小川さんの家だ。

壁は、墨色のシックな漆喰。木でできた格子戸に格子窓、それでいて少しモダンな印象を与える外観は、京町家をリノベーションした小料理屋さんのような趣だ。

格子戸を開け、小さな土間からお宅に上がると、奥の部屋から顔を覗かせるのは柔らかい光。そのままフローリングの廊下の先を進み、明るいほうへ導かれると、広がる風景に驚いた。

大きなガラス戸越しに広がるのは、あおあおと木々が茂った森。建物や道路など、人工物は一切視界にはいらない。あるのは、風にそよぐ木と、空の水色、手入れの行き届いた芝生の緑、かすかに聞こえる葉音だけ。

この森は1000年以上前の天皇のお墓、天皇陵だというが、それを借景にした、あまりにもぜいたくなリビングルーム。けっして広くはないけれど、圧倒的な開放感がある。晴れの日はもちろん、雨の日も、春も夏も秋も冬も、そのときどきの表情を眺めてみたい。そう思わされる空間だ。

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丁寧な仕事に定評のある家具職人に特注したキャビネット。格子状の扉など細やかな工夫がなされている。小川さんが「赤みのある木が好み」だと伝えたところ、ニヤトーという材でつくってくれたそう
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そしてリビングの隣、歩いてきた廊下の反対側には、ブルーグレーのタイルとモダンなステンレスキッチンからなる3畳ほどの独立型の台所が。

玄関脇にはバスルームと、洗面所やトイレの水回りがある。

2階にあがるとふたつの部屋があった。北側の洋室は書斎とベッドルームで、腰窓からは広い空が広がり、北山を望むことができる。

つくりつけの本棚は、スペースの無駄を省くためデスクと一体化させた

一方、反対側の部屋は3畳ほどの小さな和室で、2畳ほどの広縁が京都の和風旅館のような趣だ。格子戸から漏れる光も美しい。

家の面積は1階と2階を合わせて60平米ちょっと、とのことだが、体感ではもっと広く感じる。小川さんは、この物件をどうやって手に入れたのだろうか。

小川さん

この家の周辺にある数軒は、昭和30年代に建てられた古い建売住宅なんですけど、その一軒を購入して、リノベーションしたんです。

ちなみに購入価格を尋ねてみると、「物件の取得価格だけだと1000万円程でした」と小川さん。

人気の観光スポットからすぐの場所で、市バスの停留所にも近くて路線や本数も充実。スーパーマーケットやコンビニエンスストアもあり、生活環境は申し分ない。そして何よりも、心落ち着くリビングからの眺望──。この環境で、土地付きの中古住宅が1000万円程とは想像よりもかなり安い印象だが……。しかし、小川さんによると、そう珍しい価格でもないらしい。

小川さん

古い一戸建てなら、京都には1000万円台の物件が結構ありますよ。僕は左京区や北区で家を探していたんですが、場所や土地の条件によっては数百万円という物件もありました。この物件は土地が現状で50平米、床面積が60平米でしたが、いまは法律が変わって建てられた当時より建ぺい率等がより低くなっているので、建て直す場合は、40平米の家しか建てられない。だから安かったんです。

とはいえ、そう簡単にこんな物件に巡り合えるものなのだろうか。まずは、物件探しの具体的な方法を聞いてみた。


原則1

京都の物件は「駅から●分」でなく「町名」で探す

神奈川県で飲食店や雑貨店を営んでいる小川さん。新たに始めた仕事の関係で週の半分くらい京都に滞在することになったため、「どうせなら」と住居探しをはじめたそう。

ただ、当初は、「仮住まいのつもり」だったこともあり、管理のしやすいマンションを探していたという。条件は「60平米程度の広さで2000万円台前半」。ところが、マンションは物件数が少ないうえ、値段が予想以上に高く、希望に叶う物件はほとんど出てこない。そこで、思い切って、古い一戸建てを探してみることにした。

小川さん

過去に古い家をリノベーションした経験があったので、それもいいか、と頭を切り替えたんです。そのまま普通にネットの不動産検索サイトを使ったんですが、中古の一戸建て物件はマンションと比べ物にならないくらいたくさん出てきた。

