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物件取得と改修で1,000万円台の店舗併用住宅。兵庫県から京都市北部へ移住し、中古物件を活用してカラダもよろこぶパン屋さんを開業

京都市北部の山間地域である京北、大きなイチョウの木が目印となる「慈眼寺」のほど近くに、昔ながらの「田の字型」住宅を改修したパン屋さんがあります。カラダもよろこぶパン「Sachi」。控えめな手づくりの看板を見ると、こころがほっこりします。2023年オープンながら、地域の方はもちろん、遠方からも買い求める方が訪れる人気のお店です。
 
外観はもともとの状態から大きな変化はないものの、入り口のアルミサッシを引くと、大きな梁がある土間の空間が現れ、アンティーク調の棚にはさまざまな形の宝物のようなパンが並びます。レジカウンターの奥に目をやると、真新しいパン焼き窯と古民家が不思議としっくり馴染んでいます。
 
穏やかな空間の主は渡邊俊和さん。兵庫県西宮市から京北に移住した渡邊さんがなぜ「京北」という地を選び、中古物件を活用してパン屋さんを開くにいたったのか?お話をうかがいました。

INDEX

プロローグ:なぜ京北に?

——自己紹介をお願いできますか?

渡邊さん
ここ京北で「Sachi」というパン屋さんを営んでいます。国産小麦ときび砂糖を使って、体にやさしいパンづくりを心がけています。

僕自身のことで言うと、大学までを関東で過ごし、学生時代は建築を勉強していました。ただ、その途中で目を悪くしてしまい製図ができなくなってしまったんです。何か違うことをやっていかなければと考えたときに、昔からつくることが好きだったなと思ったんですね。そして母が食を大事にしていたということもあって、製菓を学べる専門学校に行こうと思いました。そして、古いまちなみや建物、寺社・仏閣に興味があった京都を中心に学校を探すなかで大和学園を知り、その夜間部に通うことにしました。

通学のために関西に移り、京都の色々なパン屋さんを巡り、昼は進々堂でフランスパンの製造補助をしていました。それがだいたい2000年あたりになりますが、卒業後は兵庫県の西宮市に住み、パン屋さんで働きました。その後、大阪のパン屋さんでも経験を積んで、2023年に京北で開業するに至りました。

渡邊俊和さん

——なぜ京北だったのですか?

渡邊さん
姉の知り合いが京北在住だったんです。彼女は京北で飲食できるところが少ないと感じていたようで、僕が独立開業を考えていることを知って、「京北はどうですか」と誘ってくれたんです。

僕自身、神戸や大阪のパン屋ではスタッフとしてひたすらにパンを焼き続ける生活だったので、自分のペースで暮らし働くことができるのではと興味を惹かれました。実際はじめてみると、ひとりで全て切り盛りしないといけないので、想像以上に大変でした(笑)。

——京北でのパン屋開業を決めた後、どんなアクションを取ったんですか?

渡邊さん
まず物件を探そうと思って、インターネットで調べはじめました。その他には姉の知人に車で京北を案内してもらいながら、空いている物件を探しました。その時点では予算は特に決めず、パン屋をはじめるにあたって間取り優先で考えていました。

当時まだ大阪のパン屋に勤めていた時代なんですが、まず京都市役所の京北出張所に行き、北部山間移住相談コーナーに相談しました。そのとき対応いただいたスタッフの方に京北の朝市のことを教えてもらったり、地域で活発に活動されている方を紹介いただいたり、風習のようなことをお聞きしました。
京北の朝市に3回ほど出店させてもらうことができたのは、とても有意義でした。パンの値段や大きさなどをリサーチすることができました。

とはいえ、実際に始めてみると、敬遠されるかと思っていた値段が高めのパンも、良い材料でいいものをつくっていることが伝われば買ってもらえるということもわかりました。

コラム1:京都市北部山間移住相談コーナー、奥田さん

ここで、渡邊さんが京北移住の前に相談に訪れた「京都市北部山間移住相談コーナー」とはどんなところなのか?を見ていきましょう。現在窓口を担当されている奥田貴弘さんに話を聞いてみました。

 
——どんな仕事内容なのですか?
  

奥田さん
その名の通り京都市右京区役所の京北出張所において「移住相談」に対応しています。例えば「物件を紹介してほしい」という相談があったら、地域の移住促進に携わる方々に情報共有をして、ご紹介できる物件があれば内覧まで同行しています。
 
移住希望の方が求めている条件と、それぞれの地域が求めている人材をしっかり聞き取り把握したうえで、マッチングをおこなう仕事だなと感じています。相談・疑問解消の場でしょうか。

 
——普段どれくらいの相談があるのですか?

