京都の空き家活用の「これから」を考える 「京都空家会議」イベントレポート

全国の空き家活用の「いま」を知り、
京都の空き家活用の「これから」を考える


「約8軒のうち、1軒が空き家(*)」という京都市の空き家の状況に対して、これからの空き家の可能性を考えるために、何を問う必要があるのでしょうか──。
(*)総務省統計局平成30年住宅・土地統計調査

その糸口を探るため、京都市では令和4年度に、空き家の利活用を通じて「新たな人の動き」を生み出している地域とその実践者への視察/ヒアリングを実施しました。(振返り記事はこちら→【前編】【後編】

この視察を通じて得た成果をもとに、「全国の取組から京都の空き家の可能性を探ること」「空き家利活用の機運を高めていくこと」をねらいとして、令和5年11月11日に「京都空家会議 KYOTO DIG HOME SUMMIT」を開催。京都の空き家活用の可能性を考えるうえで設定した4つのキーワード=「人」「価値」「伝達」「表現」という切り口から、トークセッションをおこないました。

当日は現地参加・オンライン視聴を合わせて延べ700名を超える方にご参加いただき、強制まちづくり、人の集め方、セカンドハウスローン、DIT、本音を語るメディア、フラットな編集会議など、トークを通じて浮かび上がったキーワードを縦横無尽に議論しながら、空き家の可能性の未来について考えました。その一部をレポート形式でお届けします。

INDEX

「京都空家会議 KYOTO DIG HOME SUMMIT」の概要

開催日:令和5年11月11日(土)13:00〜19:15 会場:FabCafe Kyoto(京都市下京区本塩竈町554番地) ※YouTubeにてリアルタイム配信 主催:京都市 企画運営:株式会社都市機能計画室、株式会社ぬえ、合同会社バンクトゥ モデレーター:松倉早星(株式会社ぬえ)、光川貴浩(合同会社バンクトゥ)

イントロダクション

「Kyoto Dig Home Project」とは何か?

イベントの冒頭、京都市の新たな空き家利活用促進業務を受託している株式会社都市機能計画室・榊原充大氏から、プロジェクト名「Kyoto Dig Home Project」の公表と、本プロジェクトを立ち上げた背景やねらいについて紹介しました。

新たな価値観をもって空き家利活用を促進する取組の総称を「Kyoto Dig Home Project」と名付けました。古いレコードでも、ある人にとっては価値のあるもの。「掘り出し物」を探し出すことを意味する概念である「Dig」という言葉から

「価値はユーザーが選ぶ」

価値は供給側が決めるのではなく、あくまでも「Dig」する側が選ぶ、ということ。多くの人にとってはあまり価値を感じない物件(空き家)でも、ある人にとってはかけがえのない掘り出し物になり得るということです。

「Kyoto Dig Home Project」が取り扱うのは、間取りや広さ、駅からの距離といった一般的な不動産指標のみならず、住まい手の価値観やライフスタイルに寄り添うための「+α(プラスアルファ)」がある物件。こうした物件に若者・子育て世代がアクセスしやすくなる環境づくりが「Kyoto Dig Home Project」のねらいのひとつであり、その先に空き家の利活用促進があるというのが理想です。

イベントでは「人」「価値」「伝達」「表現」という4つのキーワードに紐づいた4つのトークセッションを実施しました。また、会場・オンライン参加者からメールにより質問をリアルタイムで受け付け、登壇者の方々に回答してもらうことで、参加者と双方向のコミュニケーションをとりながら空き家の利活用についての考えを深めました。

トークセッション1

人 / Life

最初のトークセッションは「人」。地域の特性は違えど、全国に空き家がある状況に違いはありません。空き家は、使う/使おうとする「人」がいて、はじめて価値を有します。空き家に価値を見出す人がコンタクトできる状況をどうつくれるか。さまざまな人が「入口」となることで空き家の可能性の扉が開かれていくように思います。各地域のキーマンは、何を考え、どのように行動してきたのかを伺いました。

登壇ゲスト(敬称略)

・川口貴志(株式会社アンカー、群馬県)

・川口雅子(株式会社アンカー、PLUS+アンカー、群馬県)

・川端寛之(株式会社川端組、京都府)

・後原宏行(カラクリワークス株式会社いとしまちカンパニー合同会社、福岡県)

選択肢を増やす、強制的に、人を紹介する…
アプローチの異なる“おせっかい”の仕方

川端寛之さん

京都一、ファンキーな不動産屋です。元々は賃貸物件の仲介をしていましたが、今は集落再生、リノベーション企画、仲介、管理をメインに取り組んでいます。賃貸仲介から今のような仕事をするようになったのは、お客さんに「おもしろい」とか「良いね」と言われるような物件が少なくなっていて、それなら自分が供給側に回ろうと思ったからです。どこの不動産屋さんも扱う物件に代わり映えがないから、実は諦めているお客さんが多いんですよ。でも、自分の生活が面白くなることを諦めてほしくないし、選択肢を増やしてあげたいんです。

「多数派ではない価値観の人、自分にとっての自然な感覚が一般的な『普通』とは違っているなと感じる人に対して、しっくりくる暮らし方の選択肢を増やしたい」と川端組の川端さん。いわゆる綺麗・便利・効率的な建物ではなく、古い集落や空き家を対象に、施工する大工と住み込んで改修を行い、入居者とともに場の運営にも関わっている

川端寛之さん

自由気ままにやっているように見られるので誤解されますが、不動産企画に関してはオーナーさんの資産価値の最大化を図ることが目的です。集合住宅でありながら、その価値が発揮されていないと思うことが多々あったんです。そこにしかない建物や集落の価値に気づけば宝にもなりうるし、そのまちならではの景色や建物を残したい。そんな思いで、独立して9年間で15物件を手掛けてきました。

川端さんが企画した京都市中京区の「KYOTO SHIKIAMI CONCON」は、コンテナ19基と長屋3軒を組み合わせた施設で、共創自治区というコンセプトがある。入居者の多くがクリエイターであり、自治会や地蔵盆のような催しを通じて、入居者同士や地域の人とのつながりが生まれている(画像提供:株式会社ぬえ)
モデレーターの松倉は、川端さんとともに「KYOTO SHIKIAMI CONCON」のコンセプト開発を担当した。「CONCONは距離感が絶妙。あまりうまくいっていない場は、こういう人に来てほしいという感じで、つながり方が決められているように思う」(松倉)

後原宏行さん

福岡県と佐賀県の県境にある糸島市から来ました。糸島は「移住したいまち」にも選ばれて人口が増え続けているまちです。しかし、私が住んでいる前原(まえばる)商店街は人気エリアから少し外れていて、いわゆるシャッター商店街の活性化のためにプレイヤーとして関わり始めたのが2019年ごろ。その時に、コミュニティスペース「みんなの」をつくりました。その影響もあって、このエリアに4年間で、約50も新規事務所が増えたんです。

後原宏行さん

店舗になる場(空き家)はあるけれど、大家さんは知らない人に貸したくないと思っている。かたやアイデアがあってやる気はあるけれど、店舗経験がなく大家との交渉が難しいと思っている店子がいる。その間を取りもって、双方の心理的ハードルを取り除くということをしています。大家さんには僕が「明日から家賃が入る、面倒なことはない」と責任をもってサポートして、店子には僕らの信用で借りたうえでインフラも内装もすべてサポートするので、大家さんと交渉しなくていいという仕組みです。短期間に同じエリアにたくさんの店舗を開いて、ぐるぐると地域をまわることのできる動線をつくっています。僕はこれを「強制まちづくり」と呼んでいるんです(笑)。僕の思うまちづくりは、わずかな灯火に風や火種を送って灯火を絶やさないようにすることです。

後原さんは2021年からシャッター商店街となっていた前原商店街のシャッターをとにかく一旦開けて使える状態にするなど、後原さん曰く「強制まちづくり」をはじめた(撮影:川嶋克)

川口貴志さん

西の西陣、東の桐生といわれる「織物のまち」、群馬県桐生市から来ました。もう20年も前のことで、まだ「古民家」という言葉が広まる前の話ですが、ノコギリ屋根の織物工場を美容室に改築したり、織物商の豪邸宅をフランス料理のレストランに改装したり、これを皮切りに古民家の再生に携わってきました。

1992年に株式会社アンカーを創業。今から35年前、あるチェーン店から「桐生市には出店計画がない」と言われたことに衝撃を受けたことが今日の活動の原動力になったという

川口雅子さん

私は結婚後夫の不動産業を手伝っていましたが、今から10年前に古民家を借りて、「PLUS+アンカー」という名前のカフェを始めました。最初に“関わり”を生むために、参加型のリノベーションイベントを開催しました。壁を塗るなどのワークショップをしたり、BBQをしたんですが、結果的に100名くらい集まってくださったんです。参加者は自分が関わったことで、「自分の店」という想いをもってもらえたと思います。その後は「まちの交流拠点」として着物のファッションショーや各種教室、マルシェなどを開いています。

──  場所を立ち上げる際に、場づくりのプロセスから参加の余地をつくっておられるんですね。

川口貴志さん

雅子は、観光などで桐生を訪れた人におすすめの場所を紹介するのではなく、その人の興味や関心を持てそうな「人(地域住民)」を紹介しているんですよ。関係性が生まれることで、来客者が地域に愛着をもつきっかけになり、そのまま移住者になることもあります。移住者からは、雅子の存在が心強いと言われることがあるんです。

川口雅子さん

移住者に対しては、行政の支援だけでなく、私みたいなおせっかいな地域の人々が受け皿の役割を担わないと、本当の意味で安心した移住は実現できないと思っています。地域住民が「あの人が言うなら、協力してみよう」と思えるような、地域のインフルエンサーの存在が大切だと思うんです。

立ち上げた場所やエリアに、
どのように「人」を集めているのか?