ただし、京都の場合、ちょっとした探し方のコツがあることに気づいたという。

小川さん

大手のサイトでは、『路線・駅で探す』と『地域・町名で探す』という2つの検索方法がありますよね。一般的には不動産を探す場合、『路線・駅』で探して『徒歩10分以内』みたいな条件をつけることが多いと思うんですが、これだと、一戸建てでも結構値段の高い物件しか出てこない。でも、京都の場合は、駅から遠い場所に、観光名所があったり、緑が多かったり、楽しいお店がいっぱいあるような魅力的なエリアがたくさんある。しかも、市バスが網の目のように走っているので、案外、不便じゃない。だから、『地域・町名』で検索することにしたんです。細かい町名まで指定できるので、地図と照らし合わせながら、どういう場所かチェックしていく。すると、僕の好きな左京区や北区で、すてきな環境や立地にあるのに値段が安いという掘り出し物の物件が、いくつか出てきたんです。

\ Another idea /

「『哲学の道』近くのほか、大徳寺も好きだったのでその周辺も探してみようと思ったら、大徳寺にすごく近い上、船岡山、大宮商店街もそばにある紫野下築山町というところに、600万円くらいの物件が出ていました。いまのところよりも土地が1.5倍あって前道も広かった。北大路駅もぎりぎり歩いていける。借地権付き(※)でしたが地代も月5000円とめちゃくちゃ安かったので、かなり迷いました。結局は風景の魅力にあらがえず、いまの場所にしてしまったのですが。どんな地名で探せば良いかさっぱり、という方は、好きなお寺や観光スポットの周りを、地図を広げて探してみたりするのがおすすめです」by小川さん

※借地権付き物件は、土地の固定資産税を支払わなくてもよいなどのメリットがある一方、名義変更料が慣例であったり、地代の支払いが必要です。また、リノベーション等を行う際に地主の承諾が必要な場合があるなど、確認や注意を要する点もあります。

こうして、いまの物件にたどりついた小川さん。「ただし、問題なのは、安い一戸建ての場合は、想像以上に古くてボロボロになっているということなんですよね」と話す。そして、「ちなみにこれがリノベーション前の写真なんですが」と言いながら、いくつかの画像を見せてくれた。

写真に写っていたのは、現在の心地よい空間とは似ても似つかない室内。どこも暗く古びていて、朽ち果てているような箇所もいくつかある。とてもそのまま住めるような感じではない。しかも、天皇陵に面した部分は、物置スペースになっていて、眺望はまったくない。

小川さんは、「こういう古い物件を見ると、普通はなかなか手が出ないと思うんですよね」と笑う。

小川さん

ただ、僕は、崩れかけたような古い家を店舗に改装した経験もあったので、全然気にしなかった。リノベーションすれば、いくらでもきれいになるということがわかっていたんで、内部の古さ、汚さは完全に無視しました。

小川さんによれば、古い一戸建てを購入する場合は、この「割り切り」がいちばん重要だと言う。

小川さん

この家に限らず、古い物件というのは長い間、空き家になっていて、廃墟同然になっているケースも少なくないんです。でも、そこは意外とどうにでもなる。というか、ある程度の古さになるとリノベーションせざるをえないので、どれだけボロボロでも関係ない。極端な話、柱が腐っていても、そこを補強、修繕することもできますし。むしろ、古い物件を買うときに考えなくてはいけないのは、リノベーションで変えられないことのほう。立地や陽当たり、間口・家の前の道の広さ、地形……土地だけ買うつもりで見ればいいと思うんですよね。僕の場合は、立地、周りの風景が最優先だったんですけど。

いまの家はまさに「周りの風景」にこだわる小川さんには、理想的だった。この物件をネットで見つけたとき、地図で確かめると、すぐ隣に大きな緑色の場所があったのだ。

小川さん

調べてみたら、そこは天皇陵だったんです。つまり、その天皇陵がある以上、整備された緑あふれる空間が半永久的にあるということ。しかもかなりの面積だから、自然の風景以外、視界を遮るものはない。こんな物件、二度と出会えない!と興奮しちゃって。即決でした。

原則2

おしゃれな家を低コストで作りたいなら建築士に頼る

物件を購入した小川さんだが、次の課題は「誰にリノベーションを依頼するのか」ということ。小川さんはもともと建築やインテリアに興味があり、そのため、以前、店舗や住居を改築した際には自分で設計プランをつくって工務店やリノベーション業者に依頼していた。ただ今回は、初めて建築士にリノベーションのプランを頼んでみたいと思ったという。

小川さん

これまでは自分で工務店さんと直接やりとりしてきたんですが、うまく思いが伝わらないというか。こっちの知識も中途半端なので、自分の限界を感じることも多かったんです。

小川さんはネット検索で好みの内装を手掛けている建築設計事務所を探し、3名の建築士と面談。そのなかで、建築士は自分が期待していた以上の役割を担ってくれることがわかったそう。

