空き家のゲーム(名前はまだない)つくっています

京都市に寄せられる空き家相談では、高齢となった所有者だけでは動きが取りづらく空き家状態が長引いているため、次の所有者となる子世代が一緒に相談に来るケースが多くあります。また、相続等により空き家となってすぐに相談に来る方は、解決までの時間が短い傾向にあります。ゆえに、ある物件を空き家にするもしないも、その「次の所有者」にかかっていると言っても過言ではありません。そこでKyoto Dig Home Projectでは、現在の物件所有者のみならず、将来の所有者となりうる世代にアクションをうながすような取組ができないかと話し合っていました。とりわけ、空き家所有者になる可能性を「自分事」としてとらえてもらうきっかけとなり、家族が揃いやすい、例えば正月のような機会に話題にしやすいようなものはないか?と。
 
そのときに有効な手段になりそうだと考えたのが、気づきや学びに楽しくアプローチできる「ゲーム」でした。
 
京都にはゲーム制作を専門とする「タンサン株式会社」というユニークな会社があります。その代表の朝戸一聖さんに、そもそも空き家をテーマとするゲームの制作は可能なのかを尋ねるところから、本企画がスタートしました。
 
ここからは、そんな朝戸さんや、京都市地域の空き家相談員であり、東山区六原学区まちづくり委員会の不動産コーディネーターとして地域の空き家対策にも深く関わっておられる小林悟さんのお話も織り交ぜながら、ゲーム制作の過程を紹介していきます。

INDEX

PROFILE

朝戸一聖

朝戸一聖

タンサン株式会社 代表取締役。年間数十種類のアナログゲームの制作を手がける。アートワーク、ゲームデザイン、ディレクション、ボードゲーム関連イベントなどを国内外問わず行う、「新しいあそびをつくる」京都のボードゲーム専門の制作会社を運営している。今までつくったゲーム数はざっと250。人気作に「ヒットマンガ」など。

小林悟

小林悟

株式会社スマート・ホーム 代表取締役、平成28年から京都市地域の空き家相談員として登録。京都府不動産コンサルティング協会理事、六原まちづくり委員会コーディネーター。安心・安全な不動産取引と揉めないことで家族みんながずっと笑顔でいられる住まいの相続対策を得意とする。不動産取引と相続に関する有益な情報を提供するセミナーを開催。空き家防止のため「住まいの終活サポート」に力を入れている。

ゲームは「メカニクス」の組み合わせ

——他の自治体でも遊びながら学べるすごろくをつくるなど、いろんなところで「ゲーム」を見るようになりましたが、そもそもゲームってどうやってつくるんですか?

朝戸さん
どんなゲームでもそうですが、「メカニクス」の組み合わせでつくります。メカニクスとはゲームのシステムやルールを言います。

例えば、麻雀は「ラミー」の一種とされます。ラミーとは「セットコレクション」という、役を揃えるメカニクスを持つゲームで、他にもセットコレクションを持つゲームはたくさんあるわけです。他にも、すごろくというメカニクスだったら、6マス目に止まりやすいので、そのマスは重要なマスにするなど、おさえるべきルールがいろいろとあります。

そのようなメカニクスを無視してつくると、ボードゲームやカードゲームという「形式」だけを借りた、遊びづらいものになったり、ゲームにする意味があまりないものができたりしかねません。

——朝戸さんのゲームづくりの特徴ってあるんですか?

朝戸さん
僕の場合は、既存のルールにのせるのではなく、表現したい行為からメカニクスを組み合わせることを心がけています。今回でいうと、「自分が持っているマイナスを解消していく」という空き家所有者が経験するであろう行為とゲームのメカニクスに類似性を持たせています。他には、「空き家に対するちょっとした積立て(前もっての行動)が重要である」と認識させることも意識しました。

昔はおもちゃ売り場にコーナーすらなかった

——朝戸さんのゲーム制作者という肩書きが気になるのですが、どんな方ですか?

朝戸さん
2011年に京都でボードゲームを制作する会社タンサン株式会社を立ち上げました。すごろくやドンジャラのような昔ながらのボードゲームはずっと人気ですが、「ユーロゲーム」と呼ばれる、新しくルールを覚えながら遊ぶゲームをつくる活動を大学時代から同期としていて、その延長上で起業しました。今では人気ゲームである「人狼」はユーロゲーム発祥です。ユーロゲームは今では主流になってきましたが、昔はおもちゃ売り場にコーナーすらなかったんですよね。

——「タンサン」という名前の由来は?

朝戸さん
飲み物に入っている「炭酸」です。「なくてもいいけど、あると嬉しい」ものだと思っています。炭酸のように、無駄だけどいいものをつくりたい。

——今回空き家問題をテーマにしたカードゲームを一緒につくっていますが、これまでも社会課題をモチーフにしたゲームを制作したことありますか?

