京都市の空き家率は12.9%、数は10万戸を超える*など、大きな社会課題となっています。空き家が目につくまちはどこか寂しげで、「治安への不安を感じる」といったネガティブな声も。一方で、空き家は必ずしも「困りごと」としてあるだけではありません。ときには人の価値観を受け止める大切な場にもなり得ます。
京都市では全国に先駆けて、地域や事業者、専門家と連携し、空き家の予防、適正管理、活用・流通等に総合的に取り組んできました。そうした取組を加速し展開するため、「リノベーション」「まちづくり」など、その表現の仕方はさまざまですが、「新たな人の動き」を生み出し、直接的・間接的に空き家の利活用に関わる全国各地の事例とその実践者を視察しました。
その際にテーマにしたのは、「人」「価値」「表現(情報)」「伝達」。空き家に関わる「人」々の生き方を見つめ、空き家を生きた家にするための「価値」づけを探る。価値づけた空き家をどのような「表現(情報)」で伝え、その表現を誰にどのような手段で「伝達」するか。空き家利活用を考える上で重要になるのがこうした4軸だという仮説です。
視察を通して、空き家を「課題」としてよりも住まい手がそこに価値を見い出す「掘り出し物」として捉え、住まい手の価値観やライフスタイルに寄り添う住宅を推奨する機運をつくり、空き家の流通や利活用の機会を増やしていく、という方向性を見出しました。そして、この事業を、掘り出し物を探す「Dig」という表現を用いて「Kyoto Dig Home Project」と名付けました。
今回は、4つの軸ごとに視察を振り返り、京都の特性を生かした空き家利活用における気づきやポイントを浮き彫りにする座談会を実施。座談会の内容を前後編に分けてお届けしますので、ぜひご覧ください。
*平成30年住宅・土地統計調査
INDEX
参加者:
プロジェクトメンバー(令和4年度当時)
京都市都市計画局住宅室住宅政策課:井口雅文、戸倉理恵、渡邊春菜、池垣和司、望月姫子
株式会社都市機能計画室:榊原充大
株式会社ぬえ:松倉早星
合同会社バンクトゥ:光川貴浩
開催日:令和5年8月28日(月)
開催場所:下鴨ロンド
令和4年度のプロジェクトの取組やメンバーについては、こちらのレポートをご覧ください。
テーマ「人」
若年層の流入増となった施策に迫る 〜福井県鯖江市編〜
クリエイティブが人を呼び込む鍵に
光川
視察先のなかでも最も皆さんの関心が高かった地域のひとつが福井県鯖江市。若年層の移住者が増えていて、その人数は100人を超えたそうです。若年層の取り込みがキーワードになるなかで注目のエリアですね。ここはもともとオープンファクトリーという形で工房や企業を開放する「RENEW」というイベントが注目されているエリアで、訪問先は、このイベントのプロデュースを行っている鯖江市のクリティブ企業「TSUGI」と、「河和田(かわだ)アートキャンプ」が開かれている河和田地区区長でもあった「谷口眼鏡」谷口さん、空き家物件を活用したシェアハウス「森ハウス」、さらに鯖江市役所です。
井口
「TSUGI」代表の新山さんは「河和田アートキャンプ」に参加して何日も鯖江で過ごすうちに、心の中に鯖江という地域が離れなくなって移住された方。その後は地域に根づこうとして事業を展開。県外から来た人に「ここなんか楽しいかも」という印象を植え付けられる仕組みが鯖江にそもそもあったことが大きいのかなと思います。当時の鯖江市長も若者の移住促進に熱心で、新山さんが「もう無理だから帰る」と言っても熱く引き留めたという話がすごく印象的でした。
井口
そのなかで谷口さんという地元のキーパーソンとの出会いがあった。新山さんは、谷口さんの「楽しいことをしよう」という思いと結びついたことで、地元での信頼を得て一気に地域に根づく存在に。さらに「森ハウス」の住人たちが加わって大きな流れとなり、100人を超える移住につながっていく。スタートは偶然からですが、新山さんが動き始められたときにはもう絶対に人が集まるのが見えていた。鯖江の産業や文化と楽しいイメージをどれだけ結びつけていけるか。それを地域や行政がどれだけ許容できるのか。今後のキーパーソンになると信じた市長が新山さんを強引にでも引き留めるという流れに熱さを感じましたね。
