空き家(中古住宅)を活かし、自分らしい住まい方をしている方々を紹介する「空き家居住学」。物件との出会い方、DIYやリノベーションで工夫したこと、実際に暮らしてみて、いま感じていること……。空き家の活用術や、その魅力をお伝えしていきます。
今回紹介するのは、伝統と職人のまち・西陣の京町家を賃貸しながら、「最低限のリノベーション」によって自分たちらしい暮らしを手に入れた青島雄大さん・はしもとさゆりさん夫婦のお宅。「京町家=敷居が高い」「賃貸はリノベできない」といった先入観を乗り越え、子どもたちとの快適な4人暮らしを、いかにして叶えたのか。子育ての視点から、そしてプロの大工としての目線から、低コストで賃貸物件をリノベーションする魅力について、お話を伺いました。
INDEX
プロローグ
平安時代からつづく、京都を代表する伝統工芸のひとつ・西陣織。その生産地域として知られる西陣は「ものづくりのまち」として栄えてきた。通りを歩くと、いまも昔ながらのまち並みが残り、京都らしい風情を感じさせる。
とくに、特徴的なのが京町家。観光地の京町家とは趣が少し異なり、むかしからの職住一体の京町家が多く、いまも人々が住み、暮らしを営んでいる家々が軒を連ねている。最近はこうした親しみやすい雰囲気に惹かれて「西陣の町家に住みたい」という若い人も多い。
もっともこの京町家、購入するとなると、いくつかのハードルが待ち受けている。
まず、西陣に限らず京町家は人気で、物件価格が非常に高騰している。それでいて、現在の建築基準法に適合していないものも多く、リノベーション費用もかさむ。そもそも、京町家は空き家となっていても持ち主がなかなか売りに出そうとせず、市場に売り物件が出回りづらいという傾向もある。
ただ、そんな京町家も、「賃貸」となると一気にハードルが下がる。改装された賃貸物件はそこそこの数が市場に出ているし、改装前の賃貸物件も比較的多く、古い京町家は同規模のマンションの相場より家賃が安くなるケースが少なくない。
京町家の問題は、そのままだと「住みづらい」こと。隙間が多くて冬は寒い、水回りは古く、床が傾いていることもある。購入した物件なら快適に住めるようリノベーションできるが、賃貸の場合はどう対処すればいいのだろう。
そこで今回は、築100年ほどの西陣の京町家を改装し、快適な生活を送る青島さん、はしもとさん夫妻を例に、賃貸に特化したリノベーション術を紹介したい。
青島さんとはしもとさんが、4歳と0歳のお子さんと4人で暮らすのは、京都市内を南北に走る浄福寺通に面した職人の作業場の雰囲気が残る京町家。西陣らしさが色濃く残る一角に、その家はある。
一見すると、昔からある家にそのまま住んでいるようにみえるが、じつは柱や壁などの構造部分や家の内部はリノベーション済み。賃貸物件に最低限の予算をかけ、自分たちの生活にフィットさせた青島さんとはしもとさんの家づくりには、自由で新しい“町家暮らし”を手に入れるためのヒントが詰まっている。
青島さんは静岡出身で、東京の大学で建築を学び、建築家ではなく大工の道へ。今は「青島工芸」という屋号で、大工業を営む。はしもとさんは大阪出身で、やはり東京の大学に進学。まちづくりやPRの業界を経て、現在は「お直しデザイナー」として人とものとの関係を問い直す活動や研究をしている。
原則1
「賃貸でもリノベーションOK」な物件を探す
これまで京都に住んだ経験はなかったふたりが、京都に移住を決めたのは、第一子となる長男の出産をきっかけに、それぞれが感じていた「東京の暮らしにくさ」からだった。
はしもとさん
実家が大阪なので京都にはよく遊びに来ていたし、以前から京都のまちが好きで、一度は住んでみたいと思っていました。それで、妊娠中に東京で子育ては絶対できないと京都に住むことを決め、ネットで物件を手当たり次第に探しました。
青島さん