朝戸さん
企業研修用に業務内容のシミュレーションゲームをつくったことがあります。架空のプロジェクトのマネジメントをできるようにしました。実際起こり得るリスクへの対応をシミュレーションするためのゲームです。

「まだ起こっていないことを擬似体験できる」―ゲームはシミュレーションと親和性がある

——「空き家に関するゲームをつくって欲しい」という依頼をもらって率直にどう思いました?

朝戸さん
自分自身が空き家を売ったことも買ったこともなかったので、シミュレーションできるようなものがいいのではと思いました。

まず京都市を含むプロジェクトチームと相談しながら、ゲームの形式を考えました。当初はすごろくのようなボードゲームを想定しているとのことでしたが、物件も違えば、入手方法や、活用の仕方も異なるので、単線的に進むボードゲームよりもカードの組み合わせで状況が多様に変わるカードゲームの方が合っているかなと考えました。すごろくを想像してもらうとわかりますが、あるマスに大事なことを書いていても、そこに止まってもらわない限りそれを読んでもらえないんですよね。

そしてターゲット。基本的には20〜30代のいずれ実家を引き継ぐ可能性のある方々が親御さんとも楽しめる、というところに落ち着いたように思いますが、もともとは「誰もが簡単に遊べるゲーム」にしようと考えていたので、「子ども」というターゲットも出ていました。子どものうちから住教育として楽しく学べ、子どもから親に気づきが伝わればよいなと。

ここで難しいのが「子どもと一緒に楽しめる」と「子ども向け」ではまったく違うということです。ある程度難しくしておいて、子どもでも楽しめるように簡単にすることはできるのですが、逆が困難なんです。そのあたりもしっかり話しながら決めていきました。

——楽しく遊んでもらうだけではなく、シミュレーションをするという目的を持たせようとしたわけですね。「空き家対策」というテーマでゲームを制作するに当たって気をつけた点はありますか?

朝戸さん
「まだ起こっていないことを擬似体験できる」という意味でゲームはシミュレーションと親和性がありますからね。

実情を知るために、京都市地域の空き家相談員さん(以下、空き家相談員)にどんな相談が寄せられ、所有者さんとの間でどんなやりとりがあるのかを京都市や空き家相談員の小林さんから教えてもらいながら検討しました。そして、「空き家を売るまでの行為・心情」をシミュレーションすることができればいいなと考えました。「家を売りたくない」という感情面と「家が売れない」という事実的側面をテーマとして扱い、「空き家が売れない/うまく売れないこともある」ということを体感してもらおう、と。同時に「売れない理由を解消するにはどうしたらいいか」を考えてもらう、ということも目的としました。

「ゲームのルール量」と「直感的な楽しさ」の塩梅をどうするか

——実際は空き家にしないことがベストなのですが、ゲームのルールとしては難しい。そこで、当初は「空き家を放置しないこと」をゴールにするアイデアを考えました。しかし、ゴールまでのプロセスで様々な壁に直面する方がゲームとして面白い。そこで「売ることへのハードルの多さを体感してもらう」というゴールに移っていったように思います。
ここまでプロトタイプの制作を進めてきて、何か悩んでいるところはありますか?

朝戸さん
「ゲームのルール量」と「直感的な楽しさ」の塩梅(バランス)をどうするかが悩みどころですね。本来、ゲームをプレイすること自体が目的になっていれば、ルールの複雑さもゲームの価値・面白さであると感じてくれます。

一方で、今回は「空き家についての問題」の気づきと学びがねらいなので、ゲーム自体の複雑さを取り除く必要がありました。これは、普段のゲーム制作ではあまり考えないことです。抽象化と面白さのバランスについてはよく検討しています。

——自身が空き家所有者になったらどうしようと思いました?

朝戸さん
うちも旗竿状の土地を持っていて、ゆくゆくはそれをどうするかを考えなければなりません。自分が空き家所有者になったときは、空き家相談員さんに相談に行きたいなと思いました。また、物件を購入する時点で売る時のことを同時に考えなければならないな、とも。時間もお金も有限であるということを分かっておくべきだなと思いました。

空き家は、「空き家になった」時点で「ステージ3」

ここで不動産の専門家にもお話を聞いてみましょう

このようにゲーム制作の専門家朝戸さんと協力しながらカードゲームをつくっていますが、実際に空き家所有者さんとやりとりしている専門家として、京都市地域の空き家相談員であり、東山区六原学区まちづくり委員会の不動産コーディネーターとしても活動されている小林悟さんにもサポートいただいています。

小林さんは、住民向けのすまい・相続講座などの開催を通して、住まい・空き家についての意識啓発にも尽力されています。今回カードゲーム制作のアドバイザーも引き受けてくださいました。そんな小林さんにもいくつかお尋ねしてみました。

——空き家に関するカードゲームをつくると聞いて率直にどう思いました?