榊原
市長も新山さんが福井にいることこそが重要だと思われたんでしょうね。
井口
市長自身が先導してきた部分も大きいと思います。それに鯖江には福井豪雨の復興支援での交流から発展した取組である「河和田アートキャンプ」を立ち上げ、学生を受け入れてきた実績や地場産業もしっかりとあります。人を集める要素があったところに、仕掛けをつくっていったのがいいのかな。
光川
「河和田アートキャンプ」もある種のアーティスト・イン・レジデンスの学生版だと思うんですけど、あえて負荷をかけることが大切なのかなと。「河和田アートキャンプ」は京都精華大学を中心に50人くらいの学生が集まって、廃屋みたいな場所で、みんなで同じ場所に住み込んで生活をしながら作品をつくっていく。ああいう負荷のかかった経験は、青春が加速するので“第二の故郷感”が定着しやすいと思うんですね。逆に短期滞在で負荷のかからない暮らしをした土地に故郷のイメージは湧いてこない。どの自治体でも移住者として「家族世帯」や「子育て世代」を取り込もうとするんですけど、そこはもうレッドオーシャンだと完全に割り切っていて、さらに若い世代にターゲティングしたのは非常に賢明な判断じゃないでしょうか。学生の多い京都でも、そこをどう狙えるかがすごくポイントになりそうな気がします。
戸倉
京都には多くの大学と地場産業があり、ブランド力に至ってはあまりにも強大。学生の数と地場産業を掛け合わせたとすると、鯖江以上にそこかしこが青春だらけとなり、学生の愛着や思い入れがこの地に根付くはず。
松倉
新山さんたちは、空き家を利活用するとか流通させるとかより前に、空き家を持っている人に話しかけたり、「RENEW」のように地域の事業所と一緒に何かをやる状況をつくっているんですね。京都でアートイベントをしようと思っても展示場所がないから「空き家を使わせてもらえないですか」みたいなことができればいいんだけど。まちを盛り上げたいから一緒にやりませんか、というアプローチで空き家のオーナーさんたちと接触して、そこに若い子たちが入っていくことでまちとの関わりができればいいね。
光川
京都のように「文化首都」をうたっていてこれだけ多様な文化イベントをしているまちは他にないじゃないですか。そこに展示空間としての可能性がすごくあると思っています。特に文化芸術界隈の人ほど廃屋などに価値を見出した取組を行っていますし、実際に最大規模の写真展でもある「KYOTOGRAPHIE」では毎年社会課題とかテーマに沿った展示空間を積極的に活用していることを考えると、クリエイティブな人たちに場を開くような仕組みがあってもいい。そこは行政が介入しないとできないと思います。地域でそういったプロジェクトが起こって若年層の受け皿になるような事業者がもっと出てくると、地産地消のようになっていいのではないでしょうか。
渡邊
京都にもそういう事業者さんはいると思うのですが、多分行政側もまだ知らないことが結構多いんです。行政がちゃんとリサーチしてコネクションをつくって、それを正しくおもしろがってバックアップしていく必要があるなと思います。
空き家体験の「ゆるさと負荷」が地域への「ゆかり」を育む
望月
先ほど光川さんが「負荷をかける」と言わはりましたけど、廃屋という素材自体がある意味負荷で、その部分を解決していくことで達成感がありますよね。長崎県東彼杵(ひがしそのぎ)の視察の話で「コンフォートゾーン」という内容がありましたが、空き家があることに慣れてしまっている状態を打破する必要があると。この話に近いのかなと思います。コンフォートゾーンを超えたところにラーニングゾーンがあって、そこに行かないと人間は成長しないそうです。だから空き家を解決しないとまちとしての成長はないと。それが「負荷をかける」という言葉に結びつきました。
池垣