東京には息が詰まる感じがあったというか、自分にとっては暮らしにくかったんですよね。僕の場合はどこに住みたいという希望はなかったけれど、京都なら町家を修繕する機会も多いだろうし、大工としていい修業になるんじゃないか、と。
はじめて住む京都。いきなり購入は考えず、賃貸の一軒家を探した。エリアや築年数にもこだわらず、「表から見ていい感じの一軒家」を5〜6軒、内覧した結果、たまたま見つけたのが、現在の住まいとなった物件だった。
\Another idea/
「町家の場合、どこにリビングをつくるかがポイントになると思います。青島くんの仕事がたまたま大工だったので、奥の土間をそのまま作業場にしたんですが、いちばん陽の光が入りやすい場所だったので、個人的にはリビングにする計画もありました。長い時間を過ごすリビングは、日当たりを検討する価値があると思います」byはしもとさん
敷地は約90平米、延べ床面積が約110平米ある2階建てながら、家賃は9万5000円。同規模のマンションと比べると破格の安さだ。大家さんの先代が大工であったことから、家の奥に作業場があるのも、大工である青島さんにはぴったりな家だった。しかも、その内覧のさなかに、青島さんは大切なことを知る。
青島さん
大家さんと不動産の仲介業者の方の会話のなかに「ここは改修可能」という言葉が出てきたんです。他の物件の内覧でも同じような話が出てきて。それで、「京都の古い家はリフォーム可能なところがけっこうあるんだな」と知ったんです。
実際、京都では京町家などの築年数の古い物件は、賃貸でも「改修可」、つまり借主が自由にリフォームやリノベーションできる物件が少なくはない。
青島さん
いま僕が大工として改修しているお宅も、家賃5万円の賃貸の一軒家なんですが、700万円ほどかけてリフォーム中です。うちと同じ4人家族で、長く家族で住みつづけたいということで。
はしもとさん
改修不可となっていても、交渉すれば許可してくれる場合もあると思います。私の友だちや、このあたりで小商いしている人たちでも、賃貸を直しながら住みつづけている人は多いですよ。
自分の持ち物でない賃貸の家を自費でリノベーションするというのは、一見、非合理的にうつるかもしれないが、そうとも限らない。割安な家賃の家を見つけて長く住むのなら、そこそこの金額を改修に費やしても、一般的な賃貸一戸建よりトータルでお金がかからない可能性もある。
\Another idea/
「契約時に、自分たちでリノベーションすることを条件に、家賃を交渉している人もいます。私たちは1回目の家賃更新のタイミングで、月5000円下げてもらうことができました」byはしもとさん
いま、家を購入するほどまとまったお金はないけれど、京町家に住んでみたいと思っている人は、賃貸で借りてリノベーションするというのもひとつの方法だろう。
ただし、賃貸物件をリノベーションする場合、契約で気をつけることがある、とはしもとさんは言う。
いま、二人が住んでいる物件の契約時のこと。オーナーから「好きに改修して住んでいい」と聞かされていたのに、不動産業者が用意した契約書には、契約終了時に「原状復帰で返却する義務」が明記されていた。そうなると、自費でリノベーションした上、退去する際、さらにお金をかけて元に戻さなければいけなくなる。はしもとさんの場合は、不動産業者と交渉してその条項を削ってもらったというが、契約内容には注意が必要である。
原則2
賃貸を前提に予算限度を決めて、リノベーションの優先対象を絞る
こうしたいろいろな経緯があったものの、青島さんとはしもとさんは、この西陣の京町家を借りることに。内部はそのまま住もうと思えば住める状態だったが、「赤ちゃんが産まれたタイミングだったので、もう少し快適に住めるかたちに整えたい」と考え、予定通りリノベーションを始めることになった。
主な進め方は、はしもとさんがイメージや希望を伝えて、大工である青島さんが作業する“家庭内受発注”方式。子育てもあったため、住みながら少しずつ進めていったという。
青島さん