 
奥田さん
月に10〜15件程度の相談があります。「移住フェア」などがあるとその件数も40〜50にあがります。先月(2024年8月)は20件程度ありましたね。漠然と「田舎暮らしを考えている」というご相談もあれば、「京都市で田舎暮らしをしたい」というもう一歩進んだ相談もあり、また「園部、南丹、京北で暮らしてみたい」というピンポイントに場所を指定して移住を希望される方もいます。
 
また、住まい手だけでなく、京都市北部山間地域内で「物件を活用したいけど、いきなり民間事業者に依頼するのは抵抗がある」という物件所有者の方の相談に対応することもありますね。

 
——相談に来られる方の年齢層はいかがですか?
 

奥田さん
40〜50代半ばくらいの方が多いですね。私自身は親族の実家が京丹後や亀岡ということもあり、また私自身、北区の小野郷や中川、雲ケ畑地域を担当する「京都市北部山間かがやき隊員 ※」として山間地域に暮らし、活動した経験もあります。
 
ですので、相談を受けた時に自身の経験もお伝えするようにしています。地域に溶け込むために、地域の方が「おっ」と一目おいてくれるポイントがあるんですよね。草刈りをまめにしているとか、地域の行事に積極的に関わるとか。ちょっとしたことなんですが、自分の家の周りも大切に、小さなこともひとつひとつを楽しめる人は向いています。
 
綺麗事ではなく、「地域の人がどう見るか」が大事なことは紛れもない事実なので、それはしっかり伝えるようにしていますね。
 
※国の地域おこし協力隊等の制度を活用し、北部山間地域に居住し、地域が抱える課題に向き合いながら、区役所や出張所と連携し、地域の方とともに、活動支援や移住促進、地域の魅力発信等に取り組んでいただく「京都市北部山間かがやき隊員」を各地に配置しています。
https://www.city.kyoto.lg.jp/bunshi/page/0000294049.html
 

奥田さん

 
——移住を考えておられる方へのメッセージはありますか?
 

奥田さん
京都市北部の山間地域では「田舎暮らし体験住宅」を活用して最長1年間、安価で居住体験することができます。「そこでの暮らしはどうなんだろう?」と思うこともあるでしょうけど、実際に住むのが一番わかりやすいので、こういう制度もぜひ使ってみてくださいね。
https://www.city.kyoto.lg.jp/bunshi/page/0000294048.html

物件との出会い

——どうやってこの物件にたどりついたのですか?

渡邊さん
京北は6つの地区からなるのですが、その中でもここは周山という地区で、近くにスーパーもあり、道の駅もあり、とても利便性の高いところです。ここで物件を見つけられるといいなと思っていたところ、近くの不動産事業者であるSOUK(スーク)さんのウェブサイトにこの物件の情報が出たんです。すぐに連絡して、内見させていただいて、即決しました。道からスロープであがってくるのもワクワク感があってよかったんですよね。実際住んでみるとだいぶ急だとわかったんですが(笑)。

現在店舗スペースになっている玄関【提供:渡邊さん】
現在パン製造スペースになっている台所【提供:渡邊さん】

元々の所有者は高齢の男性で、静岡の娘さんのところにお住まいで、ここは空き家になっていたんです。とはいえ丁寧に管理されていたので、とても綺麗だったんです。母屋は築90年程の物件で、その割にはつくりもしっかりしていて、雨漏りもありませんでした。

金額としては約1,000万円で購入しました。それが2022年の3月ですね。中に家財がたくさんあったので、それを僕が引き取るという条件で少し安くしてもらいました。その代わり、クリーンセンターを何往復もして、時間をかけて片付けました。そしてその年の夏に改修をスタートし、2023年8月にはパンを販売できる状態になったので、営業を開始しました。

近くには京北小中学校の新校舎もある

——借入はしましたか?

渡邊さん
親から一部支援してもらい、基本的には金融機関への借入はしませんでした。

——改修はどのように進めましたか?