負荷をかける一方で、ゆるさも大事なんじゃないかな。「森ハウス」もゆるい雰囲気だったじゃないですか。我々のような知らない人間が来ても「こんにちは」みたいな感じで受け入れてくれて、ルールは「冷蔵庫に入れたものには名前を書くくらいです」って(笑)。1週間だけ滞在する人もいるようで。新陳代謝が良くて縛り過ぎないというのも、長期で取り組むにあたっては大事な視点なのかなと改めて思いました。他にも鯖江市の「ゆるい移住」プロジェクトは、移住者に市営住宅という箱だけ提供して「あとはどうぞ」って感じなのもいいですね。
光川
一般的に自治体は移住プログラムを用意しますが、「ゆるい移住」に関しては一切プログラムを設けていない文字通りのゆるさが新しいですね。「それだったら行ってみようかな」ということでスペシャルな人材が来ることにつながっていると思いますし、そこのルール設定の仕方がポイントになるんだろうと思います。
榊原
「ゆるさ」と「負荷」は意外と両立すると思うんです。「ゆるい移住」の場合は物件に住んで現地での仕事体験をしてみたいという人たちを集めていて、そこで自分たちで話し合ってルールを決めてもらっている。ゆるさがある種の負荷になっていて、それが本当にここで暮らしたい人なのかどうか、本気度を知る役割を果たしている。
望月
例えば行政が用意した移住プログラムに乗ってしまえば、ある意味で“やった感”はあるかもしれない。ただ、それが本当に求めていたことなのか。ゆるいとあまり世話をしてくれないし、色々と自分でやらないといけない、それが負荷になる。その絶妙なバランスが必要なんですよね。
井口
そういう意味で、鯖江市はすごく腹を括ってますね。市長が主導した部分もあるけど、担当の方にお聞きしたところ「ルールを決めないでやる」となったものの、「本当にそれで大丈夫なのか。事故は起きないか」って散々心配したそうです。そのなかで、リスクはあるかもしれないけれど、やっぱりおもしろいことをやろうと思えたことが大きいのかなと。棲み分けがうまくできた背景には、プロデューサーが民間の人だったということがあると思います。行政では、型にはまらない「おもしろいこと」をするのにたくさんの説明が必要で難しく、得意なプロデューサーが提案し、行政でその責任を負うかたちの方がまだ容易いのかと。
池垣
当時の市長さんも、新しいことにはリスクとハレーションがつきものだとおっしゃっていて、「鯖江から全国展開できる自治体モデルをつくっていこう」と意気込んでおられましたよね。
井口
そういう発信力に移住者は惹かれる気がしますし、やはり発信の仕方は大事ですね。
榊原
「人」から「価値」を考える上でポイントになる事例について議論ができました。ここで「価値」についてさらに考えるために長崎県東彼杵(ひがしそのぎ)の事例について話を移していきたいと思います。
テーマ「価値」
「コンフォートゾーン」の打破が空き家利活用の活性化に 〜長崎県東彼杵町編〜
開かれた「オードブルミーティング」が人の交流を促進
榊原
長崎県東彼杵町のキーパーソンの森さんという方は東京からのUターン組ですが、戻ってきたら地元に空き家が増えていて驚いた。手をこまねいて見ていても仕方がないので、一緒に動いてくれるプレイヤーの人たちを集めてどのようにムーブメントをつくれるかを考えたそうです。そこでまず取り壊す予定だったJAの倉庫をリノベーションすることにし、オープンに進めていった。そして、一緒にやりたいという事業者さんのサポートをするなどプロジェクトを増やした。そういったプロセスを「くじらの髭」というウェブサイトで発信しています。
榊原
先ほど望月さんから「コンフォートゾーン」という言葉が出ましたが、「まあこのままでいいや」という慣れが生み出す「コンフォートゾーン」が地域に広がっている状況をどう打破していくのかが大事だとおっしゃっていましたね。空き家対策というよりは、人の価値観を揺さぶってコンフォートゾーンを打破した先に、空き家の活用が副次的についてくるというイメージです。しかしコンフォートゾーンを打ち破るということは、当然周りからの反発も強くある。森さんには、その辺りも包み隠さずお話いただきました。自分たちの味方をつくって、その人たちと一緒に地域を変えていってるということでしたね。
渡邊