週末にお義父さんとお義母さんが来てくれて、子守りをしてくれている間に作業をする、という感じでしたね。
改修するにあたって強く意識したのは、やはり予算。「賃貸だから、なるべくお金をかけたくない」という思いがあったという。
青島さん
やっぱり、自分の家じゃないから必要以上にお金をかけるのはもったいない、という意識はあって。だから、改修する部分は最低限に抑えたうえ、素材をそのまま加工せずに使ったり、いらなくなった端材などを多用して節約しました。最終的に僕の手間賃を加算しても、200万円もかかっていないんじゃないでしょうか。
先にも書いたように、今回の家は広さのわりに家賃が破格に安い。改装費200万円なら、5年住めば月々3万円程。青島さん・はしもとさん宅の家賃帯なら、同じ上京区の3LDK規模のマンションの家賃相場と比べると、十分元が取れる計算になる。
ただ、低予算でリノベーションができたのは、青島さんが安く材料を仕入れることができる大工だから、という部分もあるのではないだろうか。そう問うと、青島さんからは「賃貸に見合った低予算リノベーションは、一般の人にもできますよ」という答えが返ってきた。
ただし、そのためには、手を加える対象を絞ることが必要だという。二人の場合は、はしもとさんが強く希望した「断熱」だった。
はしもとさん
この家は、リビングに陽が入らない間取りだったので、最低限の暖かさを確保することからはじめました。もとは畳敷きだったのですが、断熱にするなら、いっそフローリングにしてほしいと。
引っ越して5年目の冬。毎年、少しずつ時間をかけながら、家をメンテナンスし、断熱性を上げたり、暖房器具を揃えてきたという。
はしもとさん
引っ越してきた最初の年は、エアコンとオイルヒーターでしのいでいたんですが、2年目の冬に、京町家には石油ストーブの文化があることを知って。天神さん(北野天満宮の縁日に開かれる骨董市)で購入したんです。土間とリビングを仕切る扉も暮らしはじめてから取り付けました。
長く時間を過ごすリビングを優先したぶん、台所やお風呂、トイレなどの水回り、設備関係は、ほとんどそのままにしたという。何を優先させたいかは、人によって違ってくるが、大切なのは最低限、何が必要かを考え、必要性を感じたときに継ぎ足していくことなのだろう。
では、それぞれのケースで具体的にいくらぐらい必要なのか。青島さんに聞いてみると、こんな答えが返ってきた。
青島さん
町家の床って、傾いていたり波打っていたりすることが多いのですが、8〜10畳程度の広さが二間あったとしても、100万円あれば平らで安心な床になります。あと、トイレを新しくするなら50万円ぐらい、古いお風呂を直す場合は100〜150万円ぐらいあればできると思います。
家を継ぎ、縫うように直し、使えるものは使うことを推奨するそうだ。さらに、コストダウンする上では、家を直す工程のすべてをプロ任せでなくてもいいという。
青島さん
構造部分は大工(プロ)に任せた方がいいですが、床張りや壁、天井などの内装の仕上げは、予算によってはお施主さんに任せることもあります。傷んだところの補修だって、パッチワークのように継ぐぐらいなら、プロに任せなくてもできますよ。
はしもとさん
家も靴下もそうですが、「直すこと」がストレスではなく、楽しめるといいですよね。猫や子どもの世話をすることが楽しいように、靴下だって、何年も何回も直して世話したものに愛着がわいてきます。
青島さん
家づくりも靴下を直す感覚に、なるべく近づけたいと思っているんです。誰にとっても取り組みやすいように。家を直すことって特別なことじゃなく、むかしは大工でなくとも普通の人が当たり前にやっていたこと。かつてに比べて家をつくることやメンテナンスすることが、ブラックボックス化してしまったことは残念なことです。
家に関しては、「こうじゃないとダメ」という常識や固定概念が強く残っているのでは、という二人。その結果、設計士や工務店任せになることで、当然、コストが嵩むことになる。誰かに任せるもの、という先入観を外すことがコストダウンに繋がるし、なにより「家って意外と自由なんだよ」と気楽に構えてほしいという。