──  川端さんの事例を見ると「こんな集落で本当にプロジェクトがスタートするの?」というようなところもありますが、ユニークな入居者が集まっています。魅力的な人をどうやって選んでいるのですか。

川端寛之さん

入居者を選んでいる感覚はないですね。最初に自分で物件を見て、まちを見て、コンセプトをつくり、ターゲットを決め、ストーリーを考えています。

川端さんが手がけた京都府亀岡市の集落を再生した「A HAMLET(集落の意)」。物件の大家さんの家業が瓦屋で、この土地で採れた土を瓦や葺き土にしていたことから、改装の際に出てきた葺き土を、壁土や土間の三和土(たたき)に利用するなど、まちの“ストーリー”を引き継いでいる(撮影:中谷利明)

川端寛之さん

人を集めるという点では、すぐに広告の話になりがちだとも思っています。ある先輩が「広告を出したくない、つくったものの価値で人を呼びたい」と言っていたんです。「つくった人がちゃんと伝えたら、伝わる人には伝わる」と。そのためには、自分自身が現場に入って、ストーリーと立ち上がってくる場所に嘘(矛盾)がないようにしています。そうすれば、こちらの思いをきちんとキャッチしてくれる人が自然と集まると思っています。

──  後原さんはいかがでしょうか?

後原宏行さん

僕はあらゆる人に「一人一芸」があると思っていて、地域の住人全員が1人1店舗くらいできると思っています。その人に適したタイミングがあれば、お店や事業ができるのではないかと。だから、選ぶのも何も人に困らないんですよ、誰にでも可能性があるから(笑)。空き家が見つかった時にはもう入る人が自然と決まっている感じだから、テナント募集のようなことはあまりやったことがないんです。重要なのは、誰にでも可能性があると思って人と接することと、何かを始めようと思った人の負担を下げてあげることだと思います。

──  雅子さんも同じような考えをもっておられました。「PLUS+アンカー」には、多くの人が自然と集まってくる力がありますが、どのような秘訣があるのでしょうか?

川口雅子さん

背中を押すというより、一緒に「始め出し」までしてあげる、そこまでやってあげることが大事だと思います。いろんな人がお店に来て、お教室をやりたいとかイベントやワークショップをやりたいという話を聞くと、「じゃあ一緒にやろう」と声をかけています。最初は1人で何かをやろうと考えていた人が、「アンカーは一緒に何かをやってくれる人がいる」と思ってくれる。それがまた噂になって誰かに伝わり、今のように多くの人が集まってくださると思っています。

──  伴走してあげることは、言うは易しですが、実際にやるとなると時間も労力もかかりますよね。みなさんにとって「人と向き合う時間」は仕事という認識でしょうか、それともボランティアなのでしょうか。

川端寛之さん

これからの時代はコミュニティを耕せる人が価値をもつと思っています。お金も大事ですが、自分がやりたいことをやり続けられるだけのお金でいい。コミュニティをつくることの価値はお金に換算できないから。その価値を貯金しているようなもの、と捉えています(笑)。

後原宏行さん

僕も川端さんに近いですね。カラクリワークスというデザイン会社を経営していて、食べていく仕組みはある程度つくれたんです。その先に、社会的な欲求だけが残りました。自分たちの子どもに「僕らみたいな生き方もあるよ」っていう選択肢があることを伝えたかったんです。だったら、大人が儲け話やケチなことばかり言ってたらダメですよね。

糸島市前原のコミュニティスペース「みんなの」は、ボランティアだけで運営している。「まち全体がなんとなくライフワークでやっていて、投資できる分だけ持ち寄っている。そういう機運がなんとなくあるまちなんです」と後原さん(画像ご提供:後原宏行さん)

川口雅子さん

自分の作業の手を止めて30分ぐらい時間を割くことってできるはずなんですよ。「この人は手を止めて、私の話を聞いてくれるな」と思ってもらえるかどうか。他人からすると些細なことに思えても、その人にとってはすごく大切な用事かもしれません。私は、人とおしゃべりするのが趣味なだけで、営業をしているわけではないけれど、「PLUS+アンカー」で聞いた相談事を主人につなげて仕事になることもあります。

桐生には「いきあう」という言葉があると川口夫妻。単に「会う」のではなく、「混じり合う」「ともに生き合う」「お互いに息が合う」といった感じのニュアンスがあるのだそう

──  人が集まった先に、どのようなコミュニケーションが必要になりますか?

川口貴志さん

アンカーでは、30周年を機に不動産業からまちづくりの領海に錨(いかり)を降ろし替えたと表現することにしたのですが、まちづくりと言っても、人によって濃淡があっていいと思うんです。例えば能動的にイベントをしたい人、受動的に参加するぐらいがいい人、いろんな立ち位置の人がいますよね。周波数の違う人たちを無理にまとめようとしないことも大切だと思います。

──  毎日関わりたい人もいれば、年に1度でいい人もいるわけですね。後原さんの取組において、商店街に古くから住んでいる方と新しい人との間にハレーションは起こらなかったですか?

後原宏行さん

自分自身も元々移住者で、まさにハレーションそのものだったと思います(笑)。当初、商店街の人たちは僕のことを見ないふりをしていたんです。最終的に、副市長が商店街の会長と繋いでくれてハレーションが収まりました。よそ者だけど悪い奴じゃないと(笑)。

──  いまや大家と店子を取り次ぐ立場ですが、大家さんを説得する際に気を遣っていることなどはありますか?

後原宏行さん

大家さんはそもそもお金に困っていない人が多いけど、貸すことに前向きな気持ちがないわけでもないんです。そこでちょっとでも前に進むように、ふだんから挨拶をし続けるとかコミュニケーションを取り続けています。商店街がいい方向に進むように、とはみんな思っているので、そこだけ気をつけています。

──  会場からの質問です。川端さんに「個人で事業をなされていますが、右腕のような人はいますか?」とのことですが。

川端寛之さん

右腕という人はいないですね。プロジェクトごとにチームを編成していて、コンセプトとかターゲットに合わせて、誰と組めばストーリーを導き出せるかを考えてメンバー構成をしています。毎回、まちも建物も全然違いますし、元のものを活かせば活かすほど全部バラバラになるんです。コミュニティも違うし、コンセプトが違えば、つくる人や関わる人も変えるべきだと思っています。

──  みなさん、今後、どんなことに力を入れていきたいですか?