まちの規模とか住んでる人の年齢層が京都市とは全然違うので、施策をまったく同様に反映できるわけじゃないんですけど、本当に、考え方や取組方法のバランスがいいと思いました。ハードよりもまず人・コトが大事だという考えから生まれた取組が、結果的に空き家の活用につながっていた。その仕組みのひとつに「オードブルミーティング」というものがあって、食べ物を囲んでみんなでワイワイ話し合っていくなかで、「実はこう思っていたんや」というような本音の話がでてきたり、食事を通じて人とのつながりを育んでいく点に関心を持ちました。
戸倉
「オードブルミーティング」はカジュアルな雰囲気のなかでこそ、本当のやりとりがあるという趣旨で、基本的にはテーブルを囲むだけなんですよね。改まって説明会をするとかたい感じになるので。
光川
確かに「議題は空き家についてです」と言われた時点で行かなくなる層もいるでしょうね。
戸倉
この森さんという方、視察時にいくつか質問を投げかけた際、うちではこんな対応策をとっている、こういう考えでやっている、と次から次に明確な答えが返ってくるんですよ。引き出しが本当に多くて、「この人がいるからこのまちは大丈夫」って思えるような、まさに東彼杵のキーパーソン。もし自分が移住を検討する立場なら、こういう人がいるまちで何かチャレンジしたいと思いました。
人とまちをつなげる自然なデザイン
光川
今のお話を聞くと京都でも再現性可能な取組がある気がするんですけど、何かありましたか?
松倉
森さんは地元に帰って「あれ? 俺のまち、どんどん人がいなくなってる?」から始まって、JAの倉庫が潰されることを知り、「これは残さないとダメだろう」という個人的な思いから動いた。同じようなことはいろんな市町村であるはずですが、行動力がすごいですよね。そのなかで京都でも使えると思ったのは、一軒どこか空き家をリノベーションするときには、その前に空き家リノベーションをした人たちが、一緒に手伝うという仕組みをつくったこと。次の現場ではまた前の現場をつくった人たちが必ず参加するから、自然とコミュニティが強くなっていく。東彼杵の規模だからできることもあるでしょうし、京都市ですべてを取り入れるのは難しいかもしれませんが、限られたエリアならできるかも。そのコミュニティに合うか合わないかは、現場で作業をするとよくわかるとおっしゃっていて。「合わなくて出ていく人もいましたよ」って正直に教えてくださいました。
光川
施主が別の空き家のリノベーションを手伝うということですか?
松倉
そうです。工事をするときに必ず他の移住者が手伝う。人気があって、もうリノベーションする空き家の方がないそうです。それってすごくないですか?
光川
それによってコミュニティができ、食卓を一緒に囲んで関係性をつくれるということですね。移住するには不安があるけど、そこもデザインされているんですね。
榊原
従来の「空き家が生まれました、欲しい人は来てください」みたいなモデルではもう立ち行かないと皆さんわかっていて、その次にどういうステップがあるのかを模索している状況だと思うんです。東彼杵はそういった状況のときに参考になるモデルをつくっているという感覚を受けました。
光川
自然発生的な部分とコントロールされている部分のバランス感覚がうまい。
榊原
そうなんですよ。「オードブルミーティング」では議題を決めたりせず、場が開かれています。来た人に対して森さんがプレゼンテーションを行うという感じ。
戸倉
「この指とまれ方式」ですね。「こういうことをやるよ」って声をかけて、そこに関心がある人が集まってくる。そういう形で集まった人たちが東彼杵の情報発信もされているという現状です。
松倉
簡単な言葉で高度なことをしているんですよね。綿密に考えられてるなあ。
望月
「同じ釜の飯を食う」っていう言葉があるように、一緒に食べるということは仲間づくりの基本的なことなんですよね。それによって場の共有だけでなく、共感が生まれると思うんです。同じものを食べて話をするなかで関係がつくられ、心が開かれるという感じでしょうか。
榊原
まさにそういうことだったと思います。ただの打ち合わせではなくて、食べ飲みしているところや、議題などを決めないこともポイントですよね。
望月
そこも“ゆるさ”ですね。
地域から広域へネットワークを拡大
池垣
情報発信はどのようにされているんですか?