小川さん

建築士にお願いすると、設計料を支払う必要があるので、最初はコストアップになると思い、迷いもあったんです。でも、実際に会ってみて、建築士さんはたんにプランを考えるだけではなく、施工監理をしてくれることがわかってきた。施主側に立って、工務店が適切に工事をしているか、工事費が妥当かなど、きちんとチェックしてくれるんです。予算内におさまるようにコストカットの工夫もしてくれる。設計料を払ってもお釣りが出るのでは?と思ったんですよね。

小川さん

しかも、これは後でわかったことですが、建築士に頼むことの利点は、信頼できる腕のいい工務店を複数知っていて、そのなかから予算に応じた適切な工務店さんを推薦してくれること。場合によっては相見積もりなどをとってくれることもある。僕は京都が不案内で、どういう業者がいいのかわからなかったので、本当に助かりました。

面談を通じ、小川さんが最終的に設計を頼んだのは、一級建築士・小笠原絵理さん。決め手は、小笠原さんの作品がどれも「風景」を大事にしていたことだった。

小川さん

窓やベランダから見える風景の“抜け感”が、とても好みだったんです。空や緑の見え方、その気持ちよさにこだわっていることが、作品集を見ているだけで十分に伝わってきた。風景にこだわって選んだ物件だったので、きっとこの人ならそれを生かしてくれるだろうと。実際、会いに行って立地のことなど伝えると、すごく乗り気になってくれたんです。

このときの話を小笠原さんにも聞いてみると、「あのロケーションを見つけられたというのは、とても大きいですよね」と語ってくれた。

間工作舎・小笠原さん

これまで小川さんのお宅くらいの面積の狭小住宅は手掛けたことがなかったのですが、あの景色は本当に気持ちがよくて。光や風といった外との繋がりを感じられる、そういう物件の個性を表に出したいと思いましたし、その点で小川さんと考えが一致しました。

原則3

間取りは「憧れの生活」より「日常の習慣と人生設計」で考える

建築士が決まると、具体的な間取りを決めていくプランニングがスタートした。

もちろんプランニングのメインは、小川さんが気に入った風景をどう生かすかという点。ただ、自然豊かな緑の風景が広がるのは、家の北側。その風景が気に入ってこの家を購入した小川さんは当然ながら北向きに大きな窓をつくりたいと思っていたが、日当たりを考え、開口部は南に置くのが一般的なため、専門家には反対されるのではと懸念していたそう。

しかし、小笠原さんは逆に「北側に窓をあけるのは、ノースウィンドウというんですけど、光が安定するから、景色がすごく綺麗ですよ」とアイデアを後押ししてくれた。

実際、北側に窓をつくった1階のリビングも2階の書斎兼ベッドルームも、北向きの太陽が反対側にあるため、木に光が当たって緑がきれいに映える。また、人の視線を気にする必要がない環境であることにくわえて、太陽の光が直接射さないため、リビングのガラス戸にはカーテンも付けていない。いまは日々の暮らしのなかで、ノースウィンドウの良さを実感しているという。

小笠原さんが後押ししてくれたのは、窓の向きの問題だけではなかった。リノベーション前の家の間取りは、現在のリビングの空間に台所があった。小川さんにはこれまで「水回りの位置を変更するのは大変だ」と工務店から渋られてきた経験があり、今回も当初はリビングにキッチンを備え付けることも覚悟していたそう。しかし、その話を聞いた小笠原さんは、「キッチンを移動させるのはそんなに大変ではないですよ。それよりも、小川さんのこだわりを優先して、北側はすべて窓にしましょう」と背中を押してくれた。

リノベーション前は森側にあったキッチンを移動し、大きなガラス戸に

「風景を大事にしたい。自然のなかで暮らしたい」という、もっとも重要な部分を共有できる建築士と出会えたことの幸運。でも、小川さんは「建築士に依頼して良かったと思う理由は、ほかにもあるんです」と言う。

それは、小笠原さんから、事細かなヒアリングを受けたことだったという。

小川さん

こちらの要望を聞くだけでなく、これまでといまの日常生活はどんなものなのか、これからどんなふうに生活していきたいか……そうした人生設計も含めたインタビューを、ものすごく細かくしてくれたんです。そのときは、ちょっと億劫に感じていたところもあったんですが、結果的に、このヒアリングがとても大切なんだと気付かされました。

