最近注目の店舗が並ぶ仁王門通りと新間之町通りの交差点を北にあがると、印象的な行燈看板とのれんが右手に見えてきます。いわゆる「お惣菜」をテイクアウトできるデリカテッセンであり店内で飲食もできる齋藤商店がそのお店。運営するのは、東京の会社勤めを経て、夫婦で京都の古い町家を借り、改修した齋藤美玲さん。
もともと京都にはご夫婦で旅行に来ることも多かったという齋藤さん。東京から京都へ移る決め手のひとつは「食」でした。東山の美術館エリアと繁華街との間にある好立地の物件とどうやってめぐりあったのか、そしてどのような改修をされたのか、京都ならではの食材へのこだわり、DIYでつくり上げた店舗、地域との関わりなどなど。開業に至るまでの経緯と現在の暮らし、これからの展望を聞きました。
あらたにお店をはじめる方のみならず、「これからの暮らし方」について考えている方に参考になるお話ばかりです。
後編では、具体的にどんな改修をしたのか、そして実際京町家に住んでみてどうなのか、今後の展開についておうかがいしています。
前編はこちら
INDEX
なるべく自分たちで手を動かす

——物件の改修について教えてください。
齋藤美玲さん(以下:齋藤さん)
進め方として、矢田さんにもご協力いただき、3段階くらいでプランとそれぞれどれくらい料金がかかるかのアドバイスをもらい、なるべく自分たちで手を動かすプランを選択しました。
京都市の補助金も取得できていたらよりよかったのですが、残念ながらあてはまりそうなものがなかったんですよね。2024年4月末に引っ越して、改修にかけた時間はおよそ半年くらい。東京からの引っ越しも業者さんには頼まず、レンタカーを借りて3往復ぐらいしました。
——矢田さんに提案してもらったのは?
齋藤さん
大きな窓を取るというアイデア、そして厚みのある大きなピボットドアを入り口扉にするというアイデアは矢田さんに提案してもらいました。

——工務店に担当してもらったのはどこですか?
齋藤さん
主にインフラの部分ですね。中庭にあったお風呂とトイレの交換、配管のやりかえ、それから新しいトイレ前のタイル、土間打ち、柱の補強などもお願いしました。
——それ以外は齋藤さんご夫婦で?
齋藤さん
そうですね。もちろんキッチン等の設備機器の設置は業者さんにお願いしたのですが、自分たちで何が必要かを調べて購入しました。そのうえでダクトは工務店さんに取り付けてもらい、店舗のプランについてはオープン前に保健所に行って図面をみてもらいました。
——何が大変でしたか?
齋藤さん
夫が言うには、借りた当初は家中に隙間があったことが印象に残っているとのことです。いまでは隙間はおおむねうまく防げています。
保健所とのやりとりも大変でした。生活空間と店舗部分の区切りが必要、でも圧迫感のある壁のままでは……と考えて透明の窓にしました。


それから、1階の天井の「すす」を落とすのが大変でした。拭いても拭いてもすすが落ちてきて……かなり吸い込んでしまったと思います。
それから2階ですね。屋根裏の板の貼り付けも、壁塗りも自分たちでやったので、ものすごく腕が疲れました(笑)。夫にとっても2階の屋根裏の貼り付けはかなり印象に残っているようですね。壁はもともとの状態がよかったところはそのまま残しています。
2階はもともと4室ほどあったのですが、うち1室を吹き抜けにしました。床は板一枚が乗っているだけ、みたいな状態だったのでちょっと怖くて寝られませんでした。なので、改修期間中は1階でキャンプ用の簡易ベッドで寝ていました。




——どれくらいの金額がかかりましたか?
齋藤さん
最初の改修に1,000万円くらいかかりました。工務店さんとのやりとりも矢田さんにお願いする部分もありましたが、基本的には夫が直接やりとりをしていました。「もともと建築関係だったんですか?」と聞かれることもありました(笑)。
自転車で行ける範囲に様々なお店がある
——印象的な行燈看板やのれんはどうされたのですか?