戸倉
東彼杵のPRとして「くじらの髭」というウェブサイトで発信していますが、「人をPRする、人から観光」をうたっていて、まちの資源を「人」と捉えているのが特徴ですね。
松倉
他にも打ち出すことができたのに「人」を選んだのはすごい。さらにこの仕組みを他の地域でも使えるようにした点もポイントで。要望があれば九州の他の市町村でもこのフォーマットを使えるんですよ。
渡邊
各地のキーパーソンの見える化みたいな話もされていましたよね。
榊原
長崎全域の人を紹介する「ローカルしらべ」というウェブサイトを最近つくったそうです。本当に、一貫して「人」に焦点を当てています。
松倉
京都市の場合は数が膨大なのでプレイヤーの把握が難しいですよね。人に限らず会社の把握も難しい。だけど「この課題ならこの人」というリストをコツコツとつくっていけばできるんじゃないかな。
池垣
長崎県内の人が実際に結び合っているそうですね。
榊原
各地のキーパーソンとなる人たちが森さんと結び合って、ネットワークが広がっていく感じですね。
光川
そういう人たちが記事で紹介されていると声をかけやすいですよね。全くの他人にいきなり話すのってすごいハードルが高いけど「あの記事を見てきたんです」って言えるので。
榊原
「価値」の話のみならず「表現(情報)」や「伝達」のレベルでも重要な事例だと思いました。長野の取組もそれに近くて参考になるかと思います。ということで、この辺りで長野に移りましょう。
テーマ「表現(情報)」
官民連携で本気度の高い移住者を絞り込む 〜長野県編〜
民間だからできる「ネガティブ情報」発信
光川
長野県視察の目的としては、移住を目的にしたウェブサイト「SuuHaa」が全国的に話題になっていたのでその話を聞きたいというのがまずありましたね。このサイトは、ローカルメディアを運営する「Huuuu」という会社、地元の新聞社、そして長野県庁が官民連携で取り組んでいるプロジェクトです。
光川
また、「ナノグラフィカ」という、地域の編集者の方がされている取組についてもうかがってきました。
松倉
長野県は空き家の活用に積極的で、民間も上手に空き家を使っているという印象ですが、一番すごいと思ったのは県庁の方の熱意でした。そして、行政側がこの熱量を持って取り組んでいることを市民が認知することの大切さを学びました。普通、一般市民は行政側の人が頑張っていることを目にする機会ってないですよね。空き家問題の議論をもっと盛り上げたら「京都市もちゃんと頑張ってくれてるんや」となって協力的になってもらえるだろうし、ブランディングという観点で、頑張っている人たちをちゃんと表に出すことが大事だと。
光川
確かに担当の方の熱量がすごかったですね。たくさんデータを持っていて、行政でしか介入できない領域がすごくあるなと思ったんですよ。県が取り組んでるからこそ、できているんでしょうね。
光川
情報発信の面では、新聞社とローカルメディアの編集部が組んでいるのがおもしろい。どっちかだけだと、いくら質の高いコンテンツをつくっても情報が届かない層が一定数いるので、例えばウェブで高いクオリティのコンテンツのものをつくって新聞で告知するようなアプローチが重要です。共同運営で、リスクを度外視したコンテンツづくりをされているのも親近感を持ちました。例えば空き家や移住の話題ではポジティブな言葉しか出てこないので、本音の部分がわかりづらいじゃないですか。それが、長野県出身で東京在住の20代〜30代前半ぐらいの女性3人が「なぜ地元に帰らないか/帰れないのか/帰りたくないのか」みたいな座談会をしていて、めちゃくちゃネガティブな話が出るんです。でもそこに地元のリアルって感じで。そういった切り口は、共同運営だからこそできているのかなと思いました。
井口
県の上層部からは移住の良い部分をアピールするように言われてたそうですね。実際に求められているのは等身大の情報なんですが、その感覚をわかってもらうのが大変だったと。そんなときは、官民の立場を上手に組み合わせながら、責任を分担したと言ってて、それも大事なことだと思いましたね。