普段の日常生活のなかには、自分では気を払うこともなく無意識に取っている行動がある。あるいは、将来の生活についてはよくよく考えないと想像できなかったりもする。そうしたあれこれが、ヒアリングを受けることによって初めて浮かび上がってきた。リビングの隅にある、天皇陵のほうに出っ張った小さな書斎スペースも、そのひとつだ。

小川さん

ここはもともと、お風呂だった場所なんです。ただ、窓は一切なかったので、『このままお風呂にして大きな窓を作ったら、緑が見える露天風呂みたいでいいかも』とか、最初は、妄想していました。でも、ヒアリングを受けるなかで冷静になって考えてみたら、そもそも僕はカラスの行水で、お風呂タイムなんて重要じゃない(笑)。それよりも、家の中で仕事をするときに書斎やリビングを行き来するなど『場所を変える癖』があるので、ここに気持ちのいいミニ書斎のようなスペースをもうひとつつくったほうが仕事がはかどりそうだなと思いはじめたんです。

小川さん

2階のベランダをなくしたのも、そう。北側にはもともと朽ち果てたベランダがあって、最初は『ここを直してビールでも飲んだら気持ちいいだろうな』と思っていたんですが、ヒアリングを受けているうちに、外でゆったりビールを呑むような生活をしたことがないのに気づいて(笑)。そういうふうに、自分だけでは思いつかなかったことがたくさん出てきたんです。

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「とはいえ、外でビールを飲むのが好きな人なら、北山と広い空が一望できるので、ゆったりしたベランダにリノベするというのもありだったかもしれません」by小川さん

上が1階、下が2階のリノベーション前後の間取り図。1階北西のお風呂が「ワークスペース」になっていたり、2階北のバルコニーが消え窓から天皇陵が望めるようになっていたり。キッチンの場所も移動していて、リノベーションの範囲でも意外と大胆な間取り変更が可能だとわかる

2階の間取りも、当初はオープンなワンフロアにする案で進んでいたが、生活スタイルを考えてふたつに仕切ることにしたそう。

小川さん

カタログでよく見るような開放感あふれるスペースもすてきですが、長期的に考えたら仕切りがあるほうが自分の生活にはフィットするな、と。

憧れの生活ではなく、いまとこれからの現実をイメージする。それを空間に落とし込むことによって、ストレスなく生活できる家づくりができる。そう小川さんは言う。

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「2階の間取りですが、子どもがいる方であればもうひとつ間仕切りを入れて、両親の寝室と子ども部屋で3部屋つくっても良いですよね。いまはふたり暮らしだから2部屋にしておいて、あとから子ども部屋をつくる、という感じで、ライフステージに沿ってカスタムしていくことも可能です」by小川さん

原則4

デザインはプロに任せて、生活設備の位置を真剣に考える

リノベーションのプランニングは、間取りを決めることだけではない。小川さんのお宅は、外観、窓、造り付けの家具やクローゼット、建具、床、壁紙など、どれもシンプルながら細やかなデザインがされていて、工夫も随所に感じられる。これはどうやってつくられていったのかを尋ねると、「そこは自分の建築・インテリア好きな部分が出て、かなりわがままを言いましたね」と小川さんは話す。

そのひとつが、京町家風の外観にどうしてもしたかった、ということ。

小川さん

もとは京町家でもなんでもなくて、窓はサッシだし、簡易なドアがついているという、昭和30年代の建売住宅の典型のような建物だったんですが、以前から京町家に憧れていたので、無理やり京町家風のデザインにしたんですよね。建築士からは『外観まで全面改装すると、費用がかかりますよ』と言われたのですが、ここだけはわがままを押し通しました。

小川さん

外壁はシックな墨漆喰。窓にも格子を入れました。でも、これ、伝統的な京町家の格子窓ではなくて、実際には雨戸なので開け閉めができちゃう。だから“なんちゃって京町家”なんですよ。

リビング脇にある、緑の天皇陵の方角に突き出した1畳ほどの小空間の窓も、小川さんがこだわった部分だ。

小川さん

京都にすてきな洋館があって、そこにあったのと同じようなデザインの洋風格子窓をつくりたい、と思っていたんですよね。すると、小笠原さんの作品のなかに思い描いていたのとそっくりの窓があったんです。『あ、この窓だ!』って。

そして、最大のこだわりポイントは、森に面した掃き出しの大きなガラス戸。敷居の高さを床よりも一段下げたり天井を工夫して、ガラス戸の上下の木枠を見えないようにした。

小川さん

こうすることで、実際は戸なのに全面ガラスのような印象になって、自然の景色だけが天井から床ギリギリまでいっぱいに広がる。ほら、実際そうでしょ?