齋藤さん
行燈看板はどうしてもつくりたかった、こだわりです。京都に旅行で来ている際に定宿にしていたところが立派な行燈看板を持っておられて、印象に残っていたんです。それで調べてみると、同じ町内にある板金屋さんがつくっているということがわかり、お願いに行きました。

聞くと、定宿にしていたところの作品は、その板金屋さんのお師匠さんのお仕事だということがわかって、縁を感じましたね。
——昔からあるものかと勘違いしていました。新たにつくられたものだったのですね。
齋藤さん
本当は銅でつくりたかったのですが、思い描いていたサイズだとあまりにも高額になってしまって……一回り小さなサイズをブリキでつくりました。
——ご近所でお願いできるというのは素敵ですね。
齋藤さん
大きな窓にかけたすだれも、御簾をつくっている職人さんが近くにおられてお願いすることができました。外観から見える大きな窓にかかっているすだれと、坪庭のお風呂にかかるすだれは目の密度を変えてもらっているんです。そういえば、この坪庭を復活させられたことはとてもよかったです。

のれんもご近所に作家さんがおられたので自転車でお願いにいきました。自転車で行ける範囲に様々なお店があるのも京都の魅力です。
「引っ越すまでは分からなかった」
——実際住んでみて、いかがですか?
齋藤さん
快適に過ごしていますよ。大変なことを強いて言うなら、浴室が母屋と離れた外(附属建物)にあるんですが、それが寒いこと、でしょうか。新しいトイレ前のタイルも冬場にすごく寒いんですよね。


建築関係者で町家に住んでいる方がお客さんにおられるんですが、「よく自分たちでこれだけ直せたね」と言ってもらっています。

——周囲のみなさんとはどうですか?
齋藤さん
改修しながら住み、住みながらお店をやっているということで、ご近所の方がよくお声かけくださるんですよね。引っ越すまでは分からなかったですが、ただ単に引っ越してくるよりお店を営む方が顔見知りになりやすかったのかもしれません。
まわりの方々がよくしてくださって、とても有り難いです。Uターンでこのあたりにお住まいという方も多いですし、奥様のご実家が京都にあって引っ越して来ましたというご家族もおられますね。町内会に入ることでいろいろと人の輪が広がっています。
また近隣住民のみなさんだけではなく、近くで店舗を営んでおられるみなさんにも頻繁にご利用いただき、また口コミで彼らのお客様にもお店を紹介していただいたりしています。

——町内会の取り組みは?
齋藤さん
うちの町内会は複数の組からなっていて、わたしはいま10組の組長をしています。京都ならではの大きい行事といえば、やっぱり8月の地蔵盆ですね。お子さんが多いので盛り上がるんです。
近くのお寺で地蔵盆をするんですが、うちの隣の路地にあるお地蔵さんを台車でお寺の中にお運びするんです。
「ゲストハウスもしてみたい」
——京都に引っ越してみてどうですか?
齋藤さん
京都は自転車でどこにでも行けてしまう、理想的なコンパクトさですよね。逆に言うと雨が降るとぱったり人が来なくなるという特徴もあります。
ここを拠点にして、近隣で良い物件があればぜひ活用したいな、という思いもあります。
——店舗を増やすのですか?
齋藤さん
じつは宿泊業(ゲストハウス)もしてみたいんですよね。外国の方々から「ここの2階に泊まれないのか?」と尋ねられることが多いんです。もしゲストハウスも運営できれば、朝食はいつもここで食べていただけますしね。

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前後編でお届けしてきた齋藤商店・齋藤さんのお話、いかがでしたか?
齋藤さんの取り組みは、単なる店舗経営ではなく「暮らすこと」と「働くこと」を一体化させたライフスタイルの実践だと言えるでしょう。古い町家を自らの手で再生し、地域資源を活かす齋藤さんの姿勢は、地方で小規模な飲食店を始めたい人にとって示唆に富むものでした。
これからも、地域と共に育っていく、愛されるお店になっていくのではないでしょうか。