移住者=ご近所さんだからこそ大事な価値観の共有
榊原
「ナノグラフィカ」の増澤さんは、空き家を探したり移住を考えている人たちにツアーをされています。ツアーでは率直にコミュニケーションを取りながら参加者のやる気を試して、ある種のフィルタリングをしている。東彼杵の話じゃないですけど、コンフォートゾーンから出ようとした人たちを受け入れる土壌が入り口からデザインされていますね。
池垣
空き家の見学会は、就職活動の面接みたいな感じですよね。増澤さん曰く、そもそも空き家/中古住宅に住むということ自体、一定のデメリットはあるとのこと。それでもなぜ住まい先として空き家を選ぶのかということを増澤さんは尋ねておられるのかなと。単に空き家が市場に流通すればいいということではなくて、空き家を活用して「自分はこういう自己実現をしたい」ということをアピールして、受け入れる側も厳しい目でそれを確かめる。ご近所さんとして、一緒に生活をしていけるかどうかを判断するマッチングの場ですよね。そこに「人」という大事な観点が入っている。一見すると当たり前の話かもしれませんが、すごく核心をついた話なのかなと。空き家の利活用を考えるうえで、「自己実現」もキーワードも取り入れていけたらと思いました。
松倉
空き家カルテは京都でもできそうですね。京都のコミュニティに入るのはなかなか難しいと思うので、仕事だったり趣味だったりでちゃんとマッチングして、まちの人とコミュニティをつなぐところまでを京都市でもやってあげるといいんだろうなと。
井口
そういう仕組みって大事ですよね。京都にも「貸したくない、なぜなら近所に迷惑をかけるから」で止まっている人がたくさんいます。「ナノグラフィカ」のようなやり方ならフィルターを通ってきた人だけが受け入れられるし、「そういう人なら貸してもいい」という人も出てきます。
松倉
一見厳しいようですけど、何も考えずに受け入れると、来てくれた人がかえって悲しい思いをすることになり、結局まちとしてマイナスになる。そう考えると厳しい方がいいのかな。
望月
「いい人がいたら貸してもいい」ってよく聞きますけど、じゃあ「いい人」ってどういう人なのかというと、人によって全然違う。京都だと「地蔵盆には参加してほしい」とおっしゃることもありますし、挨拶さえしてくれたら「いい人」と思う方もいらっしゃるので、その人なりの「いい人」を見つけるためのプロフィールシートみたいなものがあるといいのかなと。それと、「このまちで何をしたい」と「このまちに何が必要か」というところが結びついていかないと長続きしないんじゃないかとも思いますね。だからプロフィールシートや空き家カルテは家と人だけじゃなく、地域とのつながりもマッチングさせるものとして考えていけるといいかな。京都市は区の特性もそれぞれ異なるし、そういう特性を踏まえたマッチングが必要だと思います。
松倉
外から見たら京都市の区の特性は掴みにくくて、難しいと思います。だから「子育てしたいんだったらこの区」という感じで、区やまち単位で特色をはっきりと打ち出して提案するとかが良いかもしれません。
井口
移住者を受け入れられる場所のリストを上手にまとめることができればいいですね。例えば京都の不動産屋さんに市や公の機関がお墨付きを与えるといった枠組みをつくってやってみるのもひとつの方法かと思います。借りる側の目的に合わせて、地域を絞ったり、地域特性を打ち出すというのは難しい面もありますが、他の自治体で既にやっている成功体験を使わせてもらって、「こういうパターンなら成功するかもしれないですよ」というふうにならできるかもしれないですね。
今回の《前編》では、「人」「価値」「表現(情報)」をテーマに、視察を振り返ったプロジェクトメンバー。続く《後編》では、「伝達」をテーマとして振り返りを実施。締めくくりとして行った視察メンバーでのクロストークの内容とともにお届けします。
※本記事は、令和4年度の視察をもとに、プロジェクトメンバーが独自に振り返り座談会を行った内容をまとめたものです。当時の情報をもとにしているため、言及した取組の最新状況とは異なる場合があります。