窓枠のデザインから敷居の位置まで、いたるところでこだわりを見せた小川さん。しかし、こだわりたいこと以外にも、考えなくてはならないこと、決めなくてはならないことは、山ほどあった。

たとえば、壁。塗り壁にするのか、塗装するのか、壁紙を貼るのか。リビング、キッチン、寝室、廊下、階段、玄関で素材を変えるのか。さらに壁紙を選んだとして、途方もない数のサンプルから好みのものを選び出さなくてはならない。

小川さん

でも、壁紙の小さなサンプルを見ただけで、それが一面に貼られたときの様子をイメージすることなんて、素人にはできないですよね。下手に好みで選ぶとばらばらになったり。僕はインテリアに興味があるのでショールームに足を運んだりしながら決めていきましたが、トータルでイメージできないという人は建築士などのプロに任せるのも手だと思います。

しかし一方で、絶対に自分で決めなくちゃいけないことがある、と小川さんは言う。それは、生活設備に関すること。その設備が本当に必要なのか、必要だとしたらそれをどこに付けるのか。自分の生活スタイルを考えて、自分で決める必要がある。

たとえば、コンセントの位置は住む人が決めないと、せっかく見栄えのいい部屋にしても延長コードが必要になったり、イライラが募る不便な家になりかねない。

小川さん

家づくりのディテールって、どうしてもデザインのことばかり考えがちですが、こういう生活するうえで欠かせない機能的な部分も重要なディテール。一個一個をちゃんとチェックしていく必要があります。僕もデザインに気を取られ、指定し忘れて、完成した後に直してもらったところがいくつかあるんですよ。

原則5

ネットショップや市販品を賢く使い、細部も自分好みにカスタムする

細部にはかなりこだわって、いろいろ注文をつけた小川さんだったが、建築士の小笠原さんと工務店は面倒がることなく、きちんと応えて、かたちにしていってくれたという。

とくに、工事が始まって、小川さんが「感動した」というのが、京都の工務店の「仕事の質の高さ」だった。

小川さん

小笠原さんの推薦で、有限会社R建築という京都の小さな工務店にお願いしたのですが、ちょっと驚きでしたね。これまで依頼した関東の工務店と比較にならないくらいレベルが高くて。古い家って、どうしても不具合や不格好なところがあるんですが、大工さんはそれを見事に修正して、綺麗に仕上げてくれる。建具屋さんも美しい窓や戸をつくってくれたし、左官さんや塗装職人さんも本当に仕事が丁寧で……。

小川さん

しかも、感激したのは、こちらからお願いしていない工夫や意匠を凝らしてくれたこと。むき出しになったインターホンのコードを竹筒で隠してくれたり、ガラス戸の内側からかける錠や、ちょっとした取手なんかも、『これはかっこいい!』と唸るようなものをチョイスしてくれました。ものづくりのたしかさや、センスの良さというのは、京都ならではなのかな、と思いましたね。

角が丸くなった引き戸の取手はオリジナルのデザイン。建具屋さんが選んでくれたガラス戸の錠も、レトロモダンな小川邸にぴったりの雰囲気

密なコミュニケーションで要望を具体化してくれる建築士と、京都の腕の立つ工務店と職人にめぐまれた小川さん。しかし、それでもなかなか超えられなかった壁があったという。ほかでもない「予算」という壁だ。

リノベーション時にウクライナ情勢が悪化し、木材などの資材価格の高騰や円安が進行。その結果、リノベーションの予算を1600万円ほどで考えていたのが、見積もりは2000万円台半ばと跳ね上がってしまった。当然、コストダウンのために、修正を余儀なくされた。なかでも、泣く泣く諦めたのが、キッチンやお風呂場、洗面台の水回りをオリジナルでつくること。

小川さん

やはり水回りはとてもコストがかかる部分で、工務店さんにオリジナルでつくってもらうと、ものすごくお金がかかってしまう。それで、キッチンとお風呂場、洗面台などを既製品にしました。たとえば、キッチンはステンレスなので高級に見えますが、実際はIKEAの製品で40万円くらい。こうして水回りのコストは3分の1ほどまで抑えられました。たぶん、200万円ぐらいはコストカットできたんじゃないかな。