はしもとさん
私たちの祖父母世代って洋裁を学んだり、自分で服を仕立てていた人もいたりする。「技術」があるからお金をかけずに直せていたわけですし、自由に楽しめていたわけですよね。いまの時代は、技術が人の手から離れ過ぎたのかなと。家も同じく、住まい手にもなるべく手を動かせるようになってほしいと思っています。
原則3
「簡素」を追求することがコストダウンだけでなく、新しいデザインを生む
昔から庶民が家を修繕しながら大事に暮らしてきたのと同じように、快適な住まいに向けて、少しずつ必要な改修を施しながら住まう青島さんとはしもとさん。ただ、その家は、単に低予算で安全で快適になったというだけではない。室内を見渡すと、素材をそのまま使った簡素なつくりが、逆に他にない個性、新しいデザインを生み出しているようにも思える。
たとえば、冷蔵庫を隠すための仕切りやキッチンカウンターの背面は、額縁のようなデザインになっているが、これは壁などを仕上げる前の段階で組む「下地材」をそのまま使っているだけだという。
青島さん
仕上げで何かしようと思って組んだんですが、手が止まっちゃって。つくりながら、「あ、下地材のままでいいな」と思ったんです。もともと簡素な感じが好きなんです。新築を建てていても、下地が組み上がった状態がいちばんきれいだし、かっこいい。これは、大工がよく言うことでもあるんですが。
青島さん
正直、仕上げにさえこだわらなければ、材料も減るし工賃も落とせます。場合によっては、3分の2ぐらいのコストで収まると思います。その反対に、仕上げや見た目ばかりを整えて、肝心の構造や中身が手抜きの町家もたまに見かけます。残念ながら、フタをしてしまえば、一般の人からはわからないですから。
また、こうした考えに至る背景には、青島さんが尊敬する建築家のひとりである石山修武氏の影響もあるという。
青島さん
石山さんは公共建築などもたくさん手がけた有名な建築家なんですが、一方で、「開放系技術」という独自のコンセプトのもと、一般の人が自分で家をつくることの重要性を説き、実際にDIYでできる簡素な住宅も提案していた人なんですね。その考え方に影響を受けて、建築家でなく大工になったところもあって。下地で終わる、仕上げないデザインが好きなのも、そのへんが源流なのかもしれません。
今回の改修では、簡素であることのほかに、ふたりがこだわったことがもうひとつある。それは、建材にも天然素材を使うこと。
はしもとさん
天然素材は身体に優しいだけでなく、一般の人にも扱いやすいんですよね。DIYする時に、寒いからといって密室の中でペンキやオイルを塗っていると塗装臭で体調を崩す人もいます。柿渋や蜜蝋ワックス、米油であれば、臭いの問題は解決するし、余計なところを塗っても大丈夫ですから、お子さんと一緒にトライしてもらいやすい。
建材に使われている化学物質などにアレルギー反応を起こすシックハウス症候群。化学物質を多く含む新建材を用いた新築の家の方がかかりやすいという声もある。中古住宅においても建材を選ぶ際は、コストをかけるところと、そうでないところを見極めたほうがいいという。
青島さん
最近は羊毛を原料にした断熱材を提案することにしています。壁の中にあったとしても、それに囲まれて毎日生活するわけです。一般的な断熱材より、コストは倍くらいになるんですが、それだけの価値があると思っています。
\Another idea/
「自分の家を改修している時は、羊毛断熱材のことを知らなくて。なので、うちは一般的な断熱材を用いたんですが、知っていたら羊毛にしていました。施工する時も触っていて気持ちいいんです。建材や素材を選ぶ際は、自分の身体に触れても違和感がないかを大事にしています」by青島さん