川口貴志さん

「PLUS+アンカー」を開設してから、半径200mのまちづくりを徹底的にやってみたら、移住した人同士が色々始めていってその活動が広がりました。メンバーはみんな違うので化学反応が出てきて根付くとおもしろいかなと。まちが変わったなというのが目に見えてわかるようにしていきたいですね。

川端寛之さん

僕は自分のなかに大きな野心はないし、今も自分のできることをやっていて、これからも誰かに必要としてもらえる方向に進んでいくのかなと。ただ、「多数派ではない価値観の人に対しても、しっくりくる暮らし方の選択肢を増やしたい」と思っています。

後原宏行さん

僕も目的やゴールを設定しないようにしていて、種を蒔くだけ。目標を立てると急に冷めてしまうので、これからのことはあまり考えていませんね。川端さんが「選択肢を増やしたい」と言うように、僕自身も社会に適合できなかったので多数の人が選ばないような選択肢が必要だった。多様な選択肢をつくることは、テーマになると思っています。

トークセッション1を終えて

多様な価値観に目を向け生き方の選択肢を増やす、自分で責任の受け皿になって強制的にまちづくりをする、場所でなく人を紹介してあげる……それぞれアプローチは異なりますが、いい意味で他者の人生に介入しようとする“おせっかい”上手なみなさんが「入口」となって、空き家の利活用がなされているように思いました。さらに、そこに集まる新しい人の動きの中心におられるのだなと。みなさん自身が主役というより、一歩引いた立ち位置から、まちやコミュニティを豊かに耕されているのでしょう。そして、人を集めるという点においては、ストーリーに嘘をつかない、「一人一芸」を信じる、何かを始めようとする人の「始め出し」を支えてあげる、といった具体的な考え方や行動を学べたように思います。空き家の可能性を広げるという観点から重要なセッションでした。

トークセッション2

価値 / Value

2つめのトークセッションは「価値」。昨今、若い人たちが空き家も含めた既存住宅に住まいとしての価値を見出す一方で、その価値を担保するためのローンや税などの制度が追いついていない現状もあります。そして、多くの人にとってはあまり価値を感じないものとして見られてきた空き家が、ある人にとって宝のようにキラキラと輝き出すとき、どのような価値づけがなされているのでしょうか。ちょっとリアルなお金の話から、ハッとさせられるアイデアまで、空き家の「価値」について議論しました。

登壇ゲスト(敬称略)

・西村孝平(株式会社八清、京都府)

・西村周治(西村組一級建築士事務所合同会社廃屋、兵庫県)

・松本弘樹(長野県企画振興部信州暮らし推進課、長野県)

ボロボロの廃屋と再建築不可の路地物件
注目を集める2人の西村さん

西村周治さん

神戸市を拠点に「合同会社廃屋」という廃屋を直すグループを運営しています。最初はお金がなく、自分自身が住むために借りられる家が廃屋しかなかったからですが、廃屋を買っておしゃれに直して、自分で住んだり人に貸したりしていました。

西村周治さん

ある時、1軒の廃屋を直していたら、隣の人から「うちの家を買ってくれないか」と相談を受けました。その人はボロボロになった家を自分で直すこともできないし、どう活用していいのかわからず困っておられて、「ちゃんと直してくれる人がいるなら譲りたい」ということで引き受けることになったんです。さらに、その場所は周りを見渡すと空き家ばかりの場所で、一体の空き家所有者から相談を受けました。気づけば、9軒すべてを改修することになり、村みたいな規模になったんです。

西村周治さんは、神戸市兵庫区梅元町の空き家を譲り受けたり購入するなかで、結果的に9軒の住宅を改修し、そこを「梅村(バイソン)」と名付けている(撮影:Kyoto Dig Home Projectプロジェクトチーム)

西村周治さん

3年くらいかけて直していて、工房やギャラリー、アーティスト・イン・レジデンス、茶室、イベントスペースとして活用しています。家を直すのに使うのは基本的に廃材で、土壁や建具のほか、めくった床材を磨いて再利用したり、まちの中でゴミとして捨てられた材料を使って家を直しています。アーティスト・イン・レジデンスの場合は、家賃や宿泊費の代わりに、廃屋に滞在しながら家の改修作業を手伝ってもらったりしています。

西村さんの元で作業をしている人のうち、プロの大工は2割で8割が素人だそう​​。「ただ、空き家を活用する手段は必要なので、“半人前”大工育成講座を開いて、直し手となる人材を育てています」(撮影:Kyoto Dig Home Projectプロジェクトチーム)

西村孝平さん

株式会社八清の西村孝平です。これまで空き家を活用した不動産物件も取り扱ってきました。2014年に、京都市の「空き家活用×まちづくりモデルプロジェクト」に応募し採択されたのが、この「さらしや長屋」です。堀川仏光寺の袋小路にある長屋4軒が空き家になっていたんですが、そこを子育て世代が住みやすいようにリノベーションしました。袋小路なので車も入ってこないし、お子さんを遊ばせても安心。「シェア路地」という言い方をしています。

西村孝平さん

「さらしや長屋」は、うちの会社が最初に大家となり、入居者を「子どものいる人」に絞って募集しました。子育て世代を応援することを目的にしていたので、子どもの数が増えるほど賃料が安くなるという家賃システムを設けたんです。入居者を決めてから分譲し、購入者は住人ではなく家主になるという形式を取りました。満室後に分割売却したのですが、家主になった方の多くが女性だったのも、子育てというコンセプトに共感を得たからだと思います。

京都で昔から息づいてきた路地文化の再生を目指した「さらしや長屋」。子どもが1人の家庭は家賃が1万円引き、2人目でさらに5,000円引きになるほか、シェア路地内の壁をお絵描きや伝言が書き込める黒漆喰の壁にしたり、災害時に利用できる雨水タンクを設置するなど、共有地である路地空間を活用したアイデアが評価された(画像ご提供:株式会社八清)

西村孝平さん

他の事例としては、価値の上がりづらい路地奥の再建築不可の荒廃した空き家を解体し、連担建築物設計制度を利用した新築に挑戦したこともあります。賀茂川の葵橋と出雲路橋の間の土手に面した路地奥の物件だったのですが、消防法の観点から再建築不可な場所であり、賃貸住まいの方が退去されたタイミングで空き家になっていました。建物は荒廃していて、リノベーションするにも難しい間取り。さらに再建築不可ですから、当然、解体して新築を建てることはできない物件だったんです。

前道1.8mしかない路地奥にある築99年の荒廃した連棟長屋を解体し、新築に挑戦したプロジェクト(画像ご提供:株式会社八清)

西村孝平さん

ですが、連担建築物設計制度を利用すれば再建築可能になるんじゃないかと考え、路地にお住まいの他の物件所有者と管理組合を立ち上げてこの制度を利用し、新しい建物を建てることができました。この路地の場合は、一方が賀茂川の河川敷に面していて、二方向避難ができるということで建築基準法に合致して新築することができたんです。賀茂川が裏側にある希少物件ということで評価が高く無事売却できています。

──  空き家として放置され周囲に迷惑をかけるぐらいなら、いっそのこと解体して新築するなど新たな活用方法を模索した方がいいですね。今回のように、土地が再建築可能になると、再販売しやすくなるメリットもありますね。

松本弘樹さん

本日のメンバーで唯一の行政関係者で、完全にアウェイです(笑)。長野県企画振興部という移住を推進する部署で、移住者の受け皿づくりの一環として、空き家の利活用に携わっています。地域づくりの観点から言うと移住は結果論で、なぜそこに来るのかというと地域が素敵だからです。そのため、移住よりも地域づくりが先にくると考えて取り組んでいます。

松本弘樹さん

移住政策=空き家対策ととらえてしまう人が多いのですが、それは違うと私は考えています。移住は空き家問題解消に向けたアプローチのひとつであり、そもそも空き家にさせないことが大事だと思います。 また、京都と長野では課題が異なると思いますが、長野の場合は「空き家を掘り起こせない」のが課題となっています。国土交通省の「空き地等に関する所有者アンケート」では、物件の情報を「広く出していい」というオーナーと「情報の提供は一切行わない」というオーナーはあわせて約50%程度います。一方で、自治体や信頼できる人なら貸してもいいという人は35%もいるのですが、そのための人材が足りないので掘り起こしができない。つまり、行政は仕組みや制度という“車”はつくるのですが、肝心の“ドライバー”がいないわけです。県では現在、専門人材をはじめとした人づくりに課題を感じて、空き家を活用した地域づくりプレイヤーの育成に力を入れようとしているところです。

新築じゃないとローンが通らない?
空き家のファイナンスや税制の可能性

──  松本さんのお話を伺い、自治体が介入することで、本来は市場に出回ることのない空き家を掘り起こせる可能性が広がるように感じました。一方で、年齢的にも資産が形成しづらい若い人の場合、空き家のような担保価値が低く評価される中古物件はローンが組めないという問題に直面すると思います。そのなかで西村孝平さんは金融機関に働きかけて、いわゆる「京町家ローン」と呼ばれる京町家の購入や改修の融資が得られやすくなる金融商品づくりに尽力されたと伺いました。現在のようにブランディングされる前は、京町家は暗くて寒くて狭い家というイメージが浸透していたと思います。どのようなプロセスを経て実現したのでしょうか?