インダストリアルテイストのIKEAのステンレスキッチン。コストを下げたぶん、壁面にはブルーグレーのペンタゴンタイルをあしらった。タイル張りにした費用は数万円だそう

2階の部屋も、漆喰の壁ではなく壁紙にチェンジ。はじめは「安っぽい見た目になってしまったらどうしよう」などと不安だったが、壁紙も進化しているようで、素人目には塗り壁なのか壁紙なのか見分けがつかない仕上がりになった。これだけで、数十万円は安くなったそう。

また、床のフローリングもお金がかさむ箇所。建築士や工務店は品質の良い床材を提案してくれるが、やはり値も張る。そこで小川さんは、床材専門やDIYアイテムを揃えたネットショップを利用して床材を購入。施主が材料や設備を購入し、施工会社に取り付けてもらう「施主支給」をおこなった。

小川さん

ほかにもエアコンなど、いろんなものをネットで破格の価格で購入して施主支給しました。和室にあるトイレのドアなんかは、ネットオークションに出ていたアンティークのものを買い、取り付けてもらったんですよ。いまはネットでいろんなものが買えるし、安いものを見つけることができるので、コストダウンしやすい時代だと思います。

ネットオークションで購入したアンティークの扉はトイレのドアに。リビングのヴィンテージ風の照明なども、小川さんが施主支給。施主支給により、照明類の予算は当初の見積もりから約半分に抑えられたそう

小川さん

見積もりでは2000万円台半ばだったリノベーション代は、最終的に2000万円を割り込むところまで下がりました。これでも予算オーバーですが、それは僕が京町家風の外観や造り付け収納など、いろいろこだわってしまった結果で、うまくやれば、この家程度の広さならば1000万円台半ばでリノベーションできると思います。

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「壁や収納をあきらめて、カーテンでおしゃれに仕切るなど、やりようによっては、自分のケースよりもっとコストダウンが可能だと思います」by 小川さん

小川さん

つまり、土地建物の取得代と合わせて2千数百万円で、きちんとデザインされた自分好みの家がつくれる可能性があるんですよね。中古マンションだと、同じぐらいの広さの物件を購入してリノベーションすると、合わせて3000万円以上かかるかもしれない。戸建であれば、修繕や耐震補強も、自分(所有者)の判断でできる。そういう点を考えても、中古一戸建てをリノベーションするのは悪くない選択肢だと思います。


エピローグ

いま、週の半分程度の時間を、この完成した家で過ごしている小川さん。実際に暮らすなかで実感しているのは、「一戸建てでも、マンション暮らしと変わらない快適な生活ができている」ということだ。

小川さん

以前、つくった神奈川の家は大きめで、草引きなど手入れも大変でしたし、冬は寒かった。でも、この家は小ぶりで、借景の緑は宮内庁に保持されていて、手間もかからない。窓をペアガラスにして、壁に断熱、床暖房も入れたので、冬でも意外と暖かい。あと、一戸建ての魅力って、将来的にも可変性があるということなんじゃないかと思っているんですね。マンションは平面だからリノベーションをするにしても限界があるけれど、一戸建てならばスキップフロアにすれば段差を変えて新たなフロアをつくることができる。建築士の小笠原さんは『もっと大きなロフトをつくることもできましたよ』と話されていたので、若い夫婦だったら将来、そうやって子ども部屋を増やすこともできるでしょうし。

当初は京都での仕事のときだけ暮らす別宅としてこの家を購入した小川さんだが、最近は、生活拠点を京都に移すことも考えはじめているのだそう。

小川さん

この家での暮らしが心地良いことももちろんですが、やっぱり、京都ってまちがとても楽しいんですよ。山や川といった自然も、歴史的な神社仏閣も歩けばすぐそこにあるし、車がなくても地下鉄や市バスでどこにでも行ける。しかも、どのまちに行っても、おいしいお店がたくさんある。そして、なんといっても、京都には若い人たちがつくる空間のエネルギーがあるでしょう? 観光地でもなんでもない、ちょっと辺鄙な場所でさえ、若い人がやっているおもしろいお店が必ず見つかるんですよね。これって、ほかの都市にはないもの。京都に家を持って、本当に良かったなと思っています。

※小川さんが語っている不動産価格や建築費などの相場、見込みは、小川さんがこの物件を取得した当時の感覚にもとづくものです。

credit:

企画編集:合同会社バンクトゥ 光川貴浩、河井冬穂

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