一方、予算を抑えやすいのが壁紙だという。この家の壁に貼られているのはクロスではなく「和紙」。壁に和紙を貼っても大丈夫なものなのだろうか。
青島さん
全然大丈夫ですよ。クロスが普及する前の日本家屋は、普通に和紙だったりしたので。それにクロスを貼るには特殊な糊が必要ですが、和紙ならばだいたい身近な糊でくっつきますし、DIYでも取り扱いやすいと思います。
はしもとさん
なんでクロスが普及したかを考えると、職人さんにとって施工しやすいし、素材メーカーが稼ぎやすいからだと思うんですよ。別にクロスじゃなくてもそうそう汚れませんし、たとえ汚れたとしても和紙の方が一般の人は張り替えやすいと思うんです。
前述したように、お直しデザイナーとして活動するはしもとさんは、ものを新しく買うのではなく、譲り受けたり修繕したりしながら付き合っていくことを大事にしている。たとえば、リビングのソファは出産をした助産院から、ダイニングのイームズチェアは東京でフードデザイナーのハギワラトシコさんから譲り受けたもの。こたつや照明は祖母の家から引き継ぎ、冷蔵庫と食器棚は前の入居者の残置物だ。
すべてがバラバラなのに、なぜか独特の統一感があって、落ち着けるインテリア。それは、はしもとさんが「ものの生かし方」を深く考えながら再生し、活用しているからだろう。
はしもとさん
家を買うときや新居に引っ越すとき、新しいものを買いがちだと思うんです。けど、逆に実家をディグってみるとか。いまの自分と同じように、子育てしてた親のものをもらいに行けば、将来、空き家になるかもしれない実家の片付けにもなりますよ。
新しいものを揃えるのではなく、家族や周囲の人たちからものを譲り受け、好きなものを大事にする。ふたりの家、暮らし方からは「コストダウン」だけではない、豊かな生活のあり方やものとの関係についても考えさせられる。
\Another idea/
「町家のような古い物件の醍醐味は、使われなくなった物が残されていること。私たちも食器棚や冷蔵庫をもらったんですが、実は時すでに遅しという状態で。他にもほしいものはいくつかあったのですが、処分されていました。大家さんや不動産屋さんは「良かれ」と思って処分されます。残置物がほしい場合は、なるべく早く大家さんと繋がってラフにコミュニケーションを取れることが大事だと思います」byはしもとさん
原則4
賃貸物件の“最低限リノベ”は、近所の大工や工務店に頼んでみる
ふたりの話を聞いていると、購入が無理でも、賃貸の町家を低予算でリノベーションするという方法に大きな可能性があることがよくわかる。でも、たとえば大工や建築の専門家ではない人が賃貸物件をリノベーションしようとしたら、具体的に何から始めればいいのだろう。
はしもとさん
「たしかに、一般の人は、賃貸の町家を探したのはいいけれど、そこから先は想像もつかないと思うんですよね。それで、不動産屋さんに相談して、大掛かりなリノベーションプランに巻き込まれてしまったり。そうならないためには、やっぱり自分で工務店、大工さんを探して、自分でコミュニケーションをとって依頼するのが大事だと思う」
新築や全面リノベーションのように建築士に依頼するのはどうか、と聞いてみたが、ふたりは、その必要はないと考える。
はしもとさん
まず、「大工」が何をする人なのか、多くの人はよくわかっていないと思うんです。ざっくり「大工=家をつくる人」と思いがちですが、実際は家(建物)の構造を組み立て、壁・床・天井の造作をおこないながら、設備電気などの裏側も全体統括する人。その先に、水道屋さん、ガス屋さん、戸や窓を組む建具屋さん、壁紙を貼るクロス屋さんなどの専門の方がいます。専門の方が入る箇所をリノベーションするとなると、それだけ特殊な工賃が発生するわけです。
さらに、はしもとさんは大工である夫と暮らすことでわかったことがあると続ける。
はしもとさん
大工は、「こんなに素敵な空間になりますよ」というプレゼンは基本的にしない人が多いかなと。当然、プレゼンにもお金がかかるわけですよ。コストダウンしたいなら、イメージの共有は最低限にするか、自分自身がイメージを描ける人なら大工にプレゼンすればいいと思うんです。