モデレーターの光川。昭和60年築の家をリノベーションする時に、銀行ローン(融資)の壁にぶつかり、中古戸建ての住宅ローンはハードルが高いことを知ったという

西村孝平さん

まさにおっしゃる通り、私が京町家を手掛け始めてぶつかったのが、銀行融資がつかないということでした。建築基準法を満たさないのがその理由ですが、京町家は建築基準法ができる前に建てられたものですし、なにより安全な建物が少なかった建築基準法の生まれた1950年と現在では社会状況も大きく異なる。けど、そういう説明をしても、銀行には聞いてもらえないんですね。

「京都に住みたい人が、本当に新築がほしいか?」という問いがあるという

西村孝平さん

ところがあるとき、京都信用金庫の理事長と話す機会があって京町家の話をしたら、「とりあえず試しでローンの案件を持ってきてください」ということになり、1年間様子見で始めることになったんです。すると購入者の属性がいいことがわかりました。つまり、住宅に新築のような性能はなくとも、京町家のような文化的な暮らしを求める方の社会的・経済的なステータスが良いことは、銀行にとってある種の担保になるわけです。

京町家の流通促進のために、2008年に滋賀銀行京都支店が始めた「京町家スーパー住宅ローン」。これを皮切りに、2011年に京都信用金庫の「残そう京町家ローン」、翌年に「活かそう京町家ローン」ができた(画像ご提供:株式会社八清)

西村孝平さん

そのあと他行にも京町家専用のローンができました。現在は、公益財団法人 京都市景観・まちづくりセンターの事業で、何が京町家であり、そうでないのかを証明する「京町家カルテ」が整備され、金融審査の判断基準になっています。また、再建築不可の京町家も対象であり、買いやすくなりました。

──  公的な機関が価値の基準をつくって保証することで、金融機関が対応しやすくなるということですね。いまや京町家はブランドになっていますが、今回のKyoto Dig Home Projectでは、一般の不動産屋さんも扱いづらい、つまり市場性の低い住宅を主な対象としています。京町家のような価値の転換への機運をどうすればつくっていけるのでしょうか。

西村周治さん

「周りの不動産屋さんに断られたので引き取ってくださいと」いうような、マイナスの資産を譲り受けて、それをどうおもしろがるかですね。僕はボロボロでも楽しく住めるような人たちと修繕したり住んでもらったり、作品化してしまう。僕らの場合はイレギュラーだと思うのですが、その物件自体を楽しめる人をどれだけ連れてこられるかがカギだと思います。

──  梅村(バイソン)に人が集まる様子を見ると、見るからに新しい価値が生まれているのがおもしろいですね。集まって来る人は、リビングやダイニングといった旧来的な概念を持っていない方も多い。制度や融資の仕組みが、時代の価値と合わなくなってきているのかもしれません。

西村孝平さん

今後、人口が減るなかで空き家は増えていくので、1人で2軒使ってもいいわけです。だけど、銀行は2軒目に住宅ローンを貸してくれません。昔のようにお金持ちがセカンドハウスを買う時代ではなく、都市と地方を行き来する二拠点生活者もいますし、住宅ローンが使えたら買うという人もいるはずです。でも、現実はキャッシュでしか購入できないし、京都に住んでいないと住宅ローンを組めないということもあります。空き家の問題も、ファイナンスと税制をコントロールすればうまく解決に結びつくと思っています。

──  欧米先進国がセカンドローンやサードローンを認め、週末郊外の住まいで過ごすということが多く見受けられています。ローンなどの制度以外の価値づけに関して、自治体にできることはありますか。

松本弘樹さん

信用を貸すことだと思います。税制などの制度の変更は、意思決定に時間がかかり、推進力という面で課題が残ります。では、何ができるかと考えたときに、皆さんのように地域で活躍するプレイヤーと一緒に動いたり、場をつくることだと思っています。それによって、民間の新しい動きや取組に信用を与えることができます。

「民間の方はリスクをとって事業に取り組みますが、行政は基本的には潰れないのでリスクが釣り合わないことが多いです。その溝を埋める手法のひとつとして、民間のプレイヤーの皆さんが活動しやすい環境をつくっていくために、行政が持つ信用という肩書きを担保のように貸し出すことが取組を進める上での価値になるのではないかと思っています」と松本さん

西村孝平さん

DIYの精神で自分で空き家や廃屋を直している、そういう人がいるという事実を知るために、行政がイベントを開いて、若い人との接点をつくってあげたらおもしろいことができるかもしれない。ただ、不動産屋の仲介手数料は宅地建物取引業法で上限が決められている。1億円の物件であっても、100万円の物件であってもやることは同じなので、不動産屋は安い物件を扱いたがりません。その部分の仕組みをつくれたらうまくいくかもしれませんね。

アイデアやアクション次第で
空き家は資源となり財産となる

──  西村周治さんの元には、若い人が多く集まって、DIYやリノベーションにより新しい価値づけがおこなわれています。そもそも、空き家というものをどう捉えているのでしょうか。

西村周治さん

僕は空き家マニアなので、朽ちていくものに美しさを感じています。そもそも空き家の何が問題かということを整理した方がいいという前提ですが、僕が問題だと思っているのは、決定権が高齢者に委ねられていることです。そういった中で、どうすれば若い人が判断に関わったり、保守的な所有者の方たちを動かせたりするのかということを考えたいと思っています。

──  若い人をはじめ、これまで関わりのなかった人に広がりができれば、空き家活用の未来が描けるように思います。

西村周治さん

うちに来る人はアーティストが多いので、お金はないけれど時間があるし自分で家を直すんです。こういう人たちが余っている資源として空き家を使うことができれば財産になります。僕の場合は、空き家を問題として考えているわけではなく、アーティストたちと一緒に楽しんで直しています。そもそも人口が減っているのに建物は増えていくばかりで、今後も空き家は増えるしかない。構造的に空き家をなくすことは不可能です。そう考えると、日本人だけでは家を余すので、アーティスト・イン・レジデンスなど、海外の人に来てもらえるようにできればと思います。

──  若い人たちが空き家を手に入れるためのヒントは何かあるでしょうか。

松本弘樹さん

空き家は比較的安価なので、DIYをすれば家を持てるし、若い人たちのニーズはあると思います。ご高齢のオーナーさんも心のどこかでは空き家をどうしようかと悩んでいるケースも多いため、そういう空き家を市場に出すためには、地域で信頼されているプレイヤーの存在が必要です。「この人なら貸してもいい」という関係性が大切になってきます。そういう関係に持っていくにはどうすればいいか。多くの人は隣を見て生活をしているから、「隣がうまくいっていたら、うちも」ってなるんです。だから最初に成功事例をつくることが大事です。

──  まさに、西村周治さんの梅村(バイソン)も、同じような歩みを経ていましたね。

松本弘樹さん

私も西村周治さんと同じく、空き家は資源だと思っています。空き家をツールとして捉え、関係人口をつくるための場として活用する。というのも、地域と関わりを持たないと本当の意味での移住にならないからです。

「長野県辰野町では空き家から古民家カフェへのリノベーションを共同作業する事業をしたところ、参加した人がその後、カフェのお客さんになってくれました。こういうことをきっかけに半年に一度、月に一度、と頻繁に地域を訪れることで関係性が濃くなっていくと思っています」と松本さん(画像ご提供:松本弘樹さん)

──  どうやって人を集めたのでしょうか?

松本弘樹さん

ほとんどSNSです。これをおもしろいと思う人がつながっていって、令和4年度に長野県内2地域で実施したDIYイベントでは、結果的に各地域100人以上集まりました。この取組を展開するためには2つ条件があると思っています。まずは関わりしろとなる空き家物件などがあること。そこでみんなが集まれるイベントをつくると、地域と参加者との関係性を創出するのに役立ちます。もうひとつは主体となって動けるプレイヤーが地域内にいること。そういう条件が合うところをモデル地域として選定して事業を実施しています。

西村孝平さん

韓国の大学の先生が空き家問題について勉強したいと言ってこられたことがあるのですが、韓国ではDIY(Do It Yourself)ではなくDIT(Do It Together)が人気だと。つまり、空間をほしい人たちが、協力しあって共につくるそうです。

──  関わりしろという意味では、梅村(バイソン)は9軒もあるのに空間を閉じず、シェアキッチンやシェア工房など「共有地」を大切にされていますね。

西村周治さん

単純に、空き家がどんどん生まれているという状況なので、建物そのものに価値はなくなっていきます。むしろ、その建物のまわりの共有地がどんな場になっているか、そこに住んでいる人々がどのようにその共有地を利用するかで、その場所とその建物の価値があがっていくと考えています。

──  八清さんの「さらしや長屋」もそうでした。

西村孝平さん

最初は長屋のうちの1軒だけ売却の依頼があったんですが、残りの3軒も空いていたので、長屋の他の空き家所有者のことをお伺いしたところ、それぞれの所有者にも働きかけてくれ、路地ごと譲り受ける(購入する)ことになりました。1軒だけではおもしろいことはできなかったと思いますし、4軒がまとまっているからこそおもしろいものができたと思います。