渡邊さん
地元の工務店にお願いして、改修を行いました。まず必要な一部解体をして構造を見てもらったのですが、補強は不要でした。ただ、シロアリの被害があったので、床下を全部見てもらい、処置しました。営業は土間でしています。

もともとの玄関を店舗スペースに
店舗スペース
店舗スペースの隣にある飲食スペース

もともとの台所をそのままパンの製造スペースにして、玄関部分をお店部分にしています。まだ途中ですが、パンを食べられるところを整理してもう少し綺麗にしたいなと。

そういう現在進行形の改修ですが、これまでにおおよそ700万円くらいかかっています。什器や備品などを揃えるにも同じくらいの金額がかかりました。

協力いただいているのは60代の大工さんなんですが、とても柔軟に対応いただける方で、断続的に手を入れたり入れなかったりという僕のスケジュールにも寄り添っていただいています。ガスや電気など別の専門家が必要なときには大工さんのネットワークで呼んでいただき、何かあってもすぐに駆けつけて下さるので安心です。

そしてその大工さんが知り合いの方々にうちのパンの紹介もしてくださるので、そういう点でもとても有り難いですね。

——離れの棟はどう使っているのですか?

渡邊さん
1Fは倉庫で、2Fで寝泊まりしています。お風呂とトイレはさらに別棟なので、離れにトイレ等を入れたいと思っています。これも改修をしてくださった大工さんにお願いしています。

離れ

コラム2:京都市地域の空き家相談員、吉村洋幸さん(スーク・キョウト合同会社)

ここで、渡邊さんの物件を仲介された、スーク・キョウト合同会社代表の吉村洋幸さんに、山間地域ならではの不動産のお話についてうかがいました。
 

 
——この物件について教えてください。
 
 
吉村さん
こちらの物件は、ウェブサイトにアップしてすぐに渡邊さんから相談がありました。渡邊さんとの商談が決まったあとも、次々と問い合わせがあった物件でしたね。
 
もともとの所有者さんにご相談頂いたきっかけは、京都市の「空き家活用・流通支援専門家派遣制度」でした。農地と山林もお持ちで、全てまとめて処分したいというご意向でした。
 
田舎ではよくあるんですが、土地と家屋に田んぼや山などがついてくるわけですね。ただ、考えて見ればわかる通り、山を手に入れても誰でも活用できるわけではありません。すべてを一緒に購入してもらうことを条件にすると、どうしても購入希望者が限られ、販売価格も下がってしまうわけです。
 
ちなみに、農地の場合は農地以外の目的で使用する(駐車場や宅地等に変更)「農地転用」ができるかできないかによっても、売却のしやすさが変わります。渡邊さんの物件のもとの所有者さんにもそのような状況をお伝えしました。運良く農地は転用できる農地だったので、「切り離して売却しても構わない」というご判断をいただき、切り離してこちらの物件のみを渡邊さんに購入してもらいました。
 
 
——市街地と田舎の大きな違いですね。
 
 
吉村さん
そうですね。先祖の資産を手放すということですから、都市部よりも田舎の方が結構な覚悟を持って相談にこられます。
 
 
——不動産に関する相談は、どんな年齢の方からが多いですか?
 
 
吉村さん
購入希望者は20代から50代までさまざまですが、だんだん若くなっているように感じますね。対して、売却希望者はだんだん高齢になっています。私は不動産事業をはじめて30年になりますが、事業開始当初に家を買ってもらった方から、今度はその物件を手放す相談を受ける、というケースも出てきました。
 
 
——購入希望者の希望価格帯はどれくらいですか?
 
 
吉村さん
もちろん幅は広いのですが、概ね1,000万前後〜2,000万までという金額でしょうか。セカンドハウスとして利用を希望している方だともう少し低い予算ですね。
 
 
——京北ではそういう方々に提供できる物件は多いのですか?
 
 
吉村さん
空き家になっている家は比較的多くあると思うのですが、それが流通に乗るか、情報が出るかは別です。渡邊さんのお話にもありましたが、荷物が残っているというのが多く、手放す前に片付けるのが大変、また他府県にお住まいなのでそもそも足を運ぶのも難しいという方もおられます。業者に頼むにしても数十万円かかりますしね。
 
あとはお墓やお仏壇があるから、ほぼ空き家状態になっているけれどもお盆には戻ってくるから人には貸せない、というケースもよくあります。
 

地域の空き家相談員の吉村さん(左)
 
 
——郊外や山間部に住みたいと考えておられる方にメッセージはありますか?
 
 
吉村さん
ご相談をされる方の多くが移住希望者ですが、なかには病院や買い物をはじめ、都市部の認識のままで、田舎に住むことを軽く考えている方も実際おられます。
 
一方で、事前に何度も地域に足を運んで、地元の方とあらかじめ仲良くなってから相談に来られるという方もおられます。昔は「田舎の風習に馴染んでほしい」という思いをもつ地域の方が多かったのですが、それも変わってきていますね。新しく来られた方と地元の方々が共存し緩やかに馴染む状態ができてきて、外からも入りやすくなってきたように感じます。

中古物件活用のいいところと大変だったところ

——「Sachi」というパン屋さんの名前はどう決めたのですか?