青島さん
町家のリノベーションの場合は、中の構造を見るまでわからないというのが、現場からの率直な感想なんです。施主のなかで設計士につくってもらったデザインやイメージが先行しすぎると、自分が住む家をどうしていきたいのか、しっかり考えにくくなる部分がある。町家の場合は、メンテナンスも必要になるし、少し勉強が必要にはなりますが、自分の家であることを主体的に考えて、直接つくる人、つまり工務店や大工とコミュニケーションをとったほうが長く家と付き合っていけると思います。
とくに賃貸物件のリノベーションの場合、構造を活かしながら補修していくという最低限の改修工事となり、デザインやイメージもコストカットできる。そうであるならば、なおさら自分が大工や工務店とコミュニケーションをとって進めていく方法のほうが、コストの面ではおさえられそうだ。
では、どうやって大工や工務店を見つけるのか。ふたりは「いちばん手っ取り早いのは、近所や周辺の地域をほっつき歩くこと」だと口をそろえる。
青島さん
京都では、町家を改修している現場が結構ありますからね。そこには必ず大工さんがいるので、話かけて、相談してみたらいいですよ。
はしもとさん
近所の普通に「◯◯工務店」と看板を出してるところに飛び込んでみるのもありです。
近所や周辺地域の工務店がいいのは、そもそも、家というものが土地に根ざしているからだという。
青島さん
実際、補修の場合は、その土地のことを知っているか知らないか、というのはやはりすごく大きいんです。いま改修してる町家でも、地元の水道工事屋さんにきてもらったんですが、周辺の配管が全部、頭に入っているから、すごく的確な判断ができるんですね。大工も同じ。土地の状態を知っていると、どういう補修が必要かがわかる。
はしもとさん
大工さんって、よく「納まり」という言葉を使うんです。現場でいろいろ調整しながら、建物を整えていく。京都の町家は独特なので、たとえばヨソの地域の工務店や建築に頼んでそういう「納まり」ができるかというと、難しいと思います。
ただし、すべての大工が青島さんのように、施主とのコミュニケーションを密にとってくれるわけではないだろう。そのうえで、青島さんに賃貸町家の“最低限リノベーション”を依頼することは可能か? と尋ねると、即座に「もちろん」という返事が返ってきた。具体的な金額も聞いてみたところ、青島さんとはしもとさんの家と同規模の改修なら、「建物の状況やどこまでやるかにもよりますが、最低限ということなら、250〜300万円程度あれば、やれると思います」という。
もっとコストカットしたいなら、一部をDIYするという方法もある。
青島さん
実際にDIYサポートというのもやっているんです。僕が下地屋さんになることもあって、基本は「仕上げ」を任せたい。もうちょっとやりたい人は、床や棚の造作もお願いする。お施主さんがどれぐらいやりたいかで、引き際を決めています。一緒に作業をするのは、すごく楽しいですよ。
原則5
町家は「子育て」に向いている。子どものいる人こそ町家暮らしがおすすめ
最低限のリノベーションで賃貸町家に住んで5年。この間、第二子が誕生するなど、青島さんとはしもとさんの生活にはいろいろな変化があった。だが、ふたりはいまの家に不便を感じるどころか、あらためて「町家に住んでよかった」と実感している。
青島さん
いちばんの理由は、子どもたちが楽しそうなことかな。広いうえに、町家特有のちょっとした段差や急な階段があるから、飛び跳ねたり、這い上がったり。家自体が遊び場になっていますね。
はしもとさん
高齢の方だったら床はフラットなほうがいいかもしれませんが、子どもには、こういう段差とか急な階段があるくらいのほうが鍛えられると思うんです。普通の親は危ないって言うかもしれないけれど。