小林さん
空き家というシリアスな話を、ゲームという形で楽しく考えてもらうのは良いアイデアだと思いました。空き家は、根本的な解決がとても難しいという意味で、「空き家になった」時点で「ステージ3」です。そのことを多くの人は知らないかもしれません。実家が空き家なのに、「倉庫として使っているからうちには関係のない話だ」など自覚症状が無い人もいらっしゃいます。「売りたくない、貸したくない、何も困ってない」という消極的な理由で長期間空き家となってしまい、やがて危険家屋化する状態は、多大な労力がかかる「ステージ4」、つまり末期です。

空き家の対策には予防が重要です。まず、今所有している家の将来に対して自覚症状を持ってもらい、解決しなければならない問題を早期発見してもらうことが必要だと思います。多くの人が「空き家になった」ステージ3になってからでないと動き出さないことが問題です。なので、ゲームをやるうちに、他人事だと思っていた自覚症状のない人が危機を感じてくれると良いと思います。ぜひ、親御さんが元気で建物コンディションが良好な「ステージ0」の人にもやってもらいたいですね。

——ゲームを実際に体験していて気づいたことなどはありますか?

小林さん
親がいなくなった時点、すなわち相続から始まることが多い空き家問題ですが、早くから親と話しておくことの重要性を改めて感じました。空き家に関わる人の共通認識が大切で、「継いでほしい、売りたくない、誰も住まないなら売却してお金で分けて欲しい」等と考えている親と、話し合いをすることから始める必要があるということを、多くの人が知っておくべきだと思います。

Kyoto Dig Home Projectのプロジェクトメンバーがこのような思いを持って、専門家である朝戸さんや小林さんとともに取り組んでいる空き家のカードゲーム、プレイしてみたくなりましたか?

「家のことを親に切り出すタイミングに悩んでいた」「子どもたちと話すきっかけや、ツールがほしい」といった方はぜひご活用下さい。単に、面白そうと感じた方にも利用していただければ、だれかの気づきや学びに結びつくかもと思っています。

今後、数回テストプレイを重ねながら、制作を進めていきます。テストプレイの様子も、適宜ご紹介していきますね。ぜひ続報にご注目ください。

「空き家のカードゲーム」試しに遊んでもらいました——その1

左手前から時計回りに、白木さん、中村さん、北山さん、吉田さん
テストプレイのようす

■どんなゲーム?
空き家の価値(価格)を高め流通(売却・賃貸)を目指すゲームです。外壁の破損や水回りの劣化といった建物自体の課題や、相続未登記などの不備、親(親族)との話し合いなど、物件の価値を下げたり、流通(売却・賃貸)を妨げるカードがゲームスタート時に配られます。課題の解消や、書類上の不備を解決するために専門家(工務店、司法書士、空き家相談員など)のタイルを獲得し、最も物件価値を高め流通できた人が勝ちというルールです。

■テストプレイ
開発中の試作品を体験してもらうテストプレイを、複数回実施しています。

■概要
プロジェクトチームの同僚・知人に集まってもらい「空き家のゲーム」どころか、まだ「空き家」について意識したこともない方々から、どのような反応が返ってくるか?企画側が緊張したテストプレイでした。
設定時間は、ゲーム説明を含めて3ラウンド(1ラウンド1人6アクション×3回)1時間以内。
でしたが…実際は1時間半ほどかかってしまい、時間短縮が課題となって浮かびあがりました。

説明|約15分
1ラウンド目|約30分
2ラウンド目|約20分
3ラウンド目|約20分

■参加者
白木さん(デザイナー)
中村さん(株式会社ぬえ)
北山さん(株式会社ぬえ)
吉田さん(株式会社ぬえ)

■テストプレイしてみて
4人のみなさんから、「楽しかった」「楽しかったので、1時間半もあっという間だった」「家の価値が下がる理由が実感できた」といった声が上がりました。

ほかにも、こんな声がありました
・おもしろさと要素は詰まっているので、シンプルな方に調整するのがいいのでは?(中村さん)
・空き家は売るがゴールなの?他の「あがり」方があっても良さそう。(吉田さん)
・ネガティブなところからスタートして売る、マイナス(課題)の要素だけではなくハッピーな要素があってもいいのでは。(北山さん)
・アクションや覚えるルールが多い。売却のタイミングがわかりにくい。(中村さん)
・ゲーム終了がすぐにはわからないので、ゲームマスターに聞けるとよい。(白木さん)
・初見の人たちだけだと難しい。ルールブックの様なものが必要では。(中村さん)
・DIYが上手く行かないことがあるのは、人生の教訓のようでいい。(北山さん)