──  お三方は、目をキラキラさせて空き家のことを話されるのが印象的です。

西村周治さん

空き家問題は最近ニュースを騒がせていますし、日本は世界一の空き家大国になると言われています。しかし、空き家問題は、本当に問題なのでしょうか? 僕は利活用可能な資源や財産がどんどん増えているとも考えてます。空き家は問題ではなく、めっちゃおもしろい存在。これからさらにおもしろくなると思っています。

──  そう聞くと、京都は新たに開発する土地は無くなってきたと言われますが、活用意向のない空き家4万5,100戸もの余白があるとも言えますね。

トークセッション2を終えて

「価値」という観点から、まず京町家ローンやセカンドローンなどファイナンスの話が印象的なセッションになったように思います。暮らし方や所有の価値観が大きく変化しているなかで、行政や金融機関がその信用を担保に新たな制度や基準を設けて、ローンや税のあり方が変わることへの期待が議論されました。一方で、京町家ローンの立ち上げに10年もの時間を費されたように、意思決定には時間がかかる問題でもあります。そのほか、「物件がある程度まとまっていること」や「建物以外の共有地があること」「DITのように共につくること」で価値が生まれるというのも重要な論点でした。空き家物件単体で価値になるということは難しくても、その場を活用する人のアイデアやアクションに価値が生まれたり融資がついたりすることを踏まえて、空き家を「舞台」として捉えることで新たな価値を生み出すことができるのかもしれません。

トークセッション3

伝達 / Media

3つめの「伝達」をテーマとしたセッションは、質の高い情報発信をおこなうメディアを運営しながら、まちや人に新たな動きを起こしている実践者をゲストに招きました。どのような想いでメディアを立ち上げたのか? 運営上の工夫や苦労は? 情報を周知すること、情報を発掘することをキーワードに、メディアを活用しながらのコミュニケーションについて議論したいと思います。

登壇ゲスト(敬称略)

・藤原正賢(株式会社Huuuu、長野県)

・水口貴之(株式会社51Action R&D京都R不動産、京都府)

・森一峻(一般社団法人東彼杵(ひがしそのぎ)ひとこともの公社、長崎県)

なぜメディアを運営するのか?
本音で伝える価値と、つながる仕組み

水口貴之さん

「京都R不動産」をやっている水口と言います。大学卒業後に広告代理店やIT企業で働いていたのですが、京北町にある祖父の家が築300年くらいの茅葺の家で古民家に興味があったのと、もともと「東京R不動産」のファンだったことから不動産業を始めました。

「京都R不動産」を運営する51Action R&Dの水口さん

──  水口さんは不動産の物件サイトを運営されているわけですが、物件のその先にある、まちや営みを届けている「メディア」なのではないかと思い、「伝達」というセッションに登壇していただきました。

水口貴之さん

R不動産の創業メンバーに「R不動産って何?」って聞いたら、不動産屋と答えたのは8人中1人くらいだったんです。なので、今回「伝達」というテーマで声をかけてもらえたのは個人的に嬉しかったです。R不動産のサイトは、創業時からテキスト(文章)を重視した体裁を守っているのが特徴です。PC画面でじっくり読んでほしいこともあって、当初はスマホサイトもあえてつくらなかったぐらい、読んでもらうことを重視し、必要以上の最適化はいらないと考えています。

京都R不動産」は、全国10ヶ所目のR不動産シリーズとして2017年にオープン。アクセスしてくるユーザーの6〜7割が京都府外からだという

森一峻さん

長崎県の東彼杵(ひがしそのぎ)町という人口7,500人のまちから来ました。人口は県で下から2番目で、コンビニも潰れかかったようなエリアだったんです。10年前に使われなくなっていた農協の米倉庫をリノベーションしたことがきっかけとなり、周辺の古民家や空き家を利活用して、小商いのお店を増やそうと考えました。小さなまちなんですが、この5年ほどで30店舗くらいが開業し、移住者は50人を超えました。

解体予定だった倉庫を改修した集合型店舗の「Sorrisoriso(ソリッソリッソ)」。東彼杵のまちの拠点として、地域内外の人が集まり、新しいアイデアや企画が生まれる場所になっている(画像ご提供:くじらの髭

森一峻さん

こうした場所の運営を通じて、新しく事業をはじめたい人の支援をしつつ、いまは地域の「ひと」「こと」「もの」を発信するための「くじらの髭」というウェブメディアなどを運営しています。特に「ひと」に力を入れています。

森さん曰く「まちづくりのカギは、まちの活気が経営にダイレクトに影響する自営業者にある」のだそう。だからこそ、自営業者同士のコミュニティをつくったり、エリアへ出店する場合は無償で移住を含めたサポートをしているとのこと

森一峻さん

空き家でいうと、東彼杵には不動産屋さんがないんです。ですから、大家と移住者の間に入って「あいつだったら貸してもいい」という役で契約書をつくったり、できる範囲でお手伝いをしています。

藤原正賢さん

私は先ほど登壇されていた長野県庁の松本さんと一緒に、長野県の移住総合ウェブメディア「SuuHaa(スーハー)」を運営しています。「SuuHaa」は、長野県と信濃毎日新聞社と地元の編集プロダクションである「Huuuu」の3社が一緒に立ち上げました。行政らしくないメディアを目指していて、空き家のほかにも暮らしや仕事、教育や災害対策の話などいろんな情報をワンストップで提供しています。

SuuHaa」は、新規就農や新卒のUIターンなど目的別の発信が主体だった長野県庁の移住情報に対して、「目的がない人たちの受け皿」となるような包括的情報を届けたいという構想から生まれた

藤原正賢さん

メディアの方針として「本音」を届けることを意識していて、たとえば上京した人に「地元は好き、でも長野に戻れない理由」といった話など移住につなげるための切り口を本音で発信しています。

「SuuHaa」編集長の藤原さん。「移住には明確なゴールがなく、難しい課題。行政だけで地域の課題を解決しようとすると、できることに限界があると思うんです」

水口貴之さん

藤原さんの「本音で伝える」ということに共感します。京都R不動産では、古い建物を扱うこともあり、すきま風が入りそうとか漏水箇所があるとか物件のネガティブな情報も届けています。なかには後からクレームを言われる人もいるので、事前に読んでから申し込んでもらうようにお願いしています。それと、メディアだからこそ、自分たちのやりたいこと/考えていることも届けています。

物件やエリアに関するコラムも。「京都R不動産が取り上げる物件によって、いまどういう地域や建物に可能性があるのか、一般の観光サイトや雑誌より京都の都市の状況を深く知ることができる」(光川)

──  森さんは、倉庫のリノベーションなど場所づくりから始まり、その後、ご自身でメディアを展開されていった理由はなんでしょうか。

森一峻さん

最初は情報を周知するためにSNSを活用して発信していましたが、SNSだと情報が流れてしまうので、発掘した情報の価値をストックしていきたいと思ったからです。

──  フロー型で即時的なメディアであるSNSは、情報のアーカイブ性が弱いですよね。「ひと」というテーマに力を入れているとのことですが、誰を紹介するかというのはどうやって決めているのですか。

森一峻さん

民間の立場である私たちから推薦したり前回出た人に紹介してもらったりしながら選んでいます。

──  「くじらの髭」だけでなく、「ローカルしらべ」「いとなみ研究室」というメディアも運営されています。

森一峻さん

その2つは長崎県を拠点とした姉妹サイトで、長崎県庁地域づくり推進班の人と一緒につくっています。「ローカルしらべ」は各地で活躍するローカルコーディネーターを紹介していて、地域の情報だけでなく、地域の情報を持った人と実際に会えることをねらいとしています。「いとなみ研究室」は各地のキーパーソンたちを講師に招いて公開取材を行っています。最小単位の「いとなみ」を見える化することを目的にしています。

ローカルしらべ

──  東彼杵の情報を届ける「くじらの髭」の親サイトのような存在ですが、どのような背景から立ち上げたのでしょうか?