もっとも、町家には不安を感じる人もいるだろう。とくに、耐震性を気にしている人は少なくないはずだ。でも、これも改修、リノベーションによって解消することができる。
青島さん
信頼できる大工や工務店に依頼すれば、かならず耐震に必要な柱や構造用の壁を足したほうがいいと、アドバイスしてくれます。きちんと改修すれば、安心や安全性の部分を担保しながら町家に住むことは十分可能です。
しかも、町家の改修は、安心や安全、快適さを確保するだけではなく、逆に昔ながらの町家らしさを引き出すことにもなるという。
青島さん
町家らしい外観をしていても、建物の中に入ると町家っぽくないと感じる物件があると思います。これは昭和の時代に天井や壁などを化粧ベニヤとかプリント合板なんかでリフォームしているからなのですが、こうしたものは剥がしやすいんですよ。剥がしてみると、味のある古い柱や壁がそのまま出てくることが多い。昔の町家の魅力的な姿を取り戻せるわけです。
少し手をかけることによって暮らしやすく、建物としての魅力も出てくるという京町家。さらにふたりは、建物だけでなく西陣というまちの暮らしやすさも感じている。
はしもとさん
昔から密集して住んできたことによる、おおらかさみたいなものがあるんですよね。隣近所との騒音を気にする人も多いと思いますが、町家に住む人たちはそういうもんやと思って暮らしているから、生活音が漏れることをそんなに気にしていない。近所のおばあさんに「子どもの泣き声がうるさくないですか」と聞いたら、「赤ちゃんの声はなんぼしてもいい」と言われました。
青島さん
路地があるのもいいんです。車が入ってこれないぶん、安心して遊べるので。
はしもとさん
子育てをしていると、大型商業施設に入るのが煩わしい時があるんです。ジュースやお菓子、おもちゃもあって、子どもが駄々をこねるための“罠”だらけ。ちょっとお肉だけ欲しい、豆腐一丁だけ欲しいときに、個人商店ってほんとうに助かります。
京都でも古くからのコミュニティが残る西陣エリアには、商店街や個人商店がまだ残っているし、銭湯や和菓子屋もある。一般の家庭の軒先に「ご自由に持っていってください」と、不用になったものを並べているのも日常風景だ。
はしもとさん
東京には、ほとんどなかったですよ。京都ならではの、すごくいい文化。ごみじゃないものは、実は山ほどあるんです。
エピローグ
このように西陣の町家暮らしをすっかり気に入っている青島さんとはしもとさんだが、だからこそ、京町家がどんどん取り壊されていっている現状を残念に思っている。
はしもとさん
このあたりでも、町家を潰して新築の建て売り住宅にしてしまうといったことも日常茶飯事だけれど、とてももったいないと思います。町家をまちの資産であると捉えて保存していくためにも、賃貸で改修可として貸し出して、みんながもっとフラットに町家に住めたり、大家さんが潰さずにそのままの状態で売りに出すことも大事なのではないかと考えています。
こうした思いもあって、最近、ふたりは近所で町家を2軒、購入した。そのうちの一軒は陽当りも良く、事務所やお直しのサロンや工房としてまちに開いていくことを検討中。そして、もう一軒のほうは、大家となって貸し出すことも考えているそう。
はしもとさん
自分たちが暮らしやすいように直しながら住むことができれば、町家を壊さずに残していくことは可能だと思うんです。町家を保存していくという意味でも、いまは大家になることも考えています。
青島さん
現場で大工作業をしていると、物件を所有している方から突然相談を受けることもあるんです。古い建物でお風呂がないことを気にして貸しに出せないとか。でも、大家さんには勇気を出して外に(流通に)出してみて欲しいですね。意外と住みたい人はいますから。
古くなったからといって壊すのではなく、それぞれが自分の生活に合わせて手直ししながら、次の世代へ残していく。ふたりの住まい方に対する捉え方がスタンダードになったとき、このまちの風景も変わっていくのかもしれない。