今後もゲームの調整を進めていきます。

「ゲームの上で、空き家相談員カードのメリットがわかりにくかった。」「ゲームのはじめに、空き家相談員に相談してからゲームスタートする、など工夫があってもいいのでは」というご意見もありました。

またゲーム終了後、プレーヤー同士が打ち解けたタイミングでそれぞれの気づきや自分に関係のある空き家について話す振り返りの時間があるといいのでは、という提案もいただきました。

こうしたご意見も踏まえて、ゲームの調整を進めていきます。

「空き家のカードゲーム」試しに遊んでもらいました——その2

左から、鈴木さん、榊原さん、持丸さん

■概要
京都工芸繊維大学の大学院生に協力してもらってのテストプレイ、当日は京都新聞の記者の方も取材に来られました。楽しみながら学んでもらえるか?若い世代が空き家の所有者になる可能性を「自分事」としてとらえるきっかけとなり得るか?企画側にとって興味深いテストプレイでした。

設定時間は、ゲーム説明を含めて3ラウンド(1ラウンド1人4アクション×3回)で約1時間。ゲームルールの説明と1ラウンド目に多く時間がかかるという結果になりましたが、前回のテストプレイを踏まえてルールを微調整したことにより、おおむね1時間で終了することが出来ました。

今後、分かりやすいルール説明と感情移入できる「ストーリー」を作成しゲームの導入とすることで、更に時間短縮を図れるのではないかと考えています。

説明|約20分
1ラウンド目|約25分
2ラウンド目|約15分
3ラウンド目|約5分(2人が売り抜きプレイ終了)

■参加者
京都工芸繊維大学工芸科学部デザイン科学域デザイン学専攻に属する学生のみなさん
 鈴木逹(すずき・いたる)
 持丸可奈子(もちまる・かなこ)
 榊原真歩(さかきはら・まほ)

■テストプレイしてみて
「空き家相談員カードは先に引くべきだった」「現実でもなるべく早めに相談するといいという気づきになった」「物件を売るには意外と時間がかかる。すぐには売れないのだなと思った」など、ゲームを通して現実を疑似体験したかのような感想を、終了直後の参加者のみなさんから聞くことができました。一方で、「2ラウンド目になるとカードの数字ばかりにとらわれて、何を解決するべきなのかといった学びが薄くなる」という冷静な声も。

■ほかにも、こんな声がありました
・親とは何回も話し合いしないといけないのがリアル。(持丸さん)
・現実では、親は話し合ったあとに「やっぱり」と心変わりすることもありそう。(榊原さん)
・不備が年を経るにつれて数字が大きくなるというのが面白い。(鈴木さん)
・一方で、年を経ても数字が変わらない書類の不備(相続未登記など)は、手付かずになってしまう。(鈴木さん)
・賃貸が「負け」みたいになるのはやや疑問。戦略的に賃貸も選べるようになるといい。(鈴木さん)
・2人が流通させられるとゲーム終了になるが、なぜその制限があるのか疑問。(榊原さん)
・現実を考えると、ゲームは順調に進みすぎているんじゃないか、とも思う。(持丸さん)

株式会社タンサンの朝戸さんとプレイ後の確認をするメンバー
今回のテストプレイでは、

ゲームのメカニクスに関する部分を担っていただいている株式会社タンサンの朝戸さんにも同席いただき、結果を踏まえてみなで「どうすべきか」と話が続くほど盛り上がりました。朝戸さんとしては、今回のテストプレイの様子を見たことで、「メカニクスの検討はほぼ完了とすることができる」とのこと。「ユーザーインターフェイス(UI)の調整や視覚的に訴えるデザインとすることでよりよいゲームとすることができそうです」と言っていただきました。

また、これまで数回、世代や職種の異なる場でテストプレイをおこない、それぞれの反応をもとにブラッシュアップを繰り返してきましたが、今回ご協力いただいたのは、「若い世代のひとにも気軽に空き家のことを知ってほしい」というこのゲームのねらいと重なる、「将来の相続人」とも言える20〜30代の学生のみなさんでした。ご実家などを想像してもらいながらゲームを進めましたが、「実はいま、自分の親族でも相続が発生していて・・」「親族カードによって親と話さないとな、という気づきになった」とご自身の境遇に重ねた反応をしてくださった方もいて、その話で盛り上がる場面も。相続がまだ身近ではない世代にも、「自分事」としてとらえるきっかけとなりうる手ごたえを感じました。

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