森一峻さん

東彼杵は、もともと物件数の母数が少ないこともあり、移住者が増えたことで空き家がなくなってきたんです。空き家バンクも待ち状態が続いていて、登録者300人に対して1件しか残っていない状況です。それでも移住したいという声があり、どうするのが良いのかと考えて、より広域の長崎県のローカルを掘り起こそうと考えました。活動範囲は九州全域まで広がっています。そもそも「東彼杵」のことを知ってもらおうと思うと、九州全域でつながらないと気づいてもらえないというのもありました。

──  「ローカルしらべ」では、地域情報に詳しいが裏方になりがちなライターやカメラマンなどを「Editor」として紹介し、直接つながる仕組みをつくっているんですね。

藤原正賢さん

「SuuHaa」というメディアも「入口」に過ぎません。移住検討者とともに一緒にローカルな酒場に行ったり、気の合いそうなコミュニティを紹介したり、対面でのコミュニケーションが移住の背中を押すことにつながっていると思います。

──  移住メディアなのに「地元に戻れない人」を取材されていました。自治体がらみのプロジェクトとしてはよく切り込んだなあと。

藤原正賢さん

正直ここまでできるとは思いませんでした(笑)。できた理由のひとつは、県庁職員も含めて、受発注の関係を超えてフラットな立場で編集会議をしているからです。重要なのは、移住検討者がどのような情報をほしいかと、伝えたいことのバランスだと考えていて、真っ向から「長野は住みやすいまちです」と言っても響きませんよね。本当に来てほしい人の声、悩んでいる人の話が地元を見直すきっかけになるかもしれない。ですから、次は長野に移住したけど、また戻ってしまった人の座談会も企画しています。移住して不幸になるのはこちらも嫌なので、ちゃんとターゲティングをしたいと思っています。

──  攻めてますね。確かにものを買うときにはネガティブ情報も見てから決めますし、移住という一大イベントであれば、なおさら知りたいことですね。

藤原正賢さん

一時的な滞在を促す観光メディアではないので、丁寧に伝えていくことは大事かなと。なかには「長野 教育移住 失敗」とかのキーワードで検索している人もいて、みんなリアルなことを知りたいんだと思います。

何をゴールに、どんな情報を届けるか?
発掘することと周知することの違い

──  信濃毎日新聞というマスメディアと編集体制を組んでいるのも珍しいです。インターネットと関わりの薄い高齢層にも情報が届くように思います。

藤原正賢さん

そこはすごく意識しています。移住したら終わりではなく、そこから「営み」を続けていくことが大事なので、単に外向けの発信ではなく内側、移住された人にも情報を届けることは大事ですから、地元の新聞社のおかげで広がりがあります。また、新聞社のネットワークやネームバリューが取材する上で役に立ちますね。

──  「くじらの髭」は、自治体とどのように連携をしていますか。

森一峻さん

ウェブに関しては、役場の人の見える化がもっとできればいいなということで行政の方を取材しています。民間だけでなく行政のなかにもキーマンはいるので、両輪を出していくことで、新たなつながりを生むことができると考えています。また、人口7,500人のまちでは、ある意味、町内が見えすぎるので行政のフォローがあると助かることがあります。

──  行政にも頑張っている人はいるのに、なぜか光が当たらないですよね。移住やまちづくりの文脈でいうと、水口さんは事前打ち合わせの際に「京都の場合、まちづくりの必要はないのではないか」とお話しされていたのが印象的でした。

水口貴之さん

その言葉だけだと語弊がありますが、人口規模やすでにコミュニティがあるという点において「まちづくり」のような大きなスローガンは必要ないと思っています。昔からの暮らしが脈々と積み重なっているのが京都で、その人たちを無視してしまうのは失礼だと思うんです。京都は音楽でも文化でも建築でもゲリラ的に面白い活動がそれぞれで行われていて、その多様性を受け入れられるまちでもありますし、みんなで同じことをする必要がないのかなと。

──  ひとつの大きな物語でくくるよりも、自然発生的に生まれる個人主導のムーブメントが絶えずまちを豊かにしてくれる、ということですね。それだけの都市規模があると。

水口貴之さん

何かひとつのことにくくられるのを京都人は嫌います(笑)。「まちづくりをしたい」というと「あんた、なにもんや」と言われるし、「自分はこういうことをやっている」だけでいいのかなと。

──  「Kyoto Dig Home Project」でも「価値はユーザーが選ぶ」というキャッチコピーを採用しています。多様な価値/多様な選択肢があって良いというメッセージを伝達したいなと。次に会場からの質問です。みなさんある程度、ターゲットを絞っているとはいえ、不特定多数の人に情報を届ける難しさやコミュニケーションの課題についてお聞きしたいです、と。

藤原正賢さん

不特定多数の場合、PV数(ページビュー数)だけを重視すると思うんですが、「SuuHaa」の場合は資料請求の数とかにも指標を置いていて、そのバランスが大事かなと。広く届けることはマスメディアに任せて、自分たちは発掘だったり丁寧に届けていくことをやっていくようにと考えています。

SuuHaa」のゴールは、PV数ではなく「資料請求の数」に設定。サイト公開後1年間の間に、資料請求の数は470組に。サイトとともに長野県のフリーマガジン『長野に住みたいあなたの背中を押す本』を制作した

水口貴之さん

うちも同じですね。ウェブサイトに物件をアップすると、ほとんど1組目で決まって終わりなんです。PV数を取る必要はなくて、10組くらい案内しても決まらない物件は掲載をやめるようにしています。あと、SNSをやらない。いろんな人と毎日会うことでどんな物件がいいか、どんな物件を求めているかがわかってくるのですが、そういうことに手を抜かず、骨太な情報を届けていく方が大事だと考えています。

──  続いての質問です。どのような手段で伝えるのがいいと思いますか。テキスト記事でいいのか、動画、それとも“ながら”でも情報が得られるような音声メディアがいいのか。

藤原正賢さん

「SuuHaa」では音声メディアも積極的にやっていきたいと思っています。やれることはやっていくということで、手段を決めずにチャレンジしていきたいですね。

森一峻さん

動画配信もやっていますが、テキストは誤解を招かないし、コアな人に届いたり伝わるものの意味合いが変わったりすると思います。両方必要だけど、自分は文字のほうが大事。コアなところに届いた方が、その後、おもしろいことが起こっていくと思っています。

「取材したものがテキストになるまでにタイムラグが生まれ、その時間があることで批評的に内容を見直せることができますよね。本当に伝えたかったことを整理する作業なのかも」(光川)

トークセッション3を終えて

「伝達」と言っても、広く周知することと新しい情報を発掘すること、この2つは似て非なるものであることを改めて学べたセッションでした。また「本音で届ける」ことが、その情報を本当に必要としている人に届くための近道であるという話でもあったかと思います。特に行政は、配慮する対象が多く、当たり障りのない企画や表現に陥りがちです。そして、リーチに強いマスメディアとの使い分けや、テキストメディアと動画・音声メディアとの違いにも話がおよび、情報を発掘し、適切な意味をもって届くことの重要性についても語られました。メディア単体だけではなく、まちの現場の情報を、「メディア」と「直接的な体験」の両軸を行き来して伝達することで、新たな人の動きにもつながっていく価値あるお話であったように思います。

トークセッション4

表現 / Image

最後のセッションでは、空き家を利活用するための「表現」について、京都を拠点に活躍をされている不動産業に携わる方々をゲストに議論しました。物件の所有者と買い手・借り手、ときに地域の方々との間に立つ “繋ぎ手”となって、まちに新たな息吹を与える不動産業。その先端的な取組や、京都という都市の特性を踏まえつつ、今どのような「表現」をおこなうことで、これまでになかった空き家の利活用のイメージをつくることができるのかを問いました。

登壇ゲスト(敬称略)

・扇沢友樹、日下部淑世(株式会社めい、京都府)

・岸本千佳(株式会社アッドスパイス、京都府)

・吉田創一(株式会社フラットエージェンシー、京都府)

先進的な「表現」の背景にある
まちに与える不動産の影響力

岸本千佳さん

私は所有者からの相談がほとんどで、「空き家をどう活用していいか、わからない」「とにかくどうにかしてほしい」というざっくりとした相談を受けることが多く、そこで利活用するための企画を考えて所有者に提案し、実現するためのチームを組んで設計・施工し、入居者の募集や運営・管理までおこなう場合もあります。

西陣を拠点に不動産のプロデュースをおこなうアッドスパイスの岸本千佳さん。京都空家会議の会場となった「Fab Cafe Kyoto」も岸本さんが仲介した。仲介だけでなく、企画、設計、運営まで不動活用を一貫してプロデュースしている
岸本さんが手がけた「つれづれnishijin」。北野商店街沿いと路地の一体の7軒の木造戸建てをリノベーションし、レコードショップや着生植物専門店などエッジの立った個人事業主の入居者が集う(画像ご提供:アッドスパイス)
高度経済成長期に多く建てられた木賃アパートをアトリエ兼住居としてリノベーションした「tede」。作り手の“日常”に寄り添う場をコンセプトに、作業場と住まいを分けた空間設計に(画像ご提供:アッドスパイス)

岸本千佳さん

とくに京都のクリエイターが育つ環境を醸成することを目指しています。クリエイターと一言でいっても、高額な賃料を負担できる「売れてる層」だけでなく、「食えてる層」や学生も含めた「これから層」など、キャリアや事業規模に応じた場の多様性が必要だと考えています。すべての層が京都の資源であり、彼らが魅力だと思える環境や場がないと京都外へ出ていってしまう。リノベーションをする際も、クリエイティブな入居者の創作意欲に委ねて、半改装ぐらいに留めていることもあります。

これまでの企画・仲介で得た知見をふまえ、岸本さんが作成した、京都のクリエーターと物件の関係図。「長期的な視点で見ると循環している。すべての層が京都の資源であり、環境や場が必要」と岸本さん(画像ご提供:岸本千佳さん)

吉田創一さん

京都市北区で生まれ現在までずっと北区に在住しておりまして、会社の拠点も北区にあります。ちょうど創業50年を迎えるタイミングなのですが、「世代を超えて地域から愛される」をモットーに不動産業からまちづくり業へとシフトしてきているように思います。

フラットエージェンシー代表取締役の吉田創一さん。毎朝近くの大徳寺へ連れて行ってもらったことが幼少期の原風景で、現在、空き家の利活用などで関わる新大宮商店街も生活動線だった

吉田創一さん

空き家の活用ということでは、新大宮商店街の通り沿いに4棟あった空き家が更地になったのですが、ポッカリできた約100坪の空き地と隣地の空き店舗を活用して地域の交流ができる広場をつくった事例を紹介します。土地の所有者はこの地域に愛着を持っておられる方で、この場所単独での収益よりもエリア一帯を魅力的にすることで、所有されている他の不動産の価値を上げていくという視点ももっておられます。

商店街の中にある「新大宮広場」は、空き家を取り壊した跡地を広場にすることでフリーマーケットやフードカーに貸出できる空間に。まちの賑わいをつくることで、地域全体の価値を上げることをねらいとしている(画像ご提供:吉田創一さん)

扇沢友樹さん

僕たち株式会社めいは、次の50年を見据えて事業をどう発展させるかと議論していた際に「街や不動産はもっと人の才能に貢献できる」というスローガンを掲げました。人口減少といった変化によってドラスティックに社会のルールが変わっていくなかで、むしろ不動産業の可能性を感じていて、不動産を活用したプロダクトやサービスを立ち上げています。

扇沢友樹さん

京都という都市型のまちで空き家の利活用を考えたとき、僕たちは500平米以上の建物をターゲットに決めました。産業構造の変化によって不要になってしまった大規模な建物が残っているんですが、所有者としては壊しづらいし、エリアに影響を与える可能性を秘めているとも言えます。

河岸ホテル(画像ご提供:株式会社めい)

扇沢友樹さん

手掛けた「河岸ホテル」は、上層階は元々社員寮で、下は野菜倉庫でした。倉庫は4mの天井高のある空間で、大きな作品をつくりたいアーティストに向いているのではないかと考え、若手作家が共同生活を送りながら制作活動をおこなうシェアアトリエを併設したホテルとして運営しています。アトリエ付きシェアハウスは、これまでに問い合わせが140件くらいありました。

京都というまちの特性を活かした
空き家の可能性とは?

──  このセッションでは、京都というまちの特性を知るみなさんに、どのような事業を表現していきたいかを伺いたいです。

扇沢友樹さん

僕たちは河岸ホテルの名義で、路地奥の再建築不可物件を活用し、アートと一緒に暮らす家を供給するための「現代文化住宅」という事業を始めます。日本人の暮らしにアートが馴染まないのは住居の問題もあるのでは、という問いから住まいを考えました。路地奥の狭小住宅でも、大きなアート作品を飾れる空間にリノベーションし、この家が一つ売れるごとに、河岸ホテルでアート作品を一つコレクションし、住み手はアート作品をホテルに収蔵したり、リースすることができるというサービスです。路地奥の空き家を活用して、新しいアートと住居の関係を築きたいと考えています。

河岸ホテルの新事業である「現代文化住宅」は、不動産の所有(購入)に際して、ホテルが所蔵庫の役割を担い、物件購入者はアート作品の無償リース(搬入費と保険料は別途)が可能になるというもの(画像ご提供:株式会社めい)

──  日本の住宅、とくに路地奥の狭小住宅には、大きな絵を飾れるような壁はなかったですが、そこをリノベーションの軸に置かれているのですね。吉田さんは、未来に向けてどのようなことに力を入れていますか。

吉田創一さん

先ほど話した新大宮広場も含めて、私どもの本社のある紫野や紫竹エリアの商店主や企業、地域の方とつながって、ここに住めば夢が実現できるようなエリアにしていきたいと考えてミーティングを重ねています。具体的な事例では、このエリアの商店街にも空き店舗や空き家があり、京都市や扇沢さん・日下部さんたちとも連携して「京都物語商店」という事業をおこないました。

扇沢友樹さん

商店街のシャッターを開けるにはどうしたらいいかという課題をもらって、まず所有者が住まれていない空き店舗にヒアリングをしたんです。かつて商売をしていた物件への思い入れやご近所との関係があるから「変な人に貸したくない」という声が多く、その障壁が賃料を上げる原因になり、空き店舗化の要因になっていました。そこでオーナーさんに「どんな人なら貸したいか」を丁寧に聞いて、その方の想いを「京都物語商店」のウェブサイトにインタビュー記事というかたちで公開したんです。すると、借りたい人からの問い合わせがたくさんあり、所有者の想いが伝わるぶん、マッチングの精度も高くなりました。所有者には賃料を下げてもらえないかと、フラットエージェンシーさんが窓口になって交渉してもらったこともありました。

京都物語商店

吉田創一さん

これがきっかけで、弊社のスタッフが空き店舗に営業をして、3年間で20店舗くらいご紹介させてもらって商店街にも少しずつ活気が戻ってきました。私たちもせっかく貸すのであれば長く続けてほしいという思いもあります。お店を始めて3年続くかが、その後5年・10年続けられるかの鍵となるため、最初の3年間は家賃を下げるという支援もしています。金融機関や所有者を含めて地域で、新しい商店主を応援しようというわけです。また、募集の方法も単に賃貸募集するのではなく、入居者と面接をして地域を盛り上げてくれるような人を選んでいて、入居後3年以降は応援団側になってもらうということで、長い時間をかけて地域で活躍してくれたり応援してくれる人を育てていくという「むらさきスタイルプロジェクト」を始めたところです。

岸本千佳さん

私たちはこれまで京都のクリエイターが育つ環境づくりを手掛けてきたのですが、振り返ってみると、飲食クリエイターにおける「これからの層」に対してのアプローチができていなかったなあと。つまり、開業するための準備をしていたり、趣味の延長線上にお菓子を作って売りたいけれど開業までは考えていない人に向けた場所です。そこで菓子製造に特化したシェアキッチンをつくることができないかと考えており、オーナーを探しています。単にシェアキッチンというだけではなく、曜日貸しで値段を安くするとか、お金の借り方とかが苦手な人に資金計画を教えたり、写真映えする器を作る陶器メーカーとのコラボを企画したり、ただ場を用意するだけじゃなく複合的に下支えできるようなシステムを構想しています。

不動産屋の立場だから言える
子育て世代や所有者に伝えたいこと

──  事業をなされる方の受け皿も重要ですが、京都市では若者・子育て世代の市外への転出が課題になっています。この世代にフォーカスしたアプローチでは、どのようなことが重要だと思いますか。

扇沢友樹さん

僕自身、子育て中です。京都でも新築でなければ2,000万円以下でも家を買うことができます。それをリノベして住んでいるうちに、子どもが大きくなれば誰かに貸して、住む家をステップアップすればいいと思っています。いい家1軒に住み続けるのではなく、子どもの成長やライフステージに合わせて2軒、3軒…ともっとラフに住み替えれば無駄がなくていいのではないかと。僕らの親世代と違って、人口が減少し家が余るので、子ども部屋が必要になったら隣接する家を買い足すとか、そんな考えがあってもいいと思います。

──  岸本さんも子育て世代ですが、京都にどのような可能性があると思いますか。

岸本千佳さん

この「Kyoto Dig Home Project」の一環で、まちのエッセイを書き下ろしています。中心部というより郊外を中心に「住む」という観点で、京都のまちを掘り起こしていく連載なのですが、私のような仕事をしていても、意外とまだ知らないまちが京都には眠っていると思っています。とくに京都における住宅地の知識が偏っていて、認知度の差があり過ぎるように感じています。購入者側も、もうちょっといろんなまちのことを知ったり、偏見を取っ払うことで、自分に似合ったまちや家と出会えるように思います。

──  初回は山科の御陵でした。アクセスも良く、市内中心部まで地下鉄で10分もかかりませんね。

岸本千佳さん

御陵はどのような地域か特色を思い描けない人も多いかもしれませんが、京都中探しても他にないぐらいとっても気持ちが良い散歩ルートがあります。

岸本千佳さんの連載コラム「あなたは京都の、どこに住む?第1回御陵編」

──  吉田さんは、京都のどこに可能性を感じていますか?

吉田創一さん

山科というキーワードが出ましたが、私は農業をもっと事業化したいと思っています。街中から少し離れたところの空き家を活用してできないかなと。今は大原でシェア農園を試しているところで、これから農園付きの住宅を分譲する予定です。私たちの本拠地である北区にも西賀茂や大宮玄琢というエリアがあるのですが、農家が多い地域です。しかし、高齢で辞める人も多いので、空き家とともに農地を引き受けていければ、くらしと仕事を提供できる可能性もあるし、就農者に限らず、子育て世代にとっていい環境を提案できるのではないかと考えています。

──  観光地ではなく住宅地という観点で見ると、まだまだ京都はディグれると。買い手・借り手へのアドバイスが続きましたが、物件の所有者側へのアドバイスはありませんか。

岸本千佳さん

私のところには、親から代替わりした50代の所有者からの相談が多いんですが、ざっくりとした相談を受けることが多いんです。「こういう用途にしたい」といった具体的なことより、「こういうことを大事にしたい」とか、ふんわりとでもいいので大切にしている価値観を伝えてもらえる方がいいですね。普通は不動産屋に話さない内容かもしれないけれど、伝えてもらえると企画を提案しやすいです。

日下部淑世さん

最初から売るとか貸すとかを決めつけず、相談できる不動産屋を複数見つけて、抽象的でもいいので話を聞いてもらうのが大事かなと思います。たまたまポストインされていたチラシの不動産屋だけを頼ると、所有者が売りたいと思っていれば、売る方向に話を持っていかれるケースが多いと思います。頭ごなしに決めないことで、物件の新しい活用の未来が見えることもあると思います。

──  セカンドオピニオンのような発想ですね。今後、自治体との連携で期待することがあればお願いします。

扇沢友樹さん

先ほどお話しした「現代文化住宅」もそうですが、再建築不可の路地奥物件はアンタッチャブルな扱いになっている。人口が減っているので、もう迷っている余地がないと思うんです。どこかで折り合いをつけて決めていかないといけないし、行政も民間業者も触れてこなかった問題をそのままにして、空き家の問題を解決するには難しいところまできてしまった。法律が絡むことなので、行政からのサポートが必要です。

岸本千佳さん

京都に在住していないと事業ローンが降りない金融機関があり、移住者が事業をするとき、物件の所有者も事業主もつまずくケースがあります。自治体も含めた対応の必要性を感じています。あと、用途地域も第一種低層住居専用地域(*)がいまだに多く、現状に合っていないように思いますね。

(*)低層住宅の良好な住環境意を守るため、用途地域の中で最も厳しい規制がかけられている。

吉田創一さん

自治体への要望ではないのですが、空き家という大きな課題は、一社だけでどうにかするのは難しいので、多くの人たちと連携していきたいと思います。

トークセッション4を終えて

民間事業者の先進的な活動の背景に、昔の速度感でやっていると本当に詰んでしまうという緊張感があり、これまでになかった「表現」を通じて、エリアや建物の価値を掘り起こしていくような学びがありました。ライフステージに応じて住宅をステップアップしていく、所有者への丁寧なヒアリングを通じて借り手を逆に発掘する、つくり直すより壊すことで人の賑わいをつくるなど、プロジェクトチームの頭をリフレッシュさせてくれる機会になりました。そして、これだけ個性的な不動産プレイヤーのつながりが強いのも京都の強みだなと改めて感じるセッションになりました。

エンディングトーク

イベントを振り返って

「人」「価値」「伝達」「表現」のテーマに沿って4つのトークセッションが行われた「京都空家会議」。その締めくくりに、イベントで語られた内容を受け、今後の京都市の空き家対策にどのようにつなげていけるのか、振り返りました。

上原(京都市住宅室担当部長)

今日は熱心なご意見をいただきありがとうございました。行政では「活用意向のない空き家が何軒ある」とか「人口が何人減少している」とか、数やモノで考える傾向が多いように思います。でも今日お話をうかがって、それぞれに人がどう関わるか、どんな人に住んでもらってそれによって地域がどう変わるかが大事だと改めて思いました。今日のイベントで終わらないように、これからの京都のまちづくりのなかで空き家をどう活かしていくか、引き続きみなさんの意見を伺いながら考えていきたいと思います。

田村(京都市空き家対策担当課長)

特に感激したのが誰一人行政を邪魔者だとせずに協力してほしいと言っていただけたことで、これはありがたいと思いますし、みなさんと一緒に何ができるか考えていきたいと思っています。

──ローンなどのファイナンスや税制にも話は及びました。

上原

ローンの問題も行政が取り組まないといけないと思っており、地元の銀行とすでにやり取りを進めています。ただ、銀行の担当者がおっしゃったのは新築を買う人はキラキラしていると。確かに広告を見てもキラキラしている。新しければいいという価値観で物事が動いていますけど、今日をきっかけにそうじゃない価値観が絶対にあると確信しました。そして、中古住宅を買う人もキラキラとしているとみてもらうために、京都だからこそ始めることができるんじゃないかとワクワクしています。それを仕組みとしてどうやって実現するか、一生懸命頑張りたいと思います。

田村

行政では全市的な考えで政策を考えて、どの地域にとってもいいように、平等に、という意識が常にあるんですけど、みなさんのお話を聞いていると最初から全体を狙うのではなかなか目に見えたかたちで空き家対策を進めるのが難しいのかもしれないなと感じました。そういうことも積み重ねながら広くみなさんにお伝えすることも行政の役割で、空き家対策という括りだけではなくて、まちづくりや防災も含めて、いろんなことを組み合わせながら発信していかないと、みなさんの動きにはついていけないのではないかと強く思いました。

イベントを終えて

京都内外で活動する実践者のみなさんが、官民の垣根を越えて空き家について意見を交わした「京都空家会議 KYOTO DIG HOME SUMMIT」。開催後のアンケートでは、お答えいただいた方の約2割が20代、そして30代40代の方がそれぞれ約3割ずつという年齢構成が見えてきました。まさに空き家を所有している、あるいは将来的に所有し得ると思しき方々から多くの声をいただくことができたのではないでしょうか。そして、お答えいただいた方の約9割を超える方に、この会議に対して「満足」「やや満足」とお答えいただきました。

自由回答ではご自身の思いをしっかりと書き綴られた回答が多く見られ、「『空き家をどう使って楽しむか?』という考え方に新しさを感じました」といった、空き家を「問題」としてではなく「可能性」ととらえる視点に刺激を受けたというご感想をいただきました。なかには「ネガティブな姿勢を切り替えられました」「気持ちの整理ができました」と、今回のイベントに背中を押されたという声も。「施工事例の発表だけでなく、事例の物件(空き家)を有効活用するに至るまでの苦労した点やそのときに困ったこと」をむしろ多く聞きたかったというご指摘もいただきました。マネタイズやファイナンスに関する本音のトークも繰り広げられ、これからの空き家活用を考えるうえで実践的な知見が多く得られる場だったのではないでしょうか。

われわれプロジェクトチームはみなさんのトークを聞いて終わりにせず、これからへと繋げて行くことが大切だと考えています。イベント後、「『Kyoto Dig Home Project』としてどのように今後の取組へと結びつけていくべきなのか?」について語り合いました。次回記事では、プロジェクトメンバーによる座談会形式で、京都市における空き家利活用の具体的な検討へと議論を展開します。これまで、そしてこれからの記事を読んだ皆さまのご感想をぜひお聞かせください。

最後に、京都空家会議にご登壇いただいた皆さま、現地にてご参加いただいた皆さま、オンライン配信にてご視聴いただいた皆さま、誠にありがとうございました。「Kyoto Dig Home Project」のこれからにもぜひご関心をいただけると幸いです。そしてこの記事ではじめて「Kyoto Dig Home Project」の活動をお知りになった皆さま、ぜひこれからもご協力をよろしくお願いします。

credit:

企画編集:KyotoDigHomeProjectチーム

執筆:河合篤子

撮影:山崎純敬

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