渡邊さん
「食べて幸せになってほしい」ということから「Sachi」です。他にも、パン屋をはじめることを一番応援してくれた母の名前「早智子」からもいただいています。残念ながらオープンに間に合わず亡くなってしまったんですが……また、京北の食材「山の幸」を使ってパンをつくりたい、という思いも込めています。

——普段はどんな生活を送っていますか?

渡邊さん
早朝の1時に起床して、そこからパンをつくります。食パンを焼いたあと冷まさないと切れないので、開店時に食パンを提供しようと逆算すると、どうしてもそれくらい早くなってしまうんですよね。そして9時から営業しながらパンをつくり、夕方の6時に閉店。そこから買い物に行って、食事を取り、気づいたら寝ているという状態です。

店舗スペースの奥にある製造スペース

——中古物件活用で大変だったことはなんでしょうか?

渡邊さん
活用するにあたって大変だったのは、やはり大量の荷物の片付けですね。でも、残された棚など、使えるものは再利用しています。暮らしてみて思うことは、寒いとは聞いていたのですが想像よりも隙間風が入って、なかなか大変です。一方で夏の暑さは割と耐えられますね。

これは中古物件とは関係ないのですが、京北に来たのに自分の時間がなくて、せっかく周りの人たちがおススメスポットを教えてくださるのですが、見に行けていません……今のところ月曜日と第2・4日曜日を休みにしているので、だんだん自分の時間を取れるようにしていきたいなと思っています。外に出てゆっくり散策して、アユ釣りなんかも挑戦したいですね。

——逆によかったことは?

渡邊さん
京北のみなさんの人柄がよくて、すごくあたたかく受け入れてくれたことがまず有難かったですね。しかもみなさんどんどん口コミで広めてくださるので、オープンしてそう日も経たないうちにお客さんとして来てくださいました。

直接的に中古物件とは関係ないですが、お客さんとの距離が近くて、直接「おいしかったよ」などと声をかけていただけるのはとても嬉しいですね。新しいパンをつくると、代わりに今のパンのラインナップの一部をやめようかとも思うのですが、「あの人が好きなパンだな」と顔が思い浮かんで思いとどまったりすることもありますね。

取材中も渡邊さんのパンを求めてお客さんが訪れる

平日でも比較的お客さんが来てくださいますが、土日になるとご家族連れの方々が、お盆には帰省した方々も来てくださいます。お近くの方のみならず、「道の駅に寄ったから来たよ」という大阪の方や、美山や亀岡から車で買いに来てくださる方もおられます。

——今後の展望はありますか?

渡邊さん
地元京北の野菜を使ったパンを増やしていきたいなと思います。

店舗部分については、飲食できる空間を綺麗にしたいと思っています。まだ部屋があるので店舗の面積を広げて、知り合いの作家さんがワークショップや展示に使える空間をつくったり、パンづくりワークショップなどを開けるようにしたいなと考えています。

うちの姉は作業療法士なのですが、将来的に移住してこのスペースを使ってお年寄りのリハビリ体操教室をやりたいと言ってくれています。パン屋をはじめるにあたって協力してくれた父も、後々はこっちに越してこようかなと言ってくれているので、それも将来的には考えておかないといけないなと思います。

パンを買いに来られたお母さんとお子さんたち

エピローグ

渡邊さんのお話、いかがでしたか。

実際に現地を訪れ物件を探し、地域の方々とコミュニケーションに時間を惜しまない渡邊さんの熱意と、北部山間移住相談コーナーのスタッフさん、そして地元の不動産事業者さんの協力とがうまく結びつき、とても理想的に物件と住まい手とが出会うという事例でした。

中古物件だからこそはじめやすい店舗併用住宅の取組により、地域に暮らす方々にとってもパン屋という日常生活をよりよく彩るお店に訪れることができるようになりました。取材の最中にも近所の老若男女のお客さんが次々とパンを買い求めに来られていましたが、それが「Sachi」さんが愛されている何よりの証拠だと感じました。

京北に訪れた際には、ぜひ訪れてみてください。

credit:

企画編集・執筆:榊原充大(株式会社都市機能計画室)

撮影:川